第28話
アーヤとルークは元来た道を半分ほど戻り、そこから北へ伸びている道へ入った。南へ進んだときは壁や地面は土を掘ったままの状態だったが、北へ行く道は石や木で舗装されているところが多い。
北へ行くために方向転換してからいくつかの開けた空間を突っ切ってきた。綺麗な装飾がされているところもあったし、テルノルトがいたところのように柱を中心にして管が張り巡らされているところもあった。
六つ目くらいの扉に行き当たり、開けようとしたときルークが言った。
「この中、人の気配がする」
アーヤが意識を研ぎ澄ますと、たしかに中に誰かいるようだった。一人ではなく何十人もいそうだ。またメイの時のような国民だろうか、とアーヤは思った。そうするとメイやデリバンの他にも人を操るあれを持っている人がいることになる。
「道をかえる?」
ルークは少し考えたあと、首を横に振った。
「さっきの分かれ道は西に行くのしかなかった。別の経路で行くとなると結構な距離戻らなきゃならなくなる」
ルークは戦うことと戻ることを考えると戦う方が早いと結論づけ、扉をゆっくりスライドさせた。
騎士が隊列を組んで立っていた。
微動だにしない彼らは街にある銅像のようだった。
「おいおい、あいつらイエンディ王国の騎士団だぞ……」
ルークは頬をひきつらせた。
アーヤもついこの間、三カ国会議でイエンディの騎士団を見た。銀色をベースに緑色で模様の入った鎧を着たまさに騎士という出立ちだ。
アーヤはゼンナンがイエンディとサンラインの騎士団はテルノルトの支配下に堕ちていると言っていたのを思い出した。もはや彼らは地底国家の騎士団なのだ。
このまま動かないでくれれば穏便に終わるのに、というアーヤの願いも虚しく、騎士たちは一斉にアーヤとルークを見た。首の動きが揃いすぎていて怖い。
「さっさと終わらせるぞ」
ルークの声を合図にアーヤたちは部屋の中へ飛び込んだ。
騎士たちは剣を抜き、統制の取れた動きでアーヤたちを取り囲む。
アーヤは自分が中心になるように地面に魔法陣を展開させた。魔法陣の円周上に炎が出現し、浮かび上がって円を大きくして広がっていく。
騎士たちは盾で炎を防ごうと身を守る。
その間に高く飛んだルークが守りの薄くなった背後を狙って剣を振るう。アーヤは足元の魔法陣を維持したままもう一度炎を広げ、頭上にもう一つ出した魔法陣から騎士たちの頭上に稲妻を落とす。
それを上手く避けた騎士たちはルークによって首を落とされた。
一瞬の間に全員地に伏した――そのはずだった。
それなのに、首を失った騎士も、稲妻に貫かれた騎士も、炎で焼かれた騎士も、ゆらゆらと不気味に立ち上がる。
「――どういうことだよ」
死んだはずの騎士たちは満身創痍の体で剣を持ってアーヤとルークに襲いかかった。首から血が噴き出すのもお構い無し。肉が焼かれてもお構いなし。墓から這い出たような騎士たちはただの恐怖だ。
「どうすればいいの⁉︎」
アーヤは光の矢を乱発し急所である心臓や、頭のあるものは脳を狙う。動く死体となった彼らは痛みもないのかそれを避けることもせず近づいてくる。
剣を使えないアーヤは魔術を避けずに近づいてくる騎士ととても相性が悪い。
炎の壁をたてて近づいてくる彼らを防ごうとするも、しばらくするとそれを突っ切ってくる者が出る。青い柄の剣は彼ら自身の血で赤くなってきている。
「わかんねー――っこいつらたぶん指一本になっても動くぞ」
闇雲に襲いかかってくる騎士たちを剣でいなしながらルークはアーヤの方へ移動した。
アーヤとルークは背中合わせに立って集まってくる元騎士を攻撃し続ける。
近寄ってきた者を切り飛ばしたり圧力の高い光で遠くへ飛ばしたり、とにかく遠くへやる。近づいた者から飛ばされ、飛ばされた者は再び集まってくる。きりがない。しかも、絵面はどんどんひどくなっていく。
「なんでまだ動くの!」
どんな姿になっても剣を手放さない彼らは真に騎士だったし、悪魔だった。
アーヤの魔術が横に外れた。飛ばされなかった一人の騎士がアーヤに剣を振るった。
「――アーヤ!」
剣はアーヤの脇腹を斬った。少し遅れてアーヤがその騎士を火球で飛ばす。
それに気を取られたルークは唯一頭の残っていた騎士に剣を弾き飛ばされた。剣が飛んでいく先はルークたちが入ってきた入り口。
