第24話
アーヤが考えついた報酬は、計画成功時には星のかけらのインクとローザの給料四ヶ月分というものだった。ローザの給料は破格で、四ヶ月分あれば一般市民の生活なら六年はできる。アーヤは特に使い道のないお金をずっと溜め込んできているので、四ヶ月分ならいいかなと思ったのだ。庶民的な感覚と貴族的な感覚をごちゃごちゃに混ぜられたアーヤの金銭感覚は変なところで狂っている。
青い光とともにルークがやってきた。
「来たよ」
アーヤは「いらっしゃい」と言いながらソファーに案内した。昼間話している途中から苛立ちを隠すように淡々と話すルークにアーヤは妙な緊張感を抱いていた。
「それで、話って?」
三回目になる説明で、さすがに慣れたアーヤは簡潔に伝わりやすく言葉を選んで話すことができた。たぶんカーレンに話した時は所々変な箇所があったことだろう。
「僕に君の味方として戦って欲しいの?」
「え? あ、そういうこと、かな……」
自信を持ってそう言えないのは、ルークとの関係性の曖昧さのせいだと思う。
「もちろん、ただでなんて言わない。転移魔法陣とか描ける特殊なインクと、わたしの四ヶ月分の給料を払う」
アーヤが報酬を説明すると、ルークは不機嫌さを隠さずにため息を吐いた。
「たりないかな……?」
「そういうことじゃない。――ねぇ、なんで僕にこの話したの?」
突然の質問に戸惑ったアーヤは「え……?」と目を彷徨わせた。
「それは、仕事を真面目にこなしていたから、前みたいに味方にいたらいいなと思って、かな?」
困ったように言葉を探していたアーヤはしどろもどろに答えた。口に出すにつれてどんどん勢いがなくなっていく。
「それだけ?」
ルークが求める答えがわからない。
「それだけ……? えっと、他に思いつかなかったっていうのもある、かな。あとは……」
ローザではない生き方をすると決める時、思い浮かんだものの中にルークもいたから、かもしれない。ほんの少し、エイミーと繋げられたような関係を期待したたこともないわけじゃない……かもしれない。
「あなたが、ルークが言っていたことが少しだけわかったの。今までの行動は自分の信念に従っていたようでそれとは違ったもので、自分に呪いをかけていたような感じだったのかもしれないって気がついたの」
気が付いてから思うのは、それなら自分がいられる場所はどこになるんだろう、ということだった。
たぶん、家族だったり友達だったり、そういう自分を受け入れてくれる関係に憧れていた。
「わたしが決意を固めるときに、ルークたちと村へ行ったときのこと、いつの間にか思い出してた。……それが、ずっとだったらいいのにって思ったのかもしれない」
こんなことを言ったら、きっとルークは仕事を受けてくれないなとアーヤは思った。他に味方になって動いてくれる人はいるだろうか。ゼンナンにはどれくらいの味方がいるのだろう。
「あ、でも、でも、そうは言っても、お互い都合とかあるし、あなただって嫌だろうし、仕事受けてくれればいいなってだけだから!」
仕事は受けて欲しいから弁明はしておく。受けてくれない可能性の高さに怯えつつ。
「あのさ……君に言ったのは僕だから、責任くらいとるよ。……君が不本意に人を傷つけなくていいように。まあ、ナイフを投げた人の言葉なんて信じらんないかもしんないけど」
ルークの言葉にアーヤの思考が止まった。無意識に握っていた手の力が抜ける。
ルークはアーヤから目を外し、ガシガシと頭をかいた。
「あー、褒美は、僕の好きなものを一つもらうから」
乱暴にそう言って立ち上がる。
アーヤが何か言おうと口を開く前にルークは帰って行った。
「……え? え……?」
状況がうまく飲み込めなかったアーヤは、ルークが承諾してくれたとわかるまでいくらかの時間を要した。
明け方、アーヤは船に乗ったようなふわふわとした揺れを感じて目を覚ました。
