第16話

 言葉少なにそれぞれアーヤに貸してもらった客室に入る。アーヤも自分の部屋に入った。


 仮眠をとった者、食事をした者、取り引きの取り押さえのために動いた者、怪我の手当を済ませた者。鐘二つ分の時間を各自で過ごした後、再びアーヤたちはお茶会の部屋に集まって魔法陣に乗った。


「マーキン領に一番近い第四派閥で僕の味方のハーネス・オツフォアに話をつけて、騎士団の派遣を要請した。夜前には到着できるとのことだった」


 ルークは第三派閥の貴族の権威を削ぐのが一番の目的だ。一方でアーヤたちの取り押さえの目的は奇跡に使われている古代魔術に近いものを排除することで、その後の処罰は重要視していない。


「じゃあ、もう一度行こう」


 鐘二つ分の間でみんな気持ちは落ち着いている。本日三度目の転移をし、アーヤたちは村があった場所に入って行った。

 カーレンを先頭にして屋敷の裏の方へ周ると六人の男が集まって話していた。建物の陰に身を潜め、グレンに風を流してもらい会話を聞き取る。


「荒れているが、大丈夫なのか?」

「商品には問題ない」

「商品はどこに?」

「製作所にそのまま置いてある。この下だ」

「第一派の奴らは慌てるだろうな。帝国全土に張り巡らせられてると知ったら」

「紫気岩も盗られたばかりだしな」


 商品というのは奇跡のことだろう。一人の男が中心になっている。アーヤはその男の声に聞き覚えがあった。議会で密会をしていた人の内の渋い声の男だ。「あれが見つかったと?」と言っていたが、見つかったものというのが奇跡のことなのだろうか。あの時の彼らは「イエンディ側も」と言っていた。イエンディ側でこれに関連することといえば、グレンが対処しようとした麻薬のことか。


 帝国全土に張り巡らされているのが地下道だとしたらカーレンの推理はかねがね正しいのだろう。それに彼らはどうやら紫気岩についても関わっているようだ。ルークの言っていた茶色い紫気岩の大量購入も何か裏がありそうだった。


「そういや、紫気岩って結局なんのためだったんだ?」

「おいおい、フルノーレ様の崇高なお考えを我々如きが理解しようとするなど無理な話だ」

「そうだな。フルノーレ様が我々を援助してくださっているということだけが我らの知るべきことだろう」


 フルノーレ・エジアン。ここでも名前が上がるとは。今日わかっただけでフルノーレという人は、魔術で塗り固められた村を創る援助をし、禁忌とされた研究を保護し、古代魔術並みの麻薬の密売に手を貸し、紫気岩をどうにかしようとしている。それに、彼の名を口にする者は皆彼を崇めるように語るではないか。


 六人の男たちは立ち話に区切りがついたのか会話をやめて動き出した。渋い声の男が屋敷の壁の石を横にずらして地下への階段を開けた。男たちが階段を降りて行ったのを見届けて、アーヤとカーレンが後をつけた。もうすぐで夜になる。オツフォア騎士団もそろそろ到着する頃だろう。ルークとグレンとユーメルは外にとどまり、騎士団の到着を待つことになった。


「エセナリンは消えてるんだよね?」

「水晶が壊れたからたぶんね」


 魔術の解けた奇跡はもう麻薬ではない。しかし、アーリアと製造者の魔力、ベーガンの粉という組み合わせは即席の魔力爆弾になる。魔力を流したら爆発する爆弾だ。


 魔力伝導率の高いアーリアと建築材料になるベーガン。製作者の魔力がアーリアと合わさり爆発的に膨れ、それを取り込まないベーガンが弾け飛ぶ。そのときに空気との摩擦で発火する。エセナリンに化けさせていた元がなにかわからないが、それも燃える性質ならば爆発はより激しくなるだろう。


 そんな爆弾を帝国全土に広げた地下道でやりとりしているとわかったら、最悪の場合クーデターを疑われるだろう。国家反逆罪で死罪になる可能性もあるのだ。


 そうとは知らない六人の男たちは、高く積み上がった木箱の前で「これが我らの運命を変える!」と誇らしげに話している。たしかに彼らの運命を変えるだろうが、想像しているような明るいものではないことはたしかである。



