第四章
第22話
アーヤ、グレン、デリバン、メイは、護衛任務開始の朝、いつもローザの集合で使う暖炉の中の一室に集合していた。会議の場所までアーヤの転移魔法陣で行くためだ。ロイセンはいない。そのことを誰も気にした様子はなかった。デリバンやメイにもあの手紙が届いたのだろうか。グレンには届いていなかったのはなぜなのだろう。
メイの様子はいつもと何も変わらない。それはそうだ。ずいぶん前からテルノルトと動いていたのだから今さら変わるわけがない。
今日のアーヤたちはローザの正装だった。騎士団の服をベースに魔術師らしいローブの形になっており、邪魔にならない程度の装飾がある。
今朝複雑な気分で袖を通した服の裾をチラッと見て余計なことを頭から振り払った。
全員で転移したのは王が待つ控え室の扉の前だ。メイが代表してノックした。扉の内側で控えていた騎士が扉を開き、軽く礼をしてアーヤたちを室内に通す。
一人がけのソファーに腰掛けている今日の王は、たぶん本物の方だ。正式な場だし、何より嫌味な雰囲気がいくらか少ない。
「今日はよろしく頼んだよ」
王は余裕のある笑みを浮かべて四人を見渡した。
「君たちはサンライン王国自慢のローザの一員だ」
アーヤは顔がこわばらないように口の中を噛んだ。
「炎の使い手デリバン・フール、土の使い手メイ・サンリュ、風の使い手グレン・シラギ、星の使い手アーヤ・レイア。ローザとしての務めをしっかりと果たしてくれ」
特に深い意味はない言葉。今まではそう言われることに安堵と喜びを感じていたのに、今はアーヤを星の使い手アーヤに縛るその言葉がひどく不快感を覚えた。手の平返しの自分の心に戸惑いつつも、意外と平気なものなのだなとアーヤは思った。
王の左右にグレンとメイが立ち、王の後ろにデリバンとアーヤは横並びで付き添った。その周りを数名の騎士が囲んでいる。サンライン王国の辺境にある水月宮は他国からの来賓をもてなす別荘地のように扱われている。王都にある王宮に招くに値しないと言っているようにも見えるが、実際その通りで、ラザール帝国とイエンディ王国の騎士や魔術師も集まると考えるといざという時彼らに攻められても対応しやすい辺境を選ぶのは、賢い選択といえる。
それに――、とアーヤは考えた。王都で大規模な計画を発動させるなら辺境に王や騎士を追いやってしまえばスムーズに準備が進むだろう。
会議の間に到着すると、二国の王は既に席に着いていた。どちらの国も、サンライン王国に負けず劣らずの過剰な護衛を立たせている。
王が席につくのを見ていた時に、目の前のイエンディ国王の護衛と目があった。アーヤは「えっ⁉︎」と声が漏れるのを必死に抑えて口の中を噛んだ。本日二度目で、頬の裏が少し膨れていて思いのほか痛かった。
アーヤと目があったイエンディ国王の護衛――ルークもアーヤのことを見て少し驚いているようだった。
サンライン王国とイエンディが結んでいた和平同盟にラザール帝国も参加して三カ国平和条約を結ぶという話をして、各国家の王が調印して三カ国会議はお開きになった。
部屋まで王を送り届け、騎士の人たちに交代する。ローザは力の象徴の意味で連れてこられているだけだった。
メイとデリバンはそのまま任務地に戻り、グレンは騎士団長に呼ばれて話をしていた。
アーヤが一人庭園を歩いていると、白い花が咲いた花壇の横を歩いているルークを見つけた。
「ちょっといい?」
ルークはアーヤに話しかけられるのをわかっていたかのように振り返った。
「ひさしぶり。この間はどうも」
「手紙は見てない……かな?」
もしかしたら返事がないことが返事なのかもしれないと思ったアーヤはためらいがちに尋ねた。
「もしかして何か送ったの? ここ数日イエンディの騎士団に混ざってここを目指していたから」
その答えにアーヤはほっとした。仕事の関係なのに拒絶されるのは嫌なんて変なの、とアーヤは安心した自分に対して思った。
「仕事の依頼というか、なんというか……」
そう言葉にしてアーヤは「あれ?」と思った。アーヤはルークに何を求めているのだろうかと。前回は利害の一致で一時的に協力した。それ以前はむしろ敵対していたわけだし、今は無関係がいいところだ。自分の味方として働いてほしいと思ったのか? 報酬を考えることもしていなかったのに。
「あ、そう。じゃあこの仕事終えたら話は聞きに行くから」
「え、ええ……魔法陣はあった方がいい?」
「くれるなら」
アーヤは急に淡々としだしたルークに戸惑いながら座標をアーヤの家にしてある魔法陣を渡した。
「血を落とせば大丈夫……人目のないところでお願いね」
了解、と手をふってルークは歩き出した。アーヤは、ルークに渡す仕事の報酬を考えておかないと、と思い急いで家へ転移した。
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