第7話 王宮の中で
エルフの青年が魔術師の女性の夫として王都で過ごすのは四日間の予定である。
最終日は、王宮で行われる遠征隊の褒賞の式典に女性を出席させる大役だ。
それまでは夫婦役を完璧に熟す。
それが自分の仕事だとエルフの青年は考える。
「これは?」
「美味しいから食べて」
借り家で二人だけの生活。
寝室には大きめのベッドが一つ。
仮でも夫婦なのだから、エルフの青年もそれは構わないのだが。
「いや、量が多過ぎないか?」
あまり外に出たがらない青年のために、女性が色々と買い込んで来る。
特に有名な店の菓子や、評判の屋台の惣菜。
高名な店の料理人が直接やって来て、二人だけのために食事を作ることもあった。
「アンタは痩せ過ぎよ」
妻としてはまるで食べさせていないみたいだ、ということらしい。
「いいから食べなさい」
青年は仕方なく食べる。
三日ぐらいでは彼女好みの体型にはなれないと思いながら。
その間に女性の実家からの依頼で、全身の凝りを解すという専用の施術師も来たが、青年は遠慮し、妻だけを磨いてもらった。
エルフの青年が妻以外に肌を見せるのを拒否するからである。
「じゃ、私がやってあげる」
「はい?」
傷だらけの肌を彼女に見せるのは今更抵抗はないが、それが何の役に立つのか分からない。
「いいから横になりなさい」
「はい」
毎晩風呂上がりに、妻の手で髪に艶が出るといわれる香油を頭皮に塗り込められ、肌が美しくなるという塗り薬を身体に塗りたくられる。
気が付くと朝になっていて、ずいぶん心も身体もスッキリとしていた。
エルフの青年は、女性を指導している施術師の腕が良いのだろうと思うことにする。
王宮に向かう日の朝は、早くから実家の使用人たちが来て髪や肌を整えていく。
エルフの青年は、自分に関しては相変わらず拒否しながら、妻が美しくなっていく様子を嬉しそうに眺めていた。
式典は午後から中央広場で始まり、魔物討伐遠征隊の成果が発表される。
個人の名前も公表されるが褒賞は王宮で渡される予定だ。
魔術師の女性とエルフの青年は直接王宮へと向かう。
彼女が褒賞をもらうためで、青年はその夫としての付き添いである。
「ああいう場所に行くと色々と煩くてな」
魔術師の女性の話では、貴族や富豪などの魔術師の血筋を欲する者たちがしつこく付き纏うらしい。
「俺は虫除けになるのか」
「ああ。 相手がエルフでは文句は言えまい」
王宮に向かう馬車の中で妻は楽しそうに笑う。
今日は高貴な女性らしいドレス姿なのだから、軍人のような口調はやめて欲しいと夫は思った。
エルフという種族は、人族とはまったく違う次元の美しさと魔力を持っていて、永遠の憧れだと言われていた。
二百年前の戦争でも、きっかけになったのは一人の女性エルフの争奪戦だったそうだ。
その争いのせいでエルフ族自体の数が減り、絶滅したとも噂される。
実際にはエルフの里は移動しているし、各地の人族の町でひっそりと活動している同族も少なくないことをエルフの青年は知っていた。
王宮の門を潜り、煌びやかな建物に近づく。
馬車の降車場に団長代理がいた。
二人を見つけて近寄って来る。
「ちゃんと来たな、偉いぞ」
白い聖騎士の正装を着た団長代理が女性魔術師を子供扱いする。
「煩い。 まあ、今日は虫除けがいるからな」
見違えるほど美しいドレス姿の魔術師が団長代理を睨む。
「お久しぶりです」
不毛な喧嘩はやめてもらいたいと、エルフの青年は口を挟んだ。
女性の実家から届いた青年用の正装は紫紺色で、細身だが肩に詰め物が入っている。
肩幅ががっしりと広くなり、一目で男性と分かるようになっているのだ。
女性連れなのだから、女性と見間違うような体型では良くないらしい。
