第2話scene 2

夕凪が6歳の頃、父は無謀にも兄弟達と会社を起こしたが、上手くいかなくなった。

その上、父の弟が、会社の金と取引先の会社の品物を持ち逃げして、双方に大損害を与えた。


8歳の頃ついに倒産して、家も何もかも抵当に入り、その上弟の残した借金で、毎日取り立ての電話と人が引きも切らなかった。

親戚からは見捨てられ、逃げるように引っ越した。


父はいつも不機嫌で、会社勤めに戻った。給料は安かったようだ。

母は働き出したが、逆に前より機嫌が良くなった。

父に専業主婦業を完璧にやるように、仕事を辞めさせられ、家事が苦痛で仕方なかったのだ。

しかも同窓会で再会したとかで、男ができ、家も空けがちになった。


荒れた家の中で、惣菜を買って、米をを炊いて父と2人でご飯を食べた。

母は酔っ払って遅くに帰ってくる。

そして両親の喧嘩が始まる。


その場にいるのを避けるため、自分の部屋に逃げ込む。

耳栓をして勉強に集中する。

家庭はピリピリした雰囲気で、神経が摩耗していった。



バイトの後、疲れ切った夕凪は凛音の部屋で横になった。

彼が又どこからか枕と毛布を出してくれた。

お茶にしても一瞬で現れるのだが、それについて尋ねなかった。不思議空間だし、と勝手に納得していた。


会うたびに、子供の頃から覚えている事を、断片的に思い出しては遠慮無く彼に話していく。


凛音は横で夕凪の言った事を書き留めていく。一度も聞き返すことは無く、ドンドン書き進めていく。

線も引かれていない真っ白な紙に、縦書きで上下左右にある余白、字の大きさ等もきっちり揃っていた。

まるで印刷しているかのようだ。

そろそろ、30枚を越えそう、と告げた。


「嫌なこと言うのが良いとしても、とても凛音に悪いと思ってる」

夕凪は涙ぐんだ。

「でも、家のこと、誰にも言えなかった。恥ずかしくて。惨めになるだけだし」

「大丈夫、ここなら君の事全て話しても誰にも知られない」

袂からハンカチを出して夕凪に渡した。


涙を拭くと凛音の言う通り、心が軽くなってくる。

傷つけられた出来事も大した事ないような、遠い昔の話のような気がしてくるのだ。

「お父さんが仕事を変わる度に引っ越すから、余計友達もできなかったし。結局子供の人生って親の有り様で幾らでもどうとでもなるのね」とため息をついて起き上がった。

「ありがとう凛音。楽になった」


凛音はよく言った。「夕凪は、強いね。ここに来た人は、皆んな弱っていて、可哀想になることが、多いのに。僕なら、もっと、卑屈になっちゃうよ」


「凛音は、ここに来る人達を全て受け入れて話を聞いてくれるんだよ。凛音の方が何倍も凄いよ。私ならちょっと聞いただけで、嫌になって追い出しちゃうと思う」


ふっと凛音は笑った。

「夕凪らしいや」


「今日はもう帰るね。ここ以外でも会えたらいいのにな」

何気に言った。


凛音は少し考えるふうにして言った。

「夕凪の事をもっと知ると、夕凪の心を媒体にして、外で存在できるかも。試した事、無いけど」

「本当に?」

夕凪は驚いた。


彼女は狂喜乱舞した。


「だったら、もっといっぱい話すよ!2人であちこち行けたらなって思ってたんだ」


「そうなんだ」凛音は戸惑いがちに言った。


彼女が帰った後、凛音は一心不乱に紙に彼女の過去の話を書き綴った。

次第に、彼女の話す自身の過去が繋がっていく。


全て書かなければならない。

決して夕凪の心を軽くしてあげる為だけではない。

彼女の心を此処に止めるために。

代わりに自分がここから出るために。

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