第21話

 アーヤは明け方、グレンとカーレンに話したいことがあると手紙を出した。迷った末にルークにも。

 グレンからはすぐに『夕方そっちへ行く』と返事が来た。

 カーレンからもすぐに返事が来た。ただ、いつもと少し様子が違った。『昼前には行く。お茶の準備はいらないから』と書いてある。彼らはお茶会にこだわりがあるのに。


 カーレンとユーメルが来るまでこれから使うことになりそうな転移魔法陣を大量生産しておくことにした。座標のところだけ後から書き込めるようにしておけばどこに転移するのも楽になる。山奥の家に戻り、星のかけらをストックしておいている倉庫へ向かった。



 相変わらず家は蔦だらけで、白い壁の倉庫も苔と蔦で緑になっている。


 扉を開けて、照明をつけたアーヤは凍りついた。青い星のかけらで四面が埋まっていて、空のような海のような空間が見える。それがこの倉庫。


 それなのに、見えるのは白い壁だけ。木で作った棚も、放置し続けて溜まった埃も綺麗さっぱり消えている。


 星のかけらは、アーヤしか生み出せないが、威力が落ちても良いのであれば誰でも使うことはできる。その汎用性の高さと想像を実現可能にしてしまう恐ろしさにより、星のかけらをアーヤ以外も使えるという事実は、ローザの面々や過去の任務で知られてしまった一部の人しか知らない。ましてや、小屋の場所を知っているのはメイとグレンと王だけ。小屋を建ててそこに溜めておけばいいと提案したのは王である。


 アーヤは一度小屋を出た。おおよその予想はついている。テルノルトかメイがクーデター計画に利用するためにとったのだろう。今回の学園の任務を始めてからはここに来ていなかったからいつからなかったのかを知ることはできない。帝国へ行かせ王国から目を逸らさせるという目的はこのためでもあったのかもしれない。


 小屋の外をよく観察すれば、小屋についていた苔が不自然に剥がれている箇所があったり、蔦が数本切れているところがある。苔が剥がれた壁は完全に乾いていたから、昨日今日の話ではなさそうだ。


 長年溜めてきた星のかけらが盗まれたことは、残念だった。でもそれ以上に、自分の力が結局誰かを苦しめるために使われることになるのがどうしようもなく悲しかった。


 湿っぽい山の空気がアーヤの肺の中を優しく叩いた。

 空っぽの小屋は今のアーヤによく似ていた。大切に大切にしていたものがごっそりと消え、そのかわり居座っていた埃も消えた。新しく何かを詰め込んで満たされたいと思ってるのもそっくりだった。


 自分の部屋に置いてあった星のかけらは無事だった。手のひらサイズの瓶が五個。だいたい五日分の星のかけら。

 それをインクにして魔法陣を描いた。数えるのを忘れていくつ描いたか確認しようと手を止めた時、ベルが鳴った。


「おじゃまするよ」


「来てくれてありがとう」

 そう言ったところで、アーヤはユーメルがいないことに気がついた。彼らが一人ずつでいるところを見たことがない。


「ユーメルは?」


 カーレンは決まり悪そうに視線を逸らして、もごもごと口をこねた。


「……しばらくしたら帰ってくるとメモを置いていった」


 カーレンは「一応探すけど、もう大人だからね」と寂しそうに笑った


「何かできることがあったら言ってね」


 カーレンは薄っすら口を開けてパチパチまばたいた。ものすごく失礼な反応をされている気がする、とアーヤは思った。それに気がついたのか、手を中途半端に顔へ近づけ「ごめんごめん」と言った。


「自分から申し出てくれるとは思わなかったんだ」

「……いつも協力してくれてるんだから、わたしだってそれくらいはするよ」


 椅子を勧めてアーヤも席につく。ユーメルを探しているカーレンに国一つがひっくり返るような話をするのは気が引けて、本題をごまかして「何かてがかりはあるの?」とカーレンに尋ねた。