体を起こした途端、地面から突き上げられるような揺れに変わり、本棚から本がどさどさと音を立てた。引き出しは揺れで勢いよく飛び出、テーブルの脚はミシミシと音を立てている。揺れはしばらく続いた。揺れが消えた頃には、部屋の中は台風が駆け抜けていった後のようになっていた。落ちた本や紙、割れたお皿や反対の壁に斜めに倒れかかった棚。部屋は足の踏み場がなくなって、アーヤは海の真ん中に浮かぶヨットに乗ったように、ベッドの上にいた。
そこで、あの嫌味な影武者王テルノルトの声を聞いた。
『三日後、地底の楽園、地底国家を開放する。不当に扱われている者、現状に満足できない者、苦しみから逃れられない者、すべての人に救済を。――地底国家への入り口は、それぞれの国の都、国境に設置した七つの扉だ。皆に会えるのを楽しみにしている』
――クーデターなんてものじゃなかった
テルノルトの計画は、無謀なほど大きかった。それぞれの国というのは扉というものの数から考えて、サンライン王国とラザール帝国、イエンディ王国のことだろう。
地底国家の建国。
地底の楽園。
テルノルトはたぶん、あの国境村を強化したものを創った。あの村は実験的に造られていたのかもしれない。
開放は三日後だと言っていた。そこに人々が流れ込んでしまったら取り返しのつかないことになる。
「――地底国家を壊さなくちゃ」
アーヤはすぐにカーレンとグレンとルークを呼んだ。ゼンナンは連絡の仕方がわからなかったが、すぐにアーヤのところに来るだろう。集まるのは山奥の方の家だ。ケランの家はとても人を呼べる状態ではない。
カーレンとルークは知らせが届いた瞬間に飛んできたのか、アーヤが散らばった本を棚に戻し終わる前にやってきた。ルークに転移魔法陣を渡し忘れていたので心配していたが、どうやら昨夜はケランの宿屋に泊まったようだ。カーレンはいつもどおりどんな仕掛けか、呼ばれてすぐに山奥の家のベルを鳴らす。アーヤはルークを連れて暖炉を潜り、カーレンを招き入れた。
「アーヤ、あの地底国家というのは……」
「想定よりも最悪なことが起きたみたい」
カーレンもあの声を聞いたのか、地底国家の言葉を口にした。
ルークも聞いたようで「すごい規模がでかい気がするんだけど」と言っている。アーヤもそれに同意した。ルークは「あの声がテルノルトって奴?」とアーヤに聞いた。カーレンも気になっていたのかアーヤの方を見る。
「そう、あれがテルノルト」
「あれって国民全員聞こえてるのかな?」
カーレンは仕組みを不思議がっているようだった。
アーヤには、あれを可能にする一つの可能性として、盗まれた星のかけらを思い浮かべていた。メイの発明の力もあるし。
「サンライン王国とラザール帝国とイエンディ王国の三カ国の人に向けていたみたいだし、聞こえてると思う」
あのテルノルトとメイがいる。一筋縄ではいかないだろう。
「集められた味方はそれだけか?」
アーヤたちのいた部屋の窓からゼンナンが入ってきた。ここは三階なのに。
ケランで二階から飛び降りていたし今更かと思ったアーヤは、ゼンナンのことも席に案内した。アーヤが「あと一人はいるんだけどまだ来てないの」と言おうとした時、来客を知らせるベルが鳴った。ドアの外に立っていたグレンは疲れた顔をしていた。生気がないようにも見える。
「いらっしゃい。……具合悪い?」
「いや? どうかした?」
「……それならいいんだけど」
ゼンナンとグレンが来たことで、アーヤの知る味方は全員揃った。
「他に戦力になる味方はいないの?」
アーヤ以外にも声をかけているだろうと思っていたアーヤはゼンナンに尋ねた。
「それが、どうもうまくいかない。この間まで協力するっつってたやつらも今じゃ非協力的だ。イエンディとサンラインの騎士団はテルノルトの手に堕ちているっぽいしな」
ゼンナンは舌打ちして苛立ちをあらわにした。
「なんでだ? 賄賂とかか?」
「さぁな。『俺は後悔してたんだ。やり直せるチャンスを逃してたまるかよ』だのとほざくやつが多かったが」
