第3章 和美

これならばれないわ、ふふふ。

昼休み、職場近くのカフェでスマホを片手に和美が微笑んだ。

たった今、アマゾンで、ブランド物のコスメセットをポチったところだった。

和美は元々ブランド品には興味がなかった。手が届かない、というのもあったが、それ以前にそれだけの値段を払うだけの価値を理解できなかった。

ところが、この夏、都内のイベントホールで開催されたコンファレンスに出席した時のことだ。昼休憩後、化粧室で鏡に向かって口紅を直している和美に向かって、とある女性が話しかけてきた。

「ADテックの関口さん、ですよね?私はUCエージェントの高牧と申します。」

「ど、どうも、初めまして。どうして私のことを?」

彼女は和美の胸に貼り付けられた名札を指しながら、

「私、今VC化粧品のブランディング活動に参加しているんです。昨年あなた方ADテックが行ったVC化粧品の広告データ分析結果を拝見させてもらったわ。そこにあなたの名前も載っていたの」

「そうでしたか、それで」

「分析結果はデータの出所も明らかで、統計的処理もきちんとされていて、何よりも分かり易くて、とても助かっています」

「それはそれは、お役に立てたなら何よりです」

「だから、こんな優れたレポートをどんな人が作ったのかなって、ちょっと個人的な興味もあって」

「いやー、私はメンバーの一人に過ぎませんので」

「あら、VCのIT部の人から聞いた話とは違うわね。あなたがデータを扱う上での注意点を指摘して、補完するデータの取得も指揮していた、って聞いたけど」

「それはまあ、たまたま、そうなっただけでして」

「ふふふ、謙虚な方なのね。ところで、一つアドバイスさせてもらってもいい?あなたのその口紅、なんとかした方がいいわね。あなたもそれなりのポジションにいるんだから、身だしなみにもう少し気を配ってもいいんじゃないかしら?」

「え?」

それからしばらくの間、和美は自分の姿を周りの人とを密かに比べていた。そう言われてみると、自分の化粧は地味であか抜けてなくて、艶がないような気がしてくる。

そうなると、それを周囲の人がどう見ているかも気になって仕方ない。その頃から、ブランド品の化粧品をデパートやネット通販でチェックしてみたが、どれも、うわっと引いてしまうくらい(少なくとも、その頃和美が使っていたドラッグストアで買った化粧品に比べると)の値段だった。

祐二は、そんなの必要ないだろ、って言うんだろうな。

和美は、結婚記念日が近づいていることを利用して、内緒で化粧品を買う計画を立てた。

まずはネットで買って、お届け先は山梨の母にする。

更にギフト用ラッピングもしてもらう。

後は、母に電話して、あたかもそれが両親からの結婚記念のプレゼントであるかのように、持ってきてもらう。

これなら祐二にもばれないだろう。

色鮮やかなルージュと少し大胆な色合いのチークを想像して、和美は、もう一度、ふふふ、と笑った。



(第4章へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る