第5話

 山代が帰った後、俺の家に電話がかかってきた。

 かけてきた相手については見当がついている。


 「もしもし」


 『本当にごめんね?毎度のことだけど……』


 「いえいえ、心中御察しします」


 かけてきたのは山代の母だ。これは今に始まったことではない。

 山代が俺のところに来るたびに山代の母はこうして電話をかけて、謝罪してくるのだ。


 『私も力ずくで止めようと思ったんだけど……振り解かれた上に殴られちゃって……』


 「……マジですか」


 『……本当にごめんなさいね。いつも迷惑をかけるなって言っているのだけど、やっぱり言うこと聞いてくれなかったし……いえ、これは言い訳ね。人様に娘が迷惑をかけてしまったもの』


 「……」


 『もうこれ以上関わらせないように、こっちで手を打っておくから』


 「……参考までに、何をされるのか、聞いてもいいですか?」


 『もう一度精神科病院に行かせるわ』


 「……」


 いつもとは違い、今回のこれは流石に山代の母も重大視しているようだ。その言葉には覚悟が乗っていた。

 何故こうも俺に執着するのか、俺は前に山代に聞いたことがある。そうしたら、


 ───告白をしてOKを貰ったから。


 確かに中学の時に告白はされた。しかし、その時俺は断った。

 俺は執着するその理由を聞いた時、本当にこいつはやばいと思った。

 告白された事実を信じることが出来なくて、それで事実を捻じ曲げて自分の都合がいいように解釈する彼女の頭がただただ怖かった。

 彼女の心が弱すぎた。それだけとは言わないが、それもあったが故にあんなことが起きたのだろう。


 ───私たちは付き合ってるんだから!!これで一緒になるのよ!!


 あれはどう頑張っても拭えないトラウマと化した。

 沙耶香や篠崎のあれとはまた違う、別のベクトルのトラウマ。一体この世界は俺に幾つのトラウマを与えるのだろうか。

 高校の時のトラウマにはもう一区切りがついているから問題は無かったが、これだけは無理だ。

 偶に夢に出てくる。腹にある傷が痛んだ時、夜にはあの夢を見る。

 俺にとって山代遥は恐怖そのものなのだ。


 「……また精神科病院に行かせても、治るとは思わないんですけど」


 『……でも、もうこれ以上あなたに迷惑をかけるわけには行かないわ』


 「……」


 『遥が高校生の時、何も癇癪を起こさなかったからこれで落ち着いたと思ったのよ……警察沙汰にもなったんだから、ようやくわかってくれたのかって。でも卒業した瞬間にこれだもの。油断してたわ』


 言い訳にしか聞こえないかもしれない。でも、どう頑張っても無理だったのだ。

 遥を精神科病院に行かせたとき、そこで大暴れして診察した医者と山代の母が怪我を負ったそうだ。それでも無理矢理病棟にいれたのだが、なんと彼女は七階の病棟からどこから持ってきたのか、ロープを使って脱走したらしい。あんな閉鎖空間からどうやって逃げ出したのか未だに分かっていないのだから、尚の事怖い。

 

 『明日無理矢理にでも、行かせるわ。病院側にも協力してもらうよう連絡してある』


 「……うまくいきますかね」


 『行かせるわ』


 ……前に失敗している以上、もう失敗は許されないと自分で思っているのだろうか。その言葉に、覚悟が見えた。


 「……分かりました」


 『失敗したらとかはいうつもりはないのだけれど、もし逃してしまったら多分そっちにいく可能性があるわ。その時は遠慮無く警察を呼んで頂戴。私からも説明しておくから』


 「……分かりました。ではこれで」


 そう言って電話を切った。

 心配しかない。胸の奥がザワザワする。不吉な予感が頭から離れない。

  

 俺はこの不安から逃げるように、ゲームに没頭するのだった。

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