「フルノーレ・エジアンという人を覚えてる? 村で出てきた」


 そう切り出された話にアーヤは耳を疑った。カーレンに話す大騒動の中心もフルノーレ・エジアンを名乗ったテルノルトである。


「確証はないけど、彼を探れば近づけるはずなんだ」

「――実は、私が話したいのもフルノーレ・エジアンの話なの」


 カーレンは下手をすれば三つの国が混乱に陥るだろう話に、唾をのんだ。


「カーレンを巻き込むのはおかしな話だと思う。本当にごめん。いつもの謎とは規模が違うこともわかってる。だからもし――」


「計画の阻止、手伝うよ。ユーメルがその中にいるかもしれないからね」


 アーヤがうじうじと並べたてる御託をカーレンはばっさりと遮った。


「ここまで詳細に話を聞かせられて、他を当たれなんて言えないだろう」

「……ごめん」

「ユーメル探すの手伝ってくれるんだからお互い様だよ」


 柔らかく笑うカーレンをまっすぐ見た。いつもの捜査協力の時はカーレンを見ているようでカーレンの能力しか見ていなかったのかもしれないとアーヤは思った。


「ありがとう」

「また何か面白い謎があったら教えてよ」


 しんみりし始めた空気を蹴飛ばすようにカーレンがウインクした。空いている方の片目も半目になっていたし、口も引き攣っていた。アーヤはユーメルがいつもカーレンと一緒に居たくなる理由がわかる気がした。とても居心地がいい。だからこそ、ユーメルはカーレンから離れたくて家出をしたわけではないだろうなと思った。


「あ、そうだ。カーレンに教えようと思っていた謎がこの前あったよ」


 カーレンたちに話そうと文字列や行数を全て覚えたあの本についてアーヤは話した。


「――しかも、本当に二日後に岐路に立った」


 ローザではない生き方を選択した。


「最後は帝国の妖精物語になったんだっけ?」


 帝国の妖精物語は、現状に対する警告と、窮地を乗り切るという二つのメッセージがあり、教訓じみたところもあるそれは、帝国の子どもは皆一度は読み聞かせられるほどの国民的代表文学作品だ。


――神様に愛されて力を手に入れた代わりに記憶が消えた少女がいた。その少女の不思議な力は、現状に甘んじて悪ふざけをしたことで滅びかけた妖精の世界を救うことになる。美しいが薄情で意地悪だった妖精たちは、命をかけて助けてくれた少女のあたたかさによって『心』を持つようになり、少女と心を通わせる。しかし、全てを救った時には少女は力尽き、死んでしまった。悲しんだたくさんの妖精が神様に願い、神様のもとで眠っていた少女は妖精として生き返った。


「その本は『ワンダーブック』かもしれないね」


 聞き覚えのない単語にアーヤは頭上に疑問符を浮かべた。


「言い伝えで、妖精の力が宿った本の話があるんだ。その話も、もう数百年以上前のフクテイ文学期のもので、しかもその記録にしか出てこないんだけどね」


 アーヤが体験したことはその話と類似しているんだとカーレンは言った。


「まあ創造物の中の話で、妖精だなんて現実的じゃないから何かしらの魔術とかでできてるんだろうけど」


 カーレンを見送って、アーヤは再び魔法陣を描いた。



 夕方、グレンが「また何かあったのか?」と訪ねてきた。カーレンに説明したように話して、グレンが何か言葉を発するのを待った。


 グレンがアーヤに協力を求めたのは、ローザが誰かに壊されるかもしれないからだった。ローザを壊したくないと思っていたからだ。それが、職を失わないためか、アーヤのように唯一の居場所だったからか、それはグレンにしかわからないことだが、ローザを失わないために行動を起こしたことに変わりはなかった。


 今アーヤがしようとしていることは、ローザを壊すことだ。ローザを壊して、わかりもしない今までの罪を精算して、理解したくもない感情を隠して、それこそ正しいと信じ込ませて。


「アーヤは、もう決めたんだね」


 グレンはまっすぐにアーヤを見つめた。

 その瞳にうつるのがどんな感情なのかわからなかった。


「うん。決めた」

「僕は、ローザが壊されるかもしれないから一緒に調査してほしいと言ったよね?」


 アーヤは静かに頷いた。


「でも、君が思うような立派な理由でそう言ったわけじゃなかったんだよ」


 グレンの声は周りの時間の流れを緩やかにさせていた。


「僕は、風の使い手が、ローザが嫌いだった。壊そうとしている人がいるならそれを利用して壊してしまえばいいと思った。……これはチャンスだと、そう思ったんだ」


 結局グレンは「参加するから、何かあったら教えて」と言って出て行った。




 グレンが帰るころには、昨日から続いていたローザへの執着心は薄れてきていた。それは、カーレンとグレンに自分の口で説明したことで、その事実が上辺の理解ではなく染み込んできて、ようやく体に合わさったからかもしれないし、ローザでないアーヤを受け入れてそばで笑ってくれる人の存在を知ることができたからかもしれない。


 グレンがどんな思いでローザを潰したいと思っていたのだろう。アーヤはまとわりついたグレンの声を反芻していた。



 翌日アーヤのもとにローザから任務の知らせが届いた。明後日行われるサンライン王国、ラザール帝国、イエンディ王国による三カ国会議での魔力精鋭騎士団としての護衛任務だ。






 テルノルトの大陸全土を掻き乱すクーデター計画が、始まる。

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