【糸島編】3.あやかしなんでも相談所が、実情。

 業務が始まると、私は篠崎さんに真っ先に呼ばれた。


「今日はお前、これから糸島に行ってくれ」

「糸島ですか」


 ちょうど朝テレビで観た美しい海岸と自然の風景を思い出す。五月晴れの今日はきっと気持ち良い景色が広がっているだろう。


「移住や転職の相談ごとですか?」

「いや。少し違う。もう既に5年前、石川からこっちに越してきた人だ。その人から相談事があるから、新人一人寄越してくれと言われた」

「なるほどですね……」


 篠崎さんがPCの画面を示してきたので覗き込む。そこには簡単にお客様の情報が表示されていた。


ーーーーーー


種族 浜姫

名前 清音(キヨネ)

生年 大体250年前くらいまで記憶あり

出身 加賀橋立(石川県加賀市)

移住先 糸島市

対応 磯女 瑛衣女(エイメ)の仲介により磯女の集落に移住。


ーーーーーーー


 これ以外の情報はパスワードを入れないと見られないようになっている。社内でも顧客情報の管理がしっかり整っているのはさすがだと思う。前の会社では自宅のPCでも余裕で個人情報見られるような環境だったし。いや、あれは異常か。

 一人色々と考えている私を見て、篠崎さんは金色の双眸を眇めてみせた。


「ま、お客様が新人の顔を見たいって御所望なわけだ。一度縁が繋がったあやかしとの縁をうちは大事にしている。丁重に挨拶しに行ってこい」

「承知いたしました」


 私は頷きながら、気になったことを篠崎さんに尋ねてみる。


「篠崎さん、あの」

「ん?」

「弊社って、移住転職サービスという名目ですけど」

「ああ」

「実質的には、福岡に居住するもしくは居住希望のあやかしの方々に対しての、なんでも相談屋さんみたいなものーーという認識でよろしいんですよね」

「ああ。転職とは銘打ってはいるが、な。夜のように人とつながることで霊力が安定し居場所を得られるあやかしには文字通り仕事を紹介するが……例えば今回の浜姫の清音さんは、居場所さえあれば特に人に関わらずとも生きていける、いわば『場』で霊力が安定するあやかしだな」

「へー……」


 浜姫。海のあやかしと言うことしかわからないので、移動中に調べておこう。


「そういうお客様には『場』と繋ぐお手伝いをすることもあるし、また『場』があって霊力が安定していても是非仕事をしたい、と相談にくるお客様にはもちろん仕事を紹介する。ほら、羽犬塚さんがそういうタイプだ」


 篠崎さんが目線を羽犬塚さんに向ける。パソコンのディスプレイからひょこっと顔をだし、羽犬塚さんが尻尾をぱたぱたする。


「私は霊力は安定してるけどね、やっぱり働いていないと落ち着かないじゃない?」

「そういうものなんですね……」

「息子の育児中は何かとお金が必要だったし」

「あ、息子さんいるんですね……」

「そうよぉ。こう見えても独り立ちした息子がいるんだからあ」


 こう見える……こう、見える、とは???


 よくわからない気持ちになったが、私はとりあえず話を合わせて頷いた。篠崎さんが話を続ける。


「あやかしは狭い世界だ。新入りが既存のコミュニティに入っていくのはなかなか難しい。そうなると、こちらで居場所を失ったあやかしは、『此方』では生きていけないと諦めるか、暴れて消されるかだ」


 篠崎さんの話が耳に痛いのか、無表情の夜さんの猫耳がパタンと閉じている。彼も恥ずかしいとか、居た堪れないという気持ちが多少あるらしい。


「『此方』に居たいあやかしは、うちにとりあえず頼れる環境を整えているんだ」

「なんだか篠崎さんのお話を伺ってると、ほぼ慈善事業みたいに感じますね」

「まあな」


 私の言葉を認めるように、篠崎さんが肩をすくめる。


「福岡は移住者に親身になりたがる、太いパトロンがいるからなんとかなってんだよ。なんとかな」

「太いパトロンですか」

「プロフェッサーM」

「誰ですかその胡散臭い呼び名」

「畏れ多くもその名を呼ぶのが憚られる尊き方、福岡といえば修学旅行生が絶対立ち寄る」

「修学旅行生……?」

「いつか嫌でも会うことになるだろうさ。ーー時間だ、」


 篠崎さんは椅子にかけていたジャケットを羽織り、立ち上がった。背が高いので、一気に頭の位置が変わって見上げるのにまだ慣れない。


「俺はこれから出る。何かわからないことがあったら羽犬塚さんに聞いてくれ」

「はい」

「篠崎さん、行ってらっしゃ〜い」


 尻尾ふりふり声をかける羽犬塚さんに見送られ、篠崎さんは会社を後にした。革靴の音が階下に降りていくのを聞きながら、私は目があった羽犬塚さんに尋ねる。


「……篠崎さんって、もしかしなくてもすごく面倒見のいい方、ですよね」

「そうよ〜。昔はだいぶん悩んだり困ったりしていた時期もあったけれど、だからこそ他のあやかしの面倒見てやろうって気持ちになるんじゃないのかしら」


 羽犬塚さんは書類をトントン、としながら遠い目をして微笑む。


「とっても情が厚い人よ。なにか困りごとがあったらなんでも頼るといいわ」

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