第三章

第17話

 イエンディ国の王は長年頭を悩ませていた。三十年前にサンライン王国に和平同盟を結ぶため嫁いでいった娘が厄介ごとを引き起こしているからである。


 娘に付けた侍女は諜報員の役割もこなしているが、彼女からの手紙は二十九年前のある日王に衝撃の知らせをもたらした。



『お嬢様のお生みになったお子様はサンライン王家の血縁ではないようでございます』



 娘が嫁ぐ前イエンディの伯爵家の次男と恋仲にあったらしいことは知っていた。侍女曰く、その男が父親だろうとのことだ。幸い子どもは母親そっくりで、サンライン国王と似ていないことも周囲に誤魔化すことができたし、元恋人とサンライン国王は髪の色が似ていたため、唯一父親に似た髪色も国王のものだと周りは思っているらしい。


 下手をすれば、いやどう転んでもサンライン王国との和平は決裂するだろう。そう考えていた王だったが、サンライン国王は本来禁止されている愛人を迎え、妃は形だけとすることで怒りを鎮めた。どうやらサンライン国王も意中の相手が元々いたらしい。そして、次期国王は愛人の息子を妃の子と偽り、正式な後継者であるとして、逆に妃の息子を愛人の子と偽り影武者として、それぞれ育てることに決めたという。侍女の手紙では、混乱を避けるため、妃の息子を愛人の子、愛人の子を妃の子として育てていたようだ。


 こうしてどうにかこうにかイエンディ王国とサンライン王国の和平同盟がつながってきたのだった。しかし、同盟の更新時期に近づいた五年前、前国王が退位し新しい王が即位した。

 愛人の息子である。


 周囲の反対もなくすんなりと受け渡された王の座に座った新しいサンライン国王。イエンディ国からしてみれば自国の王女の不祥事という大きな引け目があり、更にそれを許した王ではない新しい王との対談となるのは非常に頭の痛いことだった。

 新しい王が真実をどれほど知っているのかわからないが、もしも知っていたとしたら、自分の母が正式な妃ではないことを恨んでいるかもしれない。


 同盟の更新は今年だ。日に日に近づくサンライン王国との対談にイエンディ国王は胃炎を拗らせていた。



 春も終わりに近づいたこの日、イエンディ国王が胃薬をのもうと執事に水を受け取ったちょうどその時に、サンライン王国から使者が来たと報告が来た。


「国王様よりイエンディ国王様へ、『三カ国会議を開き和平同盟の強化をはかるつもりだ』との御伝言でございます。こちらの書簡にて詳細を」


 サンライン王国からの使者が持ってきた手紙には、帝国の貴族バランスが崩れた今、三カ国で同盟を結び、関係を強化しておきたいとの内容が書かれていた。帝国の協会派が一気に崩れたというのは報告を受けていたが、まさかここで三カ国同盟に踏み切るとは。


 イエンディ国からしてもこの話は悪くはない。三カ国で同盟となればサンライン王国がイエンディに不平等な内容を承諾させる心配もなく、少々雲行きの怪しい隣国もイエンディと表立って揉めることはなくなるだろう。


「サンライン国王の聡慧な判断に感服致したと伝えてくれ」


 イエンディ国王は使者に了承の旨を記した書簡を持たせ、サンライン王国に送り返した。

 

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