第6話 バッテリーの絆
光はいつもしないような顔で天見さんの方をじっと見つめていた。
天見さんは明らかにバツの悪そうな顔をしているが、目を逸らそうとはしていなかった。
「私は…光さんのストレートが悪いと言ってる訳では無いんです。ただ、このままだと取り返しのつかない事になるんじゃないかと思って…。」
そう言いきった天見さんは、手をぎゅっと握りしめ勇気を振り絞って光に対して自分の意見を通した。
「あはは!ははっ!」
冷めきったベンチの中から大きな笑い声がやたら大きく聞こえてきた。
その正体はやっぱり光の笑い声だった。
「かおりー、ごめんね!私はあんたが私におんぶで抱っこのままなのか、キャッチャーとしての信念を貫けるかを聞いてみたかっただけなのに、雰囲気悪くしてごめんね?」
天見さんからしたら、半分以上は脅しのような質問をしたはずなのだが全くと言っていいほど悪びれる様子もなく、いつも通りニコニコしていた。
ゆっくり立ち上がり、天見さんに近づいて頭を2回ポンポンと叩いた。
「私は香織のことを信じてる。だから、香織は香織自身のことを信じなよ。」
そう天見さんにだけ聴こえるような声で、天見さんに信頼の言葉を伝えた。
「ストライク!バッターアウトッ!スリーアウトチェンジ!」
「よーし!みんな、後二回気合い入れていくぞ!!」
グランドに響き渡るような大きな声で、チームメイトを鼓舞した。
その声と同時に行儀悪くベンチの前のフェンスを飛び越えてマウンドに向かって走り出した。
「よし!光さんに負けないように私達も行くぞー!」
その声を上げたのは姉の背中を追い続け、完全に姉と打ち解け、本物のバッテリーとなり自信満々の顔をしていた天見さんだった。
「おぉーー!!」
その2人の声を聞いて、全員が一丸となり声を合わせてダッシュでグランドに駆け出していった。
マウンドには、いつものように笑顔の姉がマウンドに立っていた。
その姿はいつもよりも自信に満ち溢れていて、笑顔の中にも燃え上がるような闘志のようなものを感じられた。
光の容姿は男子の中に入っても遜色ないような身長と、女の子とは思えない全身きっちりと鍛えられた体に、ほどほどの胸があった。
顔は可愛いかと言われればそういう訳で無いし、ブスかと言われたらブスと言われることは無いだろう。
本当に良くも悪くも野球のプレーに比べると顔は100人中95人くらいは普通と答えるような普通の顔であった。
性格もめちゃくちゃ男勝りという訳ではなく、髪の毛も肩よりも15cmくらい長いセミロング位の長さで、いつもポニーテールでニコニコと笑顔を振りまいてる為、怖い印象を与えることもなく誰から見ても明るく活発な女の子というイメージだろう。
マウンド上に笑顔で立つ姉は美人過ぎず、可愛すぎず、鍛えられた肉体と、華麗なマウンドさばき、そして本物の実力を持ち合わせるその姿にテレビの前の家族でさえ、食い入るように見ていた。
今年で第6回目の夏の女子野球甲子園大会で初のノーヒットノーラン、それ以上の完全試合を達成目前まで来てる姉にスポットライトが浴びすぎていると思うほどカメラがずっと光はを映しているような感じだ。
『よーし、雰囲気もいいし完全試合やっちゃおうかなぁ!』
姉はいつも通り、セットポジションから高々と足を上げて躍動感を感じられるフォームから放たれる速球を待っていたバッターが、ど真ん中にゆっくりと迫ってくるボールに反応出来ずに呆然と見送った。
「ス、ストライク!!」
ここで公式戦初めて変化球のチェンジアップを投げた。
今日のストレートの平均スピードが134キロ位で、今さっきのチェンジアップが102キロだった。
しかも、決め球とかでなく先頭打者の初球にあっさりと投げたことに7番バッターも審判も観客も実況解説もテレビの前の家族でさえビックリした。
そういう雰囲気をすぐに感じられる光だが、わざと気にした様子を見せずにキャッチャーからの返球を受け取ってサインを横目でちらりとみて、いつものように速いテンポで投げようとした。
「タ、タイム!お願いします!」
相手のバッターはストレートか、速球系のツーシームの2択で速い球に食らいついていたが、そこに予想もしていない100キロ前後のチェンジアップ。
急に練習してきていない変化球を混ぜられると厳しくなることを分かったのか、タイムをとって頭の整理をしているようだった。
「プレイ!!」
姉はここでも投球術の1つを使って、相手を困惑させようとしてきた。
これまで一切キャッチャーのサインに首を横に振ることは無かったが、何度も何度も首を横に振って仕舞いには1度プレートを外した。
ロージンパックを少し指先にぺちぺちと言う感じで触れて、セットポジションに入りあれだけ決まらなかったキャッチャーのサインに首を縦に振ることもなくそのまま投球動作に入った。
そこで選択した球はまたもチェンジアップだった。
相手も遅い球ならと体制を崩されながらスイングしたが、ボテボテのピッチャーゴロになってしまった。
次の打者には一切チェンジアップを使わずにこの日最速の138キロのストレートを5球連続で投げ込み三振をとった。
3人目の打者にはこれまでのような強気の投球じゃなく、ストレート、ツーシーム、チェンジアップをコースギリギリに投げた。
ボール球まで使い完全に抑えるという意志を感じさせる投球で、最後はインコース低めのストレートで見逃し三振に打ち取った。
六回裏も3人を完璧に抑え込み、完全試合まで後3人。
投低打高で完封の試合も珍しい甲子園で、まだ1度も達成されていないノーヒットノーラン。
試合に勝つことが第一の光が自らの偉業の為に頑張ろうとするのは、この試合と他に数える程しかない珍しい場面でもあった。
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