「うむ、良い仕事をしてくれたな。
間違いなく王都まで運んだ件は貸し借り無しにしよう」
「ありがとうございます」
エルフの青年の仕事が一つ終わった。
後は宴の間、魔術師の女性の夫役を演じるだけだ。
国王との謁見は、珍しいエルフの姿に驚かれはしたが無事に終わる。
魔術師の女性の褒賞は、長年の参加と実力を認められて、魔術師でも扱える細身の美しい剣だった。
その後は立食のパーティーと雑談とダンス。
会場でエルフの青年は衆目を集めたが、彼自身は静かに微笑むだけだった。
「踊る?」
妻の言葉に、
「相手が貴女なら」
と、夫が返す。
本日、褒賞を受けた者は必ず踊らなければならないため、異性同伴が決められていた。
これがあるため、魔術師の女性は今まで参加していなかったのである。
エルフの青年は、怪しい足取りの妻を上手く誘導して無事に踊り終えた。
「ありがとう」
こっそりと礼を言う妻に、夫は何事も無かったように微笑んだ。
二人が立食のテーブルで仲睦まじく料理を選んでいると、
「わっ!」
「あら、ごめんなさい」
どこかの夫人が魔術師の女性にぶつかって来た。
エルフの青年は飛び散った飲み物を妻の代わりに浴びる。
「お着替えをお持ちしますので、こちらへ」
そう声を掛けて来たのは王宮の警護に当たっているダークエルフの女性だった。
丁重に断って帰ろうとしたが、王宮の面子もあるので一旦着替えて欲しいと頼まれる。
妖精族と人族との争いの中、唯一、人族側に付いた妖精がダークエルフ族。
白い髪に褐色の肌、戦闘民族特有の赤い瞳。
彼らは王宮内で保護され、王族の側で護衛や裏の仕事をしている。
妻の顔が険しくなった。
「あれは王太子付きの護衛だ」
王太子は魔術師の女性より年上だが、未だに独身。
外見上はおとなしく何の特長もないが、国の要人の間では腹黒として恐れられていた。
「私は以前、王太子から求婚の打診を受けている」
極度の男嫌いと平民であることで難は逃れたが、王太子は自分には無い魔力を殊の外、欲しているという。
妻から小さな声で事情を聞かされた夫は静かに頷いた。
別室に通されると、案の定、王太子の姿がある。
「失礼いたしました」
退室しようとするが、扉にはダークエルフの護衛が立ち塞がった。
「いったい何の御用ですか」
挨拶もせず、魔術師の女性は王太子を睨みつける。
「ふふふ、私を振った女性が選んだ夫に興味があるだけだよ」
エルフの夫は警戒しながら、案内して来た女性に着替えを要求した。
さっさと着替えて帰りたかった。
侍女が男性用の服を持って現れ、夫がその場で着替え始める。
この場に王太子がいることなど、こちらには関係ない。
座るように勧められた妻は首を横に振って、夫の側を離れなかった。
「むっ」
さりげなく着替えを見ていた王太子が唸る。
「おい、話が違うぞ」
「は、はい、しかし」
答えたのは護衛のダークエルフの女性だ。
「確かにあの街の貴族からの報告では、傷だらけの身体をしていたと」
戦争以降、多種族への虐待は重罪である。
身体に傷のあるエルフを、誰かを陥れるために利用しようとしたのだろう。
どうやら王太子は、エルフの青年の傷を魔術師の女性のせいにして、夫婦を引き離す予定だったらしい。
しかし、王都に来てから魔術師の女性はエルフの青年の傷を、治療ではなく、肌の表面を美しくする施術で消していた。
肌の美容法により傷跡を綺麗に隠したのだ。
「何をお疑いか存じませんが、私たちはごく普通の仲の良い夫婦ですわ」
そう言って妻は夫の手をそっと握る。
「私の男嫌いも彼が治してくれましたの」
夫婦は笑顔で見つめ合った。
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