テルノルトは地底国家の建国宣言のとき、『すべての人に救済を』と言っていた。ゼンナンの誘いを跳ね返した人たちはその救済――やり直せるチャンスとやらに惹かれたのだろうか。
「いずれにしても、三日後がタイムリミットってわけか」
カーレンはいつになく難しい顔をしていた。三日も猶予があると考えればいいのか、これしか味方がいない中で三日しかないと考えるべきなのか。
「――わざわざ三日後に開放するのは理由があるだろうから、そこが弱点かもしれない。……ただ受け入れ態勢を整えるだけの期間かもしれないけれどね」
カーレンの言葉にルークも頷いていた。たしかに、わざわざ三日後にする理由があるとするなら早いうちに突撃する方が勝ち目があるかもしれない、とアーヤも思った。
「ゼンナンは長いことテルノルトのやること調べてたんでしょ? 何かないの?」
何かないのだなんて我ながら子どもっぽいなとアーヤは思った。ただ、今は一つでも情報が欲しかった。
「わかったのは、地底国家全体が一つの魔空間になっていることか」
「魔空間?」
「魔空間ってのは、お前らはあいつの村で体験してんじゃないのか?」
国境村のことか。
あの建国宣言をきいた後にアーヤが想像したことは当たっていたらしい。
「こっちもできる限り戦力を上げておいた方がいいね」
そう言った後「僕も戦えるんだよ、実は」とカーレンがいたずらっ子のように微笑んだ。
「あのね、星のかけらって大体わかると思うんだけど、小屋一つ分溜めていたものを全部とられちゃったの」
それがあるのとないので戦力が大幅に変わる。
「とられたってテルノルトに?」
ルークの言葉にこくりと首を振った。
「それは……なんていうか、まずいな」
カーレンは言いにくそうに口をしぼめた。ゼンナンもルークも苦い顔をしている。
夢から覚めた今は過去の行動の一つ一つを思い出すたびに心が重くなる。
「お前とそこの風の使い手様がいりゃ、戦力は十分だよ。俺もそこの坊ちゃんも人並み以上には戦えるしな」
「え? 僕は?」
「お前は知らん」
カーレンはがーんという効果音が聞こえそうな顔をした。ゼンナンとカーレンは意外と息が合っている。
「がんばるから、わたし」
アーヤの決意は彼らに伝わったようだった。
「おー」
「ま、みんな全力を尽くすさ」
ゼンナンは返事こそ適当だったが、その目にはアーヤにつられたように長年にわたって燃え上がらせ続けた大きな炎を宿していた。
カーレンだって、軽く言っていても、ナタリーを思う気持ちと大陸を揺るがした一大事への緊張感が合わさって真剣な目をしている。ルークは何も言わなかったが、アーヤの決意を支えるように頷いた。
……グレンは一人なにかを考えているのか、目の焦点が合わない。アーヤはグレンをそっと見た。
地底国家へは手っ取り早く帝都に現れているはずの扉を破ることにした。ゼンナンは今頃帝都ではあの大地震もあって避難誘導がされているはずだから人的被害は出ないだろうと言った。アーヤが座標を帝都の大通りに設定した転移魔法陣をそれぞれに渡し、そこで集合することにして一時解散した。
アーヤは家中を探して星のかけらをかき集めた。
気がつけば四の鐘がなった。人々の家が瓦礫の詰め合わせになっても、崩れようとしていても、地面から異物が現れようとも、鐘はなるらしかった。
あと鐘半分ほどで太陽がちょうど頭の真上に登る。そろそろ大通りへ行かなくてはならない時間だった。
アーヤは呪いの討伐などの戦う任務で着用していたローブを着た。紺色の生地に金の刺繍が入ったローブを「星空のようで、星の使い手のあなたにぴったりね」と言ったのはメイだった。わざわざ星の使い手らしいローブを選んだのは、アーヤなりの決別だった。星の使い手だったアーヤを完全に消し去ることはできなかったから、星の使い手のアーヤも地下帝国と一緒にさよならするために。
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