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 金貨を二枚、クリスの分もテーブルに置いてジョシュアはバーを出た。はて、右か左か……。日が落ち、辺りはすっかり暗くなり始めていた。ジョシュアは瞼を閉じ、神経を集中させてパっと目を開いた。その瞳は血のように真っ赤に怪しく光り、その目で辺りを見渡す。僅かにクリスの残り香が淡く黄色く道しるべの様に通りに漂う。その後を追って歩き始める……何度か角を曲がり、橋を渡って獣道を歩き進める。木の枝に引っかかったズボンの裾を、イライラしながら手で引っ張って外そうとしていると話し声が聞こえてきた。急いで傍の草むらに身を隠し、その声の正体を確認する……。




ポール

「お前、あのヴァンパイアとできてんの?」



クリス

「……は?馬鹿じゃねぇの?俺もジョシュもゲイじゃねぇよ、お前と一緒にすんな!」



ポール

「そうやって意地張っちゃって、何?俺の事挑発してんの?襲うぞ。」



クリス

「そうやって俺を女みてぇに扱ってると痛い目に遭うぞ。俺はそんなに軟弱じゃないんでね。」



ポール

「試してみるか?」



クリス

「あ?うっせぇ!二度と触んじゃねぇ気持ち悪い!」



ポール

「お前、さっき俺にキスされた時ちょっと感じただろ。」



クリス

「………!!」



ポール

「……痛くはしねぇから、な?」




 そう言ってクリスに一歩ずつ近付いていく……だがその時、どこからかリンゴが飛んで来てポールの頭に直撃した。痛そうにその場にしゃがみ込んで頭を抑えるポールの肩に、再び飛んできたリンゴが当たる。




ポール

「……ってぇなこの野郎ォ!!誰だ!!ガキみてぇな真似しやがって!!」




 ガサガサと音がする草むらの方に目を向けると、巨大な影が木の下から伸びてきた。




ポール

「………?」



クリス

「……ジョ、ジョシュ?!」



ドラキュラ

「ごめんごめん……ちょっと急に果物が食べたくなってさ。」



ポール

「……てめぇふざけてんのか?」



ドラキュラ

「君たちはちゃんと食物繊維足りてる?あーあダメだよちゃんとキャッチしないと。もったいない……二つとも落っこどしちゃったの?!ミイラって目が悪いの?あれ?てか君、目…………どこ??」




 「ここか?……いや、ここかな?」と勘でポールの顔に巻かれている包帯をめくり目を探すジョシュア。怒りでポールの肩がプルプルと震えている……。止めなければ!と思いながらも、ジョシュアのポールへの挑発が面白すぎて、クリスは口を抑えて笑いを堪えるのが精一杯だった。




ドラキュラ

「あれ?さっきのお友達のミイラ軍団は?皆帰っちゃったの?……じゃあアレだね……夜道には気を付けないとね!」




 ついに耐え切れなくなりクリスが噴き出した。その瞬間、ポールがジョシュアに殴りかかる。だがその拳はパシっと呆気なくジョシュアに受け止められ、ジョシュアがギュっと手に力を入れると「いたたたた!」とポールが声を上げた。




ドラキュラ

「いやお前……冗談だよね?」



ポール

「いってぇーな、放せ!この化け物が!!」



ドラキュラ

「いやミイラに化け物言われたくねぇよ。ってかお前そんな腕力でクリスを襲うとか言ってたの?言っとくけどさっきあいつに肩殴られた時の方が百倍は痛かったよ。」



クリス

「……さり気なく人を馬鹿力みたいに言うな(怒)」



ドラキュラ

「君さぁ、クリスを本気で落としたいんだったらちゃんと心を見てやれば?」



クリス

「………!」



ポール

「ふっ……笑わせんな、ゲイがノンケ相手に本気で迫ったってキモがられるだけに決まってんだろ。相手が迷ってる隙を見てやる事やっちまわねぇと、一生自分の物になんか出来ねぇんだよ、俺らの類はな。」



