第30話

 アーヤとルークはテルノルトが座っていたような青黒い管が張り巡らされた柱のある部屋をここまでに二つ見た。そして、三つ目でテルノルトと出会した。

 とは言っても、目が合う前にテルノルトが消えたので気がつかれてはいなかったと思う。


 思わず息を止めていたアーヤとルークはテルノルトが姿を消したところでぷはっと息を吐き出した。


「――今のって転移魔術?」


 テルノルトは石の巨人の出てきた部屋の時と同じように柱の中に柱の中にいた。それが綺麗さっぱり消えたのだ。


「なんであいつが使えるんだ?」 


 なんでかとアーヤも思った。目の前の柱に巻きついている青黒い管が目に入るまでの一瞬だけは。


「たぶんあの柱が転移装置になってるんだよ」


 あの柱に流れ込む大量の星のかけら。あれだけの量があれば力技で転移することだってできてしまう。メイが作ったのならなおさらだ。

 アーヤは柱に近づいた。テルノルトが座っていた空洞の内側の壁にいくつかの魔法陣と魔力を流し入れるタイプのスイッチが三十ほど散らされてあった。スイッチの色は大抵緑か茶色で、青と赤が二つずつある。

 アーヤの後から柱の中を覗き込んだルークはスイッチを指差した。


「これ使ったらメリルまで早く行けるんじゃない?」


 これがメリルまで繋がっているのなら使ってしまった方がいいかもしれない。問題はメリルに繋がっているかわからないことだ。


「メリルまで行けるかわからないじゃん。全然別のとこへ行ったり、テルノルトと同じ柱の中で出会ったりするかも」


 この狭い空間の中でテルノルトとくっつき合うなんて冗談じゃない。ルークもそれは嫌だなと渋い顔をした。


「あ、でも、メリルはたぶんこれじゃないか?」


 ルークはたくさんある中の一番上の青いスイッチを指さした。


「どうしてわかるの?」


 そう尋ねてから、アーヤはルークがなぜそれを選んだのか遅れて理解した。


「普段使いするならわざわざ間違いそうなことしないだろうし、違ったらまた転移し直せばいいしさ」


 ルークの言葉に頷いて、アーヤは柱の中へ入った。アーヤが奥に寄り、ルークも中へ入る。一人用の柱は二人入るととてもきつい。


 アーヤは青いスイッチに魔力を流した。





****** 





「……岩」


 ナタリーが急に立ち止まった。


 グレンはナタリーが何か『ヒント』を言ったのだと分かった。国境村の時もナタリーのヒントは的確で、そのおかげであれほど早く終わらせられたのだ。あの時もこんな風に急に脈絡のないことを呟いていた。

 ただ、この地底国家とやらには岩なんて腐るほどあるし、大抵岩か石か土かでできている。カーレンも、今回はナタリーのヒントが何を示すものなのかピンとこないらしかった。


 ヒントが役立つ時になったら自然とわかるだろうと再び歩き始める。それからは壁や地面に岩らしき岩があったら注意深く見るようになった。


 二つに分かれた道を北に近づける方へ進む。その時グレンは、ほんの僅かな違和感を感じた。


「ちょっと待って」


 グレンは分かれ道の分岐点のところで穏やかな風を流した。


 見つけた。

 隠し通路を。


 見つけた穴をこじ開けると、魔法陣があった。それは、グレンが最近よく見ていたアーヤの転移魔法陣とそっくりだった。


「これに血を落とす価値はあると思う?」


 カーレンはふふふと笑って頷いた。


「どうも価値がありそうだ」





******





 見つけてしまったものが世界を滅ぼすくらい大変なものだと嫌でもわかった。ゼンナンの首筋に冷や汗が伝う。


「なんてことしやがるんだよ……」


 途中で邪魔だった岩を切り裂いたところ、その裏に部屋があった。そこに入ってみれば、二階建ての家よりも高さのあるタンクに入った色油と、その横で同じタンクに入った青黒い液体。青黒い方はアーヤの星のかけらだろう。


