復讐校舎

@Natulemon

第1話 放課後の校舎


 『下校時刻まであと十五分です。校内に残っている生徒は、速やかに下校してください。』


 放課後の教室で、聞き慣れた放送が流れる。

 教室の中を見渡せば、クラスのほとんどの生徒が残っている。ただ、放送が流れても、帰り支度を始めた人は二、三人しかいない。

 机の上に広げた数学の自習ノートに視線を戻し、ノートの隅にさらさらと落書きしていく。

 ふと向かいに座る友達を見れば、いつの間にか同じように、英語のノートに落書きをしていた。なかなか絵が上手い彼女は、クラスメートで親友の長谷川夏芽。美人でかなりモテるけど、あまり愛想はよくない。

 私の視線に気づかず、なおも黙々と落書きを続ける夏芽は、親友の立場から見てもやはり美人だ。

「……何?」

 私の視線に気づいて呟いた夏芽が、さらさらの茶髪を揺らしながら顔を上げる。「何でも~。」と軽く答えつつも、不思議とぼぅっとしてしまう。


『下校時刻まであと五分です。まだ校内に残っている生徒は、速やかに下校してください。』


 また放送が流れたが、クラスメート達はやはりなかなか動かない。私も夏芽も、同じだ。

 それでも下校時刻まであと三分ほどになると、だんだんとみんな帰り支度を始める。ノートを閉じ、布製の筆箱に筆記具をしまい、さらにそれらを机の横に掛かったリュックに入れる。

 ついでに水筒を取り出し、喉を潤す。正直、時間はかなりギリギリでおそらく間に合わないだろうが、クラスの大半が残っているのを見ると、不思議と安心感がある。

 そうして、いつも通りのんびりと下駄箱に向かう。隣を歩く夏芽は、呑気にあくびまでしている。まるで時間に間に合わせる気などないらしい。

 階段を降り踊り場に出ると、十月らしい肌寒い風が吹き抜けた。まだ五時なのに、窓の外の空はだいぶ日が落ちて暗くなっている。

「夏芽。テスト勉強、してる?」

「してない。まだ三週間弱あるし、何とかなるでしょ」

「夏芽、数学苦手だったよね?今回、数学の範囲広いんじゃなかったっけ」

「数学は捨ててるから」

 いつも通りの時間、いつも通りの光景、いつも通りの会話。ただ一つ違和感があったのは、やけに校内が静かだったことくらいだ。

 下校時刻ギリギリとはいえ、普段なら帰りを急ぐ生徒達の足音や話し声で、もう少し騒がしいはずなのにーー……

 妙な胸騒ぎがしたが、気のせいだと振り払って、階段を駆け降りる。下駄箱に近づくにつれ、少し声が聞こえてきた。それに少し安心し、靴箱の扉を開ける。そこで、動きが止まった。

 靴箱の中には、朝上履きと履き替えたローファーと、その上に白い封筒が乗っていた。

 これが少女漫画だったならラブレターではないかと期待もできるが、その封筒には差出人が書いていなかったから、どきどきするでも期待するでもなく、変だなぁと思うだけだった。

「……何これ」

 隣を見れば、夏芽がしかめっ面で、私の靴箱に入っていたものと同じ封筒を見つめている。

「え?夏芽の靴箱にも入ってたの?」

「ん?うん……凛々のところにも入ってたの?」

「うん……」

 差出人が書いてない真っ白な封筒が、自分と親友の靴箱に入っていた。

「気味悪い。こんなの捨てよう」

「読まないの?」

「え、読むの?」

 夏芽が意外そうな顔で見てくる。自分宛に手紙が送られてきたのだから、読んだ方がいいかと思ったけど、夏芽の顔を見ていると、やめておいた方が良さそうな気がしてきた。

 そのとき、昇降口の扉のところで固まっていたクラスメート達が、何やらざわついていることに気がついた。

「何かあったのかな。騒がしいわね」

 夏芽も気がついたのか、不思議そうな声を漏らす。普段大人しい人も、明るくて目立つ人も、みんな青い顔をしてざわついている。明らかに、おかしい。

「ねぇ。どうかしたの?」

 手前にいた友達の宙ちゃんに声をかけると、宙ちゃんは青い顔をしたまま答えた。

「昇降口の扉が、開かないの。さっきからずっと、鍵もかかってないのに。……それに、下校時刻は過ぎてるのに、急かす放送も流れないし」

「え……?」

 いわれてみれば、五分前の放送が流れてからだいぶ経っているはずなのに、急かす放送が流れてこない。そのうえ、扉が開かない……?

 さっき振り払った胸騒ぎが、また戻ってきたような感覚があった。嫌な感じが、全身に広がっていく。その時だった。


カチッ


『どうも、一年三組のみなさん。放課後の校舎へようこそ。この時間まで自らの意思で残ってくださった方々には、私から特別な復習をさせていただきます。制限時間は日付が変わるまで。七時間になります。ぜひ全力で逃げ、隠れ、戦い、生き延びてくださーい。以上、“海波”でしたー!』


ピンポンパンポーン……


 唐突に流れた放送に、その場にいた全員が固まる。必死に昇降口の扉をガチャガチャとやっていた生徒も、ざわついていた生徒も、みんなが。


何よりもーー……“海波”の名前に反応し、声すら発せずにいたのだ。

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