第5話 天見さん本気を出す
龍と母親は仲良くテレビで光の出ている甲子園を見ていた。
甲子園名物のプレイボールと同時のサイレンがテレビ越しでもかなりの音量で聞こえてくる。
城西高校は先行だったのでマウンドにいる訳もなく、ベンチの様子を映したカメラが最前列でニコニコしながらも、とても偉そうに座っている光を映していた。
「おねーちゃん本当にテレビに映ってる…」
目の前で試合を見るのと、テレビで自分の姉を見るのでは全然違った。
とても姉が遠く感じると同時に物凄く姉が自分のように誇らしく感じられた。
初回の攻撃は四番の光に回ることなくあっさりと終了した。
マウンドに上がって投球練習を開始した。
帽子の後ろからは少し長めのポニーテールがゆらゆらと揺れ、ユニホームはきっちりと着ていてその鍛えられたであろう下半身から上半身までよく分かるスタイルの良さだった。
両親も一緒にテレビで応援していたが、その姿に目を奪われ両親の声も実況解説の声も龍の耳には届かなかった。
そして、第1球目。
綺麗なフォームから繰り出された137キロのストレートは線を引くように、天見さんのキャッチャーミットに吸い込まれていった。
テレビで見るととても女子の投げている球には見えなかった。
相手の打者からは少し驚いたというよりも、焦りの雰囲気を感じた。多分、かなりのスピードボールを投げてくるというのは分かっていて練習をしてきたのだろう。
しかし、140キロのマシン打撃でスピードに慣れてきたとしてもその投手の球の回転数、軌道、角度、キレは打席に立つまではわからない。
多分、思ったよりも球が早く見えたのか反応出来なかったのか打者からは放つ雰囲気が一気に悪くなるのが分かった。
そのままあっさりと追い込み、遊び玉なしでインコース低めへズバッとストレートで見逃し三振を奪った。
その勢いそのまま、ツーシームを使わずにストレートだけで四隅に投げ込み三者三振を奪った。
「いやー、東奈さん素晴らしいストレートとコントロールですね。札幌第一高校の1番から3番まで全く寄せ付けないという感じの投球を披露しました。」
「彼女は変化球を使わなくてもこれだけの速球とコントロールがあれば、そう簡単には連打を浴びることは無いでしょうね。」
実況解説共に光の素晴らしい投球に逆に口数が少なくなっていた。
「2回は東奈さんからの打順です。打者としても福岡県大会MVPに選ばれてますが、札幌第一としては簡単に勝負をするでしょうか?」
「勝負すると思います。東奈さんは打者としても強打者ですが、足の速さでも全国トップクラスの速さというデータがあります。先頭バッターを歩かせて盗塁など絡められて1点取られた時に、投手としての東奈さんから2点取らないと勝てませんので、全力で抑えに来ると思います。」
もうここまで来たら光がとてつもない俊足でもなにも驚かないであろう。
全国スポーツテストで3年連続で1位になる女が足が遅いわけなかった。
「ボールファ!」
解説の実況の予想は外れ、カウントが悪くなると際どい球しか投げずに四球で簡単に歩かされてしまった。
姉はランナーに出ると投手とは思えないくらい、塁上で動き回っていた。
札幌第一の投手に牽制を多めに入れさせて、とにかく相手投手の集中力を削るような動きをしていた。
カキィィーン!!!
五番を打っている天音さんが甘く入ったストレートを引っ張り左中間真っ二つのツーベースを打った。
その間に光が一塁からホームへ激走、ホームクロスプレイになったがセーフで1点先制した。
テレビに映った光は遠慮がちに1年生達に暖かくベンチに迎えられていた。
札幌第一の投手と捕手は、一回浮き足立ってから地に足をつけるのに時間がかかってしまい、続く六番、七番に連続ヒットを浴びてこの回結局3失点で2回表を終えた。
そこからは流れを断ち切らないように、かなり早めのテンポで自慢の快速球をキャッチャーミットへ投げ込んでいく。
5回まで投げて、被安打0、四死球0、11奪三振の快投を見せる。
しかし、流石にストレートとツーシームだけでは相手の打者もバットにボールを当てる回数が増えてきて、5回の五番バッターにはあわや長打になるような打球を打たれていた。
「かーおーりー、ちょっとこっち来てー。」
光はキャッチャーの天見さんを珍しくベンチの隅に呼んでいた。
光と天見さんは近くにいることは多いが、試合中口元を隠したりしてコソコソと話をしたりすることはなく、光がストレートとツーシームしか投げないのに、試合中にリード面や作戦面のことを話すこと自体ほとんど無かった。
光が天音さんをベンチ隅に呼び出してること自体初めてなので、チームメイトも試合に集中しないといけないのは分かっていたが、そちらの様子も気になって仕方ないようだった。
「かおりー、この試合の私のボールどんな感じ?なんかイマイチな感じしない?」
「いえ!そんなことないです!いいストレートが来てますよ!」
光はなんともいえない表情をしているように見えた。
納得してないというか自分の中でなにか不満があるのだろう、それをキャッチャーの天見さんに確認していたのだ。
「香織、ちゃんと答えてくれない?気分良く投げてもらおうとか考えなくていいから、じゃないと次の回に香織にマウンド上げさせるからね!」
コソコソと隅に天見さんを呼び付けた割には声が大きく、他のチームメイトや監督まで聞こえる声でワガママらしきことを言っていた。
天見さんはこのままじゃマズいと思い、一瞬考える素振りを見せてすぐに覚悟を決めた顔をして光に対して口を開いた。
「光さん、ストレートだけじゃこの試合打たれるかもしれません。球が走ってないとかじゃなくて、相手も相当練習してきたと思います。もっと本気になってもらえますか?」
チームメイト含む全員が、ここまで完全試合中の光に対してもっと本気出せという言葉に戦慄していた。
「かーおーりー、あんたも言うようになったね。」
この時監督もベンチのメンバーも相当やばいことになると覚悟したような険しい顔をしていたが、それとは対照的に天見さんは真剣な表情をしていて、その言葉を聞いた光の顔からはいつも笑顔が消えていた。
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