 二つのタンクは上部で連結していて、太い一本のパイプが地上の方へ伸びている。タンクの前にあるのは二つのハンドルで、魔力を流し込めるようになっている。


 何がまずいか? 答えは簡単だ。このハンドルが捻られたら二つの液体は混ざり合いながら地上に発射されて、国一つは焼け野原になる。


 さらに、それに充てられて、今ごろ国中にばら撒かれているだろう魔力爆弾――あいつらは奇跡とかいう馬鹿げた名前をつけていたようだが――も爆発。地上は焼け野原どころか更地になる。


 タンクを壊せば地底国家内で爆発が起きることになるし、片方だけでも着火剤がどこかにあったらたちまち火の海だ。


 ゼンナンはガシガシと頭をかいて巨大な二つのタンクを見つめた。放っておいて手遅れになったらと思うと簡単に離れられないのだ。


「――ユノスフ? ユノスフ・ベイツァラ?」

「誰だ⁉︎」


 かつての名前で呼ばれ、ゼンナンは素早く剣を抜いて振り返った。部屋の入り口にいたのはかつて剣を教えてもらったこともあるサンライン王国騎士団長だった。


「驚かせてすまない。……まさかまた会えるとは思ってもいなかったよ」


 ユノスフ・ベイツァラは暗殺されていたことになっている。暗殺されたことにして、ゼンナン・サールとして生きてきたのだ。


「騎士団長、なぜここに?」


 剣を下ろさずに睨むゼンナンを、騎士団長は涙を堪えるように背筋を伸ばして笑った。


「柄の悪さも相変わらずか――せっかく助けてやった子を泣かせてたな」


 騎士団長は懐かしむように言った。流れ始めたむず痒い空気に耐えきれなくなったゼンナンは睨んだまま「なんか文句あるか?」と言って剣を下ろした。


「いいや? 文句はないさ」


 騎士団長は笑って言った。子どもの頃は貴族らしさも時には大切にと言っていたが、別の生き方をしているゼンナンに言う言葉ではないと思ったのだろうか。


「んで、なんでここにいるんだ?」


 敵か、味方か。騎士団長もゼンナンもそれがわかるまではいくらかつての師弟でも、近づくことができなかった。


「地底国家というのに唆された息子を懲らしめにきたのさ」


 彼の息子というと、今は一番部隊の隊長だったか。


「ダレンもだが、どうやら一番部隊のやつらは地底国家に骨抜きにされたようだ」


 自分がいながらそんなことになるなんて、と騎士団長は悔いているように見えた。


「じゃ、とりあえず地底国家ぶっ潰すか」


 ニヤっと笑ったゼンナンに騎士団長は「生意気になりやがって」と笑い返し、拳をカツンとゼンナンの肩にぶつけた。


 そして騎士団長はゼンナンの背後にあるタンクを指さした。


「とりあえずこの凶器を取り壊す」


 騎士団長は「馬鹿息子の部屋にこんなものがあった」と一枚の紙を見せた。それは、ハンドルを回した後に使う脱出通路の使い方。そして、いざという時の緊急停止措置のありか。


「相変わらず有能かよ」


 ゼンナンは吐き捨てるように言うと騎士団長は豪快に笑った。





******





 アーヤとルークが転移した場所は、一見柱に入った場所と何も変わらなかった。どの柱の部屋も同じ作りなのだ。


 アーヤたちは部屋の北側の扉から出た。そのまま真っ直ぐになっている道を進む。突き当たり曲がり角を曲がった時、風が吹いてきた。


「――ここ、地上なの?」


 道の先には砂浜が見えた。そこから潮風が吹き込んできている。


 アーヤとルークは迷わずそこへ出た。


 月明かりが海を照らしていた。時間感覚が失せていてまだ半日しか経ってないのか、一日半は経ったのかわからない。

 アーヤたちが出てきたところは外から見ると砂浜にある洞窟だった。洞窟に繋げて作ったのか、繋がってしまったのか。なんにせよ、地底国家に入った時のあの長い階段を登る羽目にならなくてよかったと思う。


 遠くの方にいくつもの船が止まっているのが見えた。

 メリルに着いたのだ。


 地上にくると、地底国家の存在をより強く感じた。地底国家の中にいるときよりもだ。地面に触れた足の裏から、出てきた洞窟の気配から、「ここにいるよ」「こっちへおいでよ」と訴えかけられているような感覚がある。


「アーヤ、あれ……」


 ルークは空を指さした。

 それを見てアーヤは思わず頬をつねった。


「え? なにあれ」


 夜空になにかが五つ浮かんでいた。とても大きな何か。海の上の空にあって、砂浜からだととても遠い。

 アーヤは光の球を作って場を明るくした。


 見えたのは、島だった。空に五つ島が浮かんでいるのだ。


「こんなんもありなのかよ……」


 アーヤたちが呆然としていると、後ろから最近よく聞き馴染んだ人たちの声が聞こえた。


「やっぱりアーヤたちもたどり着けたんだね」


 カーレンが少し自慢げに言っている。確かにこれはカーレンの手柄だ。あの言葉で気づけた。


「つーか、あいつ裏切ったか」


 ゼンナンは分かれたときからサーヤに会っていないようだ。グレンたちから話を聞いて鼻で笑った。その横で、グレンは新たに加わっている人員に困惑している。


「なんで、騎士団長が?」

「グレンがいることも驚きだぞ? ――決心がついたらしいな」

「……まあ、はい。おかげさまで」


 急に賑やかになってアーヤは微笑んだ。そして、気が付いた。


――こうしてみんなで賑やかなの、好きなんだ、わたし。


「じゃ、それぞれ最後の仕事だな」


 グレンの一声で、七人がそれぞれ真剣な顔になった。


「俺らは爆弾処理班だな」


 ゼンナンは騎士団長を見た。騎士団長も頷く。


「カーレン、僕たちも何かあるんだろ?」

「ああ。そろそろくるはずだからね」


 カーレンがそう言った時、上の方から剣を引き抜く音がした。


「来たみたいだ」


 アーヤとルークが出てきた洞窟の上にいたのは、サンライン王国の騎士団だった。

 それを見た途端、騎士団長は好戦的に笑った。


「ユノ……ゼンナン、悪いがこっちをやらしてもらう」


 ゼンナンはヒラヒラと手を振った。


「ルーク、グレン、それと騎士団長さん。最後の戦いのはずだから」


 カーレンはそう言っていつものようにふふふと笑った。

 ゼンナンとアーヤは戦う必要がないらしい。それぞれの役目を全うしろと剣を抜いたルークの背中から声が聞こえた気がした。


「んじゃ、行くか!」


 ルークとグレンと騎士団長はほとんど垂直な崖を僅かな岩の出っ張りを足場にしてすいすいとのぼっていく。

 ゼンナンは再び洞窟の中へ入っていった。


 カーレンとユーメルはいつのまにかいなくなっている。

 アーヤは一人、空に浮かんだ島を見た。


 不利なら勝つか 血は五 斬ろうと津に立つか


 ここにきて、あの島を見て、アーヤはワンダーブックの言葉の意味の解釈が少し違うのではないかと思った。


 降りなら勝つか 地は誤 斬ろうと津に立つか


 地は間違い。あの空に浮かぶ島は違う。降りるなら勝つとあるのだから昇ってはいけない。斬ろうと立つのは港。それなら何を斬るか? 


――海を斬る


 アーヤは一人海へ近づいた。波がアーヤの足を撫でる。アーヤは星のかけらを生み出して手を握り合わせた。 


 星のかけらから香りはじめた海の香りは本物の海の香りに混ざっていく。目を閉じて力を込める。水色の光がアーヤのまわりをまわり始めた。アーヤの髪やローブがふわりと持ち上がり光の蝶がそのまわりを舞い踊る。水色の蝶、紫の蝶、黄色の蝶。


 アーヤを中心にして広がる光が夜を照らす。夜空の星がつられて一つ流れた。


 アーヤの頭の上でアーヤよりも大きな金色の蝶がゆっくりと羽を広げた。そこに広がっていた光たちが集まっていく。


 金色の蝶が海の上へ羽ばたいた。


 その途端海が割れ、そこから出てきた波がアーヤの身体を海の中へ攫った。




 海は元に戻り、再び夜の闇に包まれた。

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