DOG TUG
new丼
DOG TUG
世田谷のマンションを間借りしている22歳の悟。
彼はこの頃就職活動に追われていた。
今日も戦果はなく途方に暮れて駅から帰っていたところ、
最後の曲がり角で悟はドッグタグを拾った。
表面にはS,A,T,O,R,Uと、裏面には携帯電話の番号が刻まれていた。
「S,A,T,O,R,Uか、俺と同じ名前だな」
「飼い主はとても心配しているだろうし、それが同年代の女性だったら…」
「ジジイだったら金を貰おう」
悟は善意と邪な気持ちで飼い主に電話を掛ける。
携帯電話を耳に当てる。
少し冷たい。
「もしもし」
「どなたでしょうか」
「私は城田悟と申します。」
「サ、サトル…?」
「で、どなた?」
「ああ、あなたの飼っているワンちゃんのドッグタグを拾いまして」
「あら本当に!?」
「今あなたはどこにいるの? サトルは?」
「私は世田谷の○○沢駅の近くですが、残念ながらサトルくんはいませんでした」
「ドッグタグだけが落ちていて」
「……」
「…………」
「しかしなにか手掛かりがあるかもしれないわ」
「あなたのSMSに住所を送るから今から来てくれないかしら」
「早い方がいいわ」
「わかりました」
「今から伺います」
声からは30代くらいの婦人といった感じがして、悟は好感を覚えた。
「犬を溺愛している女性というのは大体金を持っているし、何より愛犬を見つけたときたら報酬は弾むだろう」
悟は住所を確認するとそう遠くない場所だった。
スーツ姿のまま足早に飼い主の家へと向かう。
インターホンを押すと予想通りの庭をきれいに手入れしているタイプの婦人がでてきた。
思っていたより若い。
「どうぞどうぞ、おあがりになって」
「どうも、お邪魔します」
悟はリビングの食卓の椅子に腰かけた。
「コーヒーでもいかが? お疲れでしょう」
「仕事帰りですか? 少し若くも見えるけれど」
「ええ、今就職先を探していまして」
「それは大変なこと、ファイトですよ」
「ありがとうございます」
悟の前にコーヒーが置かれる。
飲むとかなり甘いが、いやな甘さではなかった。
「それで、サトルくんのことなのですが」
「ええ、サトルはある日家を出て行ってしまったのよ」
「それはいつのことですか」
「私は知らないけど、サトルは知っているはずよ」
「あなたは知らない…、ということはあなたが見ていない隙に逃げ出してしまったのですね」
「そうとも言えるわね」
「そうとも言える…」
「すみません、お手洗いをお借りしてもよろしいですか?」
「なんだかおなかが痛くて…」
「ええどうぞ、落ち着いたら話しましょう」
「あの飼い主、妙に落ち着いているな」
「しかし腹が痛くてしょうがない」
悟ルはトイレで腹を抑えて悶えた。
数分後、悟トルは吐血した。
「うっ…」
「まずい、なにかがまずいぞ…」
「何が原因だ、俺は昼飯は抜きだった」
「人間ドッグも行ったが持病はないはずだ」
「待てよ、コーヒー、コーヒーが原因か」
「悟トル、サトル、悟くん、トイレ長くなあい?」
瞬間、悟は下半身裸でトイレから飛び出した。
前には飼い主がいる。
悟は横の部屋に飛び込み、カギをかける。
「電話、サトル、オレ、人間、ドッグ」
サトルの意識は朦朧としていた。
視界のすべてが暗く、曖昧。
サトルは壁に近づいた。
何かがキラキラと光っている。
さらに近づくとはっきりとわかった。
ドッグタグ。
壁一面が光っている。
壁一面に提げられた無数のドッグタグ。
無数の名前。
中央が一つ空いている。
そこにサトルはS,A,T,O,R,Uのドッグタグを掛けた。
ドアが破られる。
血がドッグタグの壁に飛び散る。
犬の名前、兵士の名前、悟の名前、ドッグタグ。
DOG TUG new丼 @newdom1992
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