「ドードルフ・マーキン、ヘヨソル・ツィン、並びにドリュヌ家、スニン家、コトンセ家、シノートミ家。あなたたちには帝国法第五条四目を違反した疑いがある」



 どうやらオツフォア騎士団が到着したようだ。名目はひとまず麻薬の密売だろうが、調べるうちに国家反逆罪になるだろう。


 ルークはオツフォア騎士団にしばらく同行することにしたようだ。報告などのため後日アーヤに会いに来るとアーヤに約束して騎士団の方へ行った。


 アーヤたち四人は騎士団と関わる前にさっさと転移して家に戻ってきた。ひとまずアーヤたちの役目はおしまいだ。


「フルノーレ・エジアンって何者なんだろう」


 とくに返事を期待したわけではなかったが、その人物こそローザを潰そうとしている人かもしれない。そう思うと言わずにはいられなかった。


「僕たちも暇があったら調べてみるよ」


 カーレンも気になるところがあったらしい。カーレンの情報網が味方なら答えが見つかるのも早いかもしれない。心強いなとアーヤは思った。


「今日はひとまず解散にしよう」


 グレンの一声でカーレンとユーメルも帰る支度を始め、グレンはアーヤが渡していた魔法陣でデグレエへ帰った。




 二日後、ルークから手紙が来て帝都のアーヤの家で話をすることになった。ルークはアーヤたちと分かれた後のことを話した。


 騎士団の取り調べで罪状が帝王への謀叛の疑いに変わり、国家主体の騎士団に引き渡されたのだという。また、彼らは麻薬の取り引きに加えて紫気岩の窃盗罪もあったのだと。


 紫気岩は圧力をかけると液体化する性質を持っているが、微振動を与えると固体に戻る。この性質を利用して、地下道を建設した要領で紫気岩の採掘場の側まで地下空間を作り、地下の紫気岩の層に下から圧力を加えて液状化させ、吸い取っていたのだという。その空洞に茶色い格安紫気岩から作った紫油を流し入れて振動させて固め直した。ルークが見つけた茶色い紫気岩の大量購入履歴はこのためだったのだ。


 各地での地震や地盤沈下は地下道のせいもあったが、彼らが意図的に起こした振動が伝わったものもあったのだという。リダレット領の大規模地震は、厳重管理されている紫気岩を色油にするための薬品を盗んだことがわからないようにするために、地下から振動を与えることを応用して起こしたものだったこともわかった。たしかに全壊した工場の薬品は数を数えることも不可能な状態であった。ただ、その目的はいくら問い詰めてもわからなかったらしい。また、盗んだ紫気岩の行方もわからないままで、奇跡だった魔力爆弾も姿を消していたのだという。


 結局、近々一斉粛清が行われることになりそうだとルークは話した。


「第三派閥はほとんど権力を失うことになるだろうし、色油価格がこれ以上上がることもないだろうから僕としては良い結果だった」

「そう。よかったね」


 王族の関与について触れられないということはその辺りはうまく隠蔽されたのだろうか。


「……あのさ、村で君の妹の魔女と会っただろう?」


 ルークは話しにくそうに切り出した。そんなふうに気を使わなくてもいいのに、と思いながら「それが何か?」と聞くと、ルークは困ったような顔で頭をかいた。


「たぶん、彼女死んでないと思うんだ。あの後、騎士団の人と村をまわったときに村の人とか瓦礫の山とかはほとんど跡形もなく消えていた。だけど彼女は残っていたんだ」


 消えていたという方が気になる話だ。どうやったらそんなことが可能なのか。やはりフルノーレという人が後始末をしたのだろうか。


「騎士団と別れた後にもう一度見たらもう彼女はいなかった」


 それは、回収されたとか一足遅れて消えたとかそういうことではないのかとアーヤは思った。


「それで、彼女が倒れていたところの地面に……『また会おうねおねえちゃん』って書いてあって……」


 アーヤは目を見開いた。彼女は「おねーさま」と憎しみを込めて呼んでいた。だが、ルークが言ったその文はまるで姉を慕う妹のようだ。


「それは……」


 何をいえばいいかわからずアーヤはロケットペンダントを握りしめて俯いた。文からはどんな気持ちでそれを書いたかなんてわかりはしない。しかし、期待せずにはいられない。


「……僕が言うことじゃないとは思うけど、君はもう少し自分の気持ちを大事にしてもいいんじゃない?」


 ルークは「これで僕たちは解散だけど、守秘義務は守るから安心して。それからゼンナンは四日後に会いに来るって」と言って帰って行った。アーヤは「お疲れ様」とルークを見送ってからも、しばらくの間ぼーっとしていた。

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