魔術を使うたびにアーヤからは生暖かい血が滲む。深い傷ではないが存在を主張するようにズキズキと刺激している。
このままじゃ――
武器のなくなったルークに体の半分が焼かれた騎士が剣を向けた。
******
体中を石で固められているせいで剣が刃こぼれする。こんなのどう倒せばいいんだよ、とゼンナンは石の巨人の振り下ろした腕を避けながら考えた。
さっきから巨人の攻撃を避けてばかりでまるでダメージを与えられていない。体力だけがじわじわと削られていく。かっこつけてアーヤたちを送り出したは良いものの、これではテルノルトに一撃与えるどころの話ではない。
透明な壁を隔てた向こう側で楽しそうにゼンナンの様子を見るテルノルトの視線も苛立ちを募らせる原因だった。
ルークが体内から焼き切るのがいいと言っていたな、と思いゼンナンはたった一つ空いた口を見た。あの口からはたびたび矢が飛んでくる。
「ちゃっちゃと殺してやるよ」
ゼンナンを執拗に狙う巨人の手を避けながらニヤリと笑った。
暗殺者として名を馳せたのはそれ相応の実力があったからだ。どんな獲物もきっちりと始末する、帝国最強暗殺者。
諦め悪く振り下ろされた巨人の腕が地面についた瞬間、飛び乗った。
暗殺者は夜の屋根の上でも、天井裏でも、時計塔の上でも、足音なく走るのだ。どんな足場でも。
それと何も変わらない。
「――俺の勝ちだな」
乾いた唇をぺろりと舐めてゼンナンの口は弧を描いた。振り落とそうともう片方の腕で払おうとしてくる巨人。その手を飛び越えて頭目掛けて一直線に走る。
片手で剣を振り上げ、もう片方の手で懐からとどめを指す秘密兵器を取り出す。
巨人の肩の手前でゼンナン目掛けて来た反対の手に飛び移り踏み込んで飛び上がった。
巨人の目に思いっきり剣を突き刺す。突き刺して引き抜く前に一瞬開いた口の奥へ秘密兵器を放り込んだ。口から矢が出てきたところで体を大きく振って剣を引き抜き、頭を蹴って飛び降りた。
ゼンナンは空中で巨人の体が弾け飛ぶのを見た。
体内の繊細な仕組みを守っていた石の鎧は砕け、剥き出しになった魔道回路。心臓の位置に紫水晶が埋め込まれていた。
「んじゃ、とどめといくか」
地面に足がつく前に壁を蹴ってもう一度宙へ浮く。
巨人の核であろう紫水晶へ勢いよく剣を突き刺した。
剣の刺さったところからピキピキと音を立ててヒビが入った。ゼンナンが剣を引き抜くと同時に水晶は完全に割れ、光を反射させて落ちていく。剥き出しになっている魔道回路は危険を知らせるように全体が赤く光り、ゼンナンが地面に着地した時には発火していた。
大きな体は音を立てて燃えながら傾いていく。
いつの間にかテルノルトは柱から消えていた。倒れる巨人に巻き込まれるのを察知したのだろうか。
逃げやがって、とゼンナンはテルノルトのいた柱に落ちていた巨人の体を覆っていた石を投げつけた。
巨人は一際大きな炎をあげた後、灰になった。
壁や床はあの巨人がむやみやたらに腕を打ちつけたせいでへこみまくっている。部屋の中央で傾いた柱と砕けた石の破片。山のように積み上がった灰。
世界の終わりはこんな感じかもしれないなとゼンナンは思って部屋を後にした。
******
グレンは頬についたデリバンの血を服の袖で拭った。デリバンの腕の星のかけらは奇跡的にも壊れていなかった。それを壊さないと操られた人々は止まらないだろうと、そこに風の刃を放とうとして、すでに彼らがいないことに気がついた。
「アーヤたちと合流しよう」
何事もなかったように話しかけてきたカーレンにグレンは操られていた国民たちはどうしたのかと尋ねた。
「呪いの子っていうのが強いって最近知ったんだ」
答えになっていない解答をしてカーレンは部屋を出ていく。ナタリーもそれに続く。聞き出すのを諦めてグレンもカーレンについて行った。
さっきの二又の道まで戻り、アーヤたちが行った方へ入る。その先にあった扉を開けると、めちゃくちゃに壊された部屋があった。隕石が落ちたのかと思うありさまだ。
「これは――酷いね」
カーレンが迷ったように言葉を選んだ。グレンも「これはひどいな」としか言いようがなかったので開きかけた口を閉じた。
会話が続かず沈黙になりかけたところでナタリーがカーレンに聞いた。
「アーヤさんたちの行き先はわかるの?」
