第31話

「お前ら全員、血迷ったか!」


 騎士団長が叫びながら剣を振るっている。剣と剣がぶつかり合う音、地面を蹴る音が潮風に乗って流れる。斬っても斬っても湧き出る騎士をルークと騎士団長は斬り伏せていく。

 グレンが出した風の刃が騎士の首を飛ばす。


「おっと、そっちにいくのはだめだよ?」


 ルークの横を抜け、崖を降りようとした騎士に黒い鎖が巻きついた。カーレンが操る鎖は騎士たちを捕まえては締め付けていく。ルークが一人の騎士の首を飛ばしたとき、ユーメルに近づいた騎士が吹き飛ばされているのも見えた。


 優に百を超える騎士たちの後ろには完全武装のテルノルトがいた。


 騎士団長は剣を振り回して騎士たちの中を突っ切り、息子ダレンの元へ走った。


「とんでもないことしやがって! その責任、命を持って償え!」


 ダレンの剣は騎士団長の振るった剣を流した。そのまま胸を貫く。動揺したダレンが剣を引き抜こうとした腕を騎士団長は掴み、最期の力を振り絞って自身の剣をダレンの胸へ押し込んだ。戦場の真ん中で、お互いの胸に剣を刺した父子が倒れた。


 騎士団長の背中から剣の刃が見えた瞬間、グレンの殺気が膨れ上がった。


 殺気は風を纏った水の剣に変わり騎士たちに降り注ぐ。


 一本の剣が騎士の後ろにいたテルノルトの腹に突き刺さった。





******





 ゼンナンは騎士団長がよこした緊急停止装置のマニュアルの通りに、洞窟に入って一つ目の曲がり角にある岩を引っ張った。そこにあったのは青と緑の巨大な岩。


「はっ、なるほどな」


 ゼンナンは街で拾った黄色い豆型の秘密兵器に魔力を流して、さっき出てきた緊急脱出通路の中に投げ入れた。激しい爆発で天井や壁が崩れて広がったその道の中を、巨大な石を押してタンクのもとへ運んでいった。





******





 海の中、アーヤを守るように蝶は舞っていた。海は透明で澄んでいた。アーヤには自然とやるべきことがわかっていた。


 目を開けた。息もできる。


 アーヤの周りには五つの岩が等間隔に並んでいた。その中心でアーヤは持っていた十三の小瓶の星のかけらを取り出す。蓋を開けると星のかけらはアーヤの目の前に浮かんで一つに集まっていった。


――まだ足りない。


 アーヤは一つになった星のかけらに両手を添えて星のかけらを生み出し続ける。一日の上限なんて忘れて、全てを注ぐ。

 力の、全てを。


――まだ、まだ足りない


 星のかけらはいつのまにか青い水晶になっていた。その中には金色の星。アーヤの手の間で純度の高まっていく水晶が一瞬、震えた。


――今だ


 アーヤはそこに今度は魔力を流す。星の水晶から光が発生して、五つの光の線となって真横へのびる。それは周囲にあった岩にぶつかって空へと軌道を変えた。


 光の柱が立った。


 フィナーレだと言わんばかりに蝶が踊った。いつのまにか細かな光が花びらのように舞っている。


 アーヤは海の中で祈り続けた。





******





 アーヤが海へ消えてしばらく。海面を裂いて光の柱が五つ上がった。それらは上空に浮かぶ島にぶつかり細く分かれていろんな方向に飛んでいく。


 流星群のようだった。


 それは長い間続いていた。崖の上のルークもグレンもカーレンもユーメルも、一仕事終えて洞窟から浜辺に出てきたゼンナンも、誰一人言葉を発しなかった。しかし誰もがわかった。


 地底国家の悪夢はこれで終わる、と。


 地底国家の内部が崩れていっているのが見なくともわかった。ついさっきまであれほどあった存在感が次第に薄れていく。体が軽くなっていく。


 金色の小さな蝶が一匹、帝国の方へ飛んでいった。





******






「殿下、各地から北方面からの光について問い合わせが!」

「殿下、帝都の『扉』が綺麗さっぱり消えました!」

「殿下、各地から地面に浮かんでいた模様が消えたとの報告が上がっています!」

「殿下、空から降ってきた光が地下に吸い込まれていっているとの目撃情報が多発しております!」


 入れ替わり立ち替わり入ってくる文官たち。彼らの報告はそのうち地底国家陥落に変わるだろう。ラファイエはふっと笑って星の降る空を見た。





******





 血走らせた目をギラギラと異常に見開いてテルノルトが這い上がってきた。


「まだ、終わってはいないっ」


 ルークたちは剣を構え直す。


「俺がホンモノの王だ、ニセモノの奴らは――」

「悪いが、それは違う」


 テルノルトが血を吐きながらまいた怒声は落ち着いた声に遮られた。

 声のした方をふり向くと、そこにはイエンディ国王とサンライン国王が護衛もなしに立っていた。


 イエンディ国王は喋り続けた。


「お前は確かに前妃の子だがお前には継承権などなかった」

「何をふざけたことを!」


 テルノルトが己の醜態を気にせずに叫ぶのをイエンディ国王は悲しそうに見ていた。彼からすれば、テルノルトは孫なのかとルークは気がつく。


「地底国家では俺が全てだ! ニセモノどもなど塵ほどの価値もない!」


 その姿には憐れみすら感じた。


 テルノルトの腹は血で真っ赤に染まっていて、地面にも血の海ができている。彼が立って叫んでいられるのは恐ろしいほどの執念の賜物だった。

 サンライン国王は手をキツく握りしめ、後悔で顔を曇らせていた。



「地底国家は世の中のニセモノが全て消え去る救いの国だ!」



 その瞬間、大陸へ散らばっていく光の中から一筋の光が崖の上に落ちてきて、テルノルトの心臓を貫いた。

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