ドラキュラ

「うん……もう相手を物扱いしてる時点でお前はそれまでなんだよ、ゲイとか以前の問題でな。」



ポール

「知ったような口きくんじゃねぇ、つーかお前は何がしたいの?ストレートなんだろ?じゃあ俺らのこと放っといてくれる?」



クリス

「俺 “ら” って……俺もストレートだよ!(怒)」



ドラキュラ

「別にさぁ、何だってよくね?男とか女とか……俺はゲイじゃないけど、クリスのことが好きだよ。」



クリス

「………!!!」



ポール

「……やっぱりな。」



クリス

「いや……友達として、だろ?」



ドラキュラ

「んー……抱こうと思えば抱ける。」



クリス

「なっ……お、お前自分が何言ってるか分かってる?!」



ポール

「はぁ……怪物相手かよ、勝ち目ねぇじゃん……」



ドラキュラ

「いやだからお前に言われたくねぇって。」



ポール

「別れたら教えてくれなー、そしたら俺が貰うから。」




 そう言い残し、振り向かずに手を振ってポールは去っていった。ふんっと鼻を鳴らし、大袈裟に腕を組んで見せたジョシュアが「全く……」とこう言った。




ドラキュラ

「全くもう……近頃のミイラ男は教育がなってないね!」



ミイラ男

「……それじゃ俺も含まれちゃってるじゃん。」



ドラキュラ

「いや違うよ、クリス君のことじゃなくて……」




 落ちたリンゴを拾い上げるジョシュアは、背中から痛いほどにクリスの視線を感じて振り返った。




ドラキュラ

「……どうした?」



ミイラ男

「いや、お前……がっつりゲイじゃん!!」



ドラキュラ

「ちが……だからぁ、俺は男がいいんじゃなくてお前がいいんだよ!分かる?分かんないかなぁ……」



ミイラ男

「え、何?どういうこと?ミイラがいいの?ミイラの男がいいの?」



ドラキュラ

「だか……ちげぇって!そうじゃなくて、お前がいいの!クリス君がいいの俺は!ってもう何回同じ事言わす?毎回これ、言うの結構恥ずかしいの分かってるよね?」



ミイラ男

「俺のどこがいいの?」



ドラキュラ

「…………へ??」



ミイラ男

「…………?」




 そんな単純な質問を投げ掛けられたジョシュアは、リンゴを片手に持ちながら視界を上にして考える……。




ドラキュラ

「………全部?」



ミイラ男

「……は?」



ドラキュラ

「可愛い……から?」



ミイラ男

「ぶっ飛ばすぞ(怒)」



ドラキュラ

「俺はゲイじゃないよ、今まで男と付き合った事ないし興味も無かったもん。」



ミイラ男

「え?ちょっと待って……いつ?いつからそんな風に見てた?俺の事。」



ドラキュラ

「ん~……墓地で会った時、かなぁ……」



ミイラ男

「もう結構始めっからじゃん!」



ドラキュラ

「いや、てかいいよ、そんな……お前と付き合いたいとか別に思ってねぇし。」



ミイラ男

「思ってねぇの?」



ドラキュラ

「…………え?」



ミイラ男

「じゃあ何で告ったの?」



ドラキュラ

「いや、別に告った訳では……普通に、好きだから好きって言っただけで、お前と付き合いたいからとかじゃねぇよ。」



ミイラ男

「何それ、くそ自己中じゃん。」



ドラキュラ

「……え、そう??……てかリンゴ食べる?」




 話の途中で急に差し出されたリンゴを、クリスが手に取りそのまま何の躊躇いも無くカリっと食べる。




ドラキュラ

「お前警戒心無さすぎるだろ……それ毒リンゴだったらどうすんのお前?」



ミイラ男

「え、毒リンゴなの?」



ドラキュラ

「だったら……まぁもう死んでるだろうね、今頃。」



ミイラ男

「ジョシュはそんな事しねぇよ。」



ドラキュラ

「………!」




 そう言って微笑んでリンゴを頬張るクリスが月明かりに照らされてキラキラと輝いて見える。この光景をキャンバスの上に描いたのなら、それはそれは美しい絵になるだろう。




ドラキュラ

「可愛い奴と、月光とリンゴ……三重奏だな。」



ミイラ男

「………?」




 その絵画に自分の姿が写ってしまったら、全てを台無しにしてしまうだろうか……?




ドラキュラ

「ねぇ、クリス。」




 大きな口を開けてリンゴにかぶりつくクリスがジョシュアの顔を見て「ん?」と返事をした。




ドラキュラ

「キスしていい?」



ミイラ男

「…………!!」




 唐突に放たれたそんな言葉に驚いたクリスの手から、リンゴが転げ落ちる………。




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