「あの子がしっかり伝えてくれていれば、たぶん僕の言いたいことはわかってもらえたと思うんだ」
あの子というのはサーヤだろう。手のひらを返したようにアーヤを慕う様子に信用していいものか悩んだが、やはり変わっていなかった。
「また謎解き?」
「そうだよ。僕たちもそこへ向かおう」
ナタリーは謎解きに関してはカーレンがもったいぶるのはいつものことだと深く追及せずに頷いた。カーレンは「北の果てに行く」とだけ言って今入ってきたところのちょうど反対側にある扉へ歩いた。この部屋を歩くと灰が靴の中に入る。部屋を横断して出たところで靴から灰を出しながら、あの先にテルノルトがいるとサーヤは言っていたからあの激しい戦闘で倒したのだろうかと考えた。しかし、テルノルトはそう簡単に命を受け渡したりはしないだろうなとも思う。
上手く逃げたか、そもそもあの部屋にはいなかったのか。
アーヤたちが負けたはずはない、と信じてカーレンに着いていく。この先にアーヤたちがいると信じて。
******
ルークは騎士の剣を盾で受け流し、体を蹴飛ばした。剣がなければ防衛戦になってしまう。今も攻撃しているのに防衛戦のようなことになっているが。
アーヤは魔術をひたすら撃っても意味がないと思い始めていた。星のかけらを使うべきだ。しかし、星のかけらを使う魔術は発動までに少し時間がかかるのだ。ルークは剣が手元にない。アーヤ自身が時間を稼ぐこともできない。
元が人間であったと思えない、かろうじて体を保っている騎士たちはアーヤとルークに休みなく剣を振るう。
「――いい加減剣を離せよ!」
盾ひとつで流すのが辛くなってきたルークが叫んだのも彼らには意味をなさない。もう本来は死んでいるはずなのだ。
「アーヤ、そろそろきついぞこれ」
アーヤはさっきからそれほど力を必要としない火球で騎士たちを遠ざけることだけに集中していた。攻撃するとか倒すとか考えて魔術を使っても体力が持っていかれるだけだったからだ。
「そうは言ってもどうするの?」
騎士に斬られた横腹からの血を止める暇もない。足元に血が垂れてきている。火球を使っているせいで人が焼ける匂いもするし、とても気分がいいものじゃない。できることなら早くここから出ていきたい。
アーヤはルークによって半分に斬られた騎士に火球を撃った。その時「あれ?」と思った。半分になっても二人になるわけではないのだ。剣を持った体だけがやってくる。
「ルーク、彼らからできるだけ剣を取り上げて!」
アーヤは火球の狙いを剣の柄を握る騎士の手に定めて撃つ。ルークは盾を持ち手の部分にぶつけて落とそうとした。
「たぶん、本体は剣、だと思う」
アーヤはタイミングを見計らい頭上に新たな魔法陣を展開させた。
カランと音がした。ルークの盾が一人の騎士の剣を落としたのだ。
「こいつもう動かない」
剣が騎士の体を使って攻撃してきていた。メイの時は人を操るのも人だった。ここでは剣だったのだ。
最初は生きていたのだろうか。
そんなことをほんの少し頭の隅で思って魔法陣から光の鎖を出す。
鎖は騎士たちの剣を巻き取ろうと動き出す。アーヤとルークも火球と盾で剣を狙う。
どれくらいそうしていたのか、騎士は残り一人になった。アーヤたちの周りには騎士たちが持っていた剣が散らばっている。
アーヤが火球を放った時、騎士はぎこちなく剣を振り、剣を持った自分の肩を斬り落とした。
切り落とされた腕は、動こうとしたが光の鎖がそれを制して剣を抜き取った。
最後の一人だった騎士はその場に倒れ、かつて人だったもので散らかった部屋に立っているのはアーヤとルークだけになった。持ち手がいなくなった剣を光の鎖がまとめ、鎖とともに剣は砕けた。たくさんの騎士の血に濡れた部屋で銀色の刃が雪のように舞った。
ルークは飛ばされた剣を拾い、血を払って鞘に収めた。アーヤもルークも部屋の惨状になかなか言葉を発することができなかった。
もっと早く剣が原因だと気がつくことができたら、こんな風に屈辱的な死に方をさせることにはならなかったかもしれない。
「……行くか」
持ってきていた包帯を巻きつけて血を止めた後、アーヤとルークは部屋を通り抜け、さらに北へと進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます