第12話
皇帝がラッツ家、ジュレイム家、リダレット家の当主を集めたことは、その日のうちに各貴族に広まっていた。第一派閥の独占するエネルギー産業に乗り込むには安定が崩れてきた今だと考える家が多い中の出来事だ。皇帝が第一派閥を後押しする決定を出さなかったことが決め手となり、もとよりその計画を練っていた第三派閥の貴族らは動き始めた。
それは、紫気岩の代わりになる新しいエネルギー資源、青緑岩の導入計画であった。
青緑岩は紫気岩と似た成分を持つが、その性質は違う。油にして使うのではなく青緑岩の青の部分と緑の部分を分ける時に生まれるエネルギーを利用するのだ。青い方には色油に混ぜると岩塩にさせてしまう効果もある。第三派閥は各地にある教会から援助を受け、十数年前から秘密裏に研究をしてきていた。
第三派閥の取りまとめ役だったマーキン家は青緑岩の確保に手を回そうとしてあることに気がついた。五年前に第四派閥の貴族に取り込まれた領地に青緑岩の多い地域が含まれていたのだ。マーキン家の当主であるドードルフ・マーキンは各方面に相談し解決策を練り、第四派閥に共同出資者を募ることにした。第四派閥の貴族らが第一派閥の市場独占をよく思っていないことを加味した結果だった。
マーキン家からその提案を受け取ったのはオツフォア家。オツフォア家当主のハーネス・オツフォアは第四派閥の貴族五人をすぐに集めて話し合った。ユシュール家の代理当主フォール・ユシュールの「これを逃せば第四派閥の台頭はないかもしれぬ。これを踏み台にのし上がる覚悟が我々には必要なのではないだろうか」という少々大袈裟な一言が決めてとなり、提案を受け取った翌日には、是非よろしくお願いしますとの旨をマーキン家に送ったのだった。
だが、そう簡単に協力関係を作ることなどできるわけがなかった。
なにせ因縁の派閥同士。
第三派閥のツィン家当主ヘヨソル・ツィンはマーキン家に『第四派閥に取り込まれた貴族を忘れたか。対等であることは無意味であり、我々の主義主張を曲げ、挙げ句の果てに乗っ取られても文句が言えぬ』との文書を送った。それにより第三派閥内では第四派閥を踏み台にしてエネルギー市場に入ろうとする方向に風向きが変わった。
その日のうちにヘヨソルは、第二派閥のノーセル家に『第四派閥がエネルギー市場を混乱させ、第一派閥の勢力を削ごうとしている』といった内容を使者を遣わせて伝えた。ヘヨソルは策略家であり、貴族社会の噂の制御を担う一人でもあった。
ノーセル家当主のエルソネア・ノーセルはツィン家からの使者を帰した後、オツフォア家に第三派閥が第四派閥を切ろうとしていることを書いて手紙を出した。
第二派閥としては第三派閥も第四派閥も好ましくないことに変わりはないが、第四派閥の方が実害が少なく自分たちで押さえ込むことができると判断したためである。第三派閥が勢力拡大をすれば信仰に頼る政治体制になってしまい発展と平穏を見込めないからだ。また、こうして手紙一つで第三派閥と第四派閥は互いを落とし合うわけである。共倒れしてしまえば願ったり叶ったりだった。
ノーセル家のそんな思惑は知らず、手紙を受け取ってハーネスは第三派閥が既に自分たちを搾取対象としていたことに憤慨し、ノーセル家に感謝した。再び五人の貴族を集め、今後について検討した。
今回は第三派閥に特に敵対心の強いノミラ家当主のストエル・ノミラの「このままの態度であれば、第三派閥のやつらは我々を低姿勢とみなすでしょう。今後のためにも今回はしっかりと落とし前をつけなくてはなりません。そう思うでしょう?」というやや強い圧をかけた発言で、第三派閥に一矢報いるという結論に至った。第三派閥が青緑岩をエネルギー市場に投入したと同時に第三派閥の信用度を下げる、というこれが貴族社会での攻撃の見本だと言える反撃の仕方を採用。信用度を下げるために必要な第三派閥の弱点を、前回第三派閥からの提案を承諾に持っていったユシュール家が調べることで話し合いは幕を閉じた。
さて、ユシュール家では代理当主のフォールが次期正式当主のルークにことのあらましをざっと説明した。フォールはルークの父の従兄弟であり、ルークが学園を卒業するまでの代理当主。彼はルークとよく似た腹黒い性格で、ルークから常に正式当主の座を狙っているのが透けて見えていた。
今回の調査を当主になるための社会勉強だと言いルークに一任したフォールは、失敗すればそれ相応の責任をとるということも学ばねばならないと軽く脅しをかけた。それが単純にルークの成長を願ってのものだとは思えない。ルークの中では、フォールが当主を狙っているという仮説の信憑性がグッと高まった瞬間であった。ただ彼は、正式な当主しか知らないユシュール家の秘密を知らない。
この家の本当の姿を。
何がなんでも成功させ、あわよくば当主の座を譲らせようと調査を始めたルークは、まず第三派閥筆頭貴族のマーキン家やツィン家を中心に第三派閥の貴族六家に不正や横領がないか財政を徹底的に調べ上げた。しかし、まったく行われていないのか、それとも巧妙に隠されているのか、それらが見当たる気配はない。
そんな時、一つの不審な記録を見つけた。ドードルフ・マーキンの個人資産から茶色い紫気岩が山一つ分あるのではないかというほど大量購入されていたのだ。それも一度や二度ではない。最も古い記録は五年前。取り引き場所はほとんど毎回カラトン山。現在紫気岩の掘り出しが禁止されているはずの場所であった。
大量に買っているのにその輸送についてはどう探しても記録がなく、使い道も不明のまま。一番最近その取り引きがあった時の彼の前後の行動を探ると、工業都市デグレエの土砂崩れの現場や商業都市メリルのスラム街など、違和感のある行動しかしていない。彼はこの期間は影武者を代わりに置いてきたらしく、事情を知っていそうなのはマーキン家の中でも一部だけだった。
彼の行動を辿ってみることにしたルークが、デグレエの土砂崩れの現場に行けば、しゃがんで地面に指を当てている水色の髪の男と茶髪の男の子がいて、地図を見ながら話し込んでいた。ばれない程度に近づき聞き耳を立てれば、聞こえてきたのは地下道があるとかいう突拍子もない話だった。
******
「――と、まあ君に話しかけるまではこんな感じ」
ルークの話が終わる頃には、カラトン山の中腹あたりまできていた。話を聞いているとアーヤたちの追っていることと関係があるかと思っていた考えが揺らいできた。
「で、結局あなたは茶色い紫気岩の行方を探っているわけ?」
「そう。そこには第三派閥を落とせるだけの秘密があると思っているから」
「……ぼくたちが調査しているのは残念だけど関係ないんじゃないかな?」
アーヤがそう言うと、ルークは大真面目な顔をして「本当に? いったい何を根拠にしているの」と言った。根拠もなにも、ルークの話がアーヤの探っていることと繋がらなくなったことが一番の理由だ。
「君たちの話には第三派閥の貴族やその領地は関連してない? 大量の紫気岩を秘密裏に運べるルートに心当たりは? 何かの計画が五年以上前から始まっていない? 懐が潤うようなおいしい話が出てこない? 知られては困るような第三派閥の貴族の話があったりしない?」
ルークは次から次にスラスラと質問を捲し立てた。いっぺんに言われても処理しきれないし、止めなければまだまだ出てきそうな勢いである。
「ちょ、ちょっと一回止まって」
たしかにまだわからないところは多いけど、第三派閥の貴族の領地は関係してる。ルートに関しては、地下道がそれだと言うなら確かにある。それにカーレンは十年前からの計画だと言っていたか。
そこまで考えて、地下道は麻薬のための道ではなかったのかと疑問に思った。そして、麻薬が第三派閥の貴族主導ならば、それは知られては困る弱みであるが、ユーメルは王族も関わっていると予想していなかっただろうか。それを迂闊に世に提供していいものなのか。アーヤとしてはあの村で『影』が消えた理由がわかればよいし、ローザを守る意味でも裏で糸を引いている人がわかればいい。
「……あなたの言った通り、関係がないと断言するのは時期尚早だったみたい」
「わかってもらえたなら嬉しいよ」
柔和な笑顔をわざとらしくアーヤに見せる。アーヤはそれを冷めた目で流した。
ルークはアーヤの話も聞きたがったが、いくらなんでもグレンを放置しすぎているとアーヤは断った。その代わりに話す場をルークが良ければ明日にでも作ると提案。明日の夕方にルークが宿泊しているデグレエの宿屋の食事処で話すことに決め、グレンに声をかけた。
「ずいぶん長かったね?」
グレンはじろりとルークを見た。
「思いの外盛り上がってしまって」
ルークは笑顔を深めアーヤを振り返る。
「良い時間だったよね?」
「良くはないけど充実した時間ではあったかな。ごめんね、グレン。ずいぶん長く待たせちゃった」
「……いや、別にそれはいいんだけど」
ルークと睨み合うことに疲れたのか、グレンはルークを見ようとせずアーヤの横を歩いた。
しばらくして、トンネルの入り口にたどり着いた。昔カラトン山での紫気岩の採掘が禁止されていなかった頃に作られた採掘場へ行くために掘られたものだ。土砂崩れがあったというのはこのトンネルにいくつかある分かれ道の内、一番奥にある二股の分かれ道の北西側に進んだ出口のところだ。
「土砂崩れあったところに行くってことで大丈夫?」
トンネルの入り口で一度立ち止まってアーヤは二人に尋ねた。グレンは一度トンネルの中を覗き「うん、行こうか」とアーヤに向き直って言ってさっさとトンネルに入っていった。アーヤはそれを追うように早歩きでグレンに近づき、ルークは何も言わずにアーヤたちに着いていった。
歩いていると分かれ道にぶつかった。アーヤとグレンだけであったら『影』を先導させたり風で先を読んだりして進んでいくことになっただろうが、カラトン山を事前に調べていたルークによってここは右、ここは左、ここは真ん中、と迷いなく着々と目的地に近づいていく。
右、左、真ん中、真ん中、真ん中、右。
六つ目の分かれ道を右に進んですぐ、道が行き止まった。ここが土砂崩れの現場である。この奥は採掘場なはずだが、入り口はここしかないために外側から様子を見ることはできない。
「じゃ、後ろ向いてて」
ルークに後ろを向かせ、アーヤは万能杖を塞がれた出口の手前にさした。デグレエでやった二回と同じように星のかけらで様子を探る。
「……土砂で塞がれた真下から伸びてる」
アーヤは一度万能杖を引き抜くと土砂と地面の境目から斜めに突き刺し直して空洞に万能杖の先が届くようにした。
「お願い」
アーヤが場所をグレンに引き渡せば、グレンは慣れた手つきで風を流した。アーヤはグレンが感知した道を指し示せるように鞄から地図を取り出しておく。
「ここからまっすぐ伸びて、ここでこの山から出てる。あと、今回のは山の中で二つに分かれてて、片方の道はこの辺りで行き止まった」
グレンは地図に指を置いて道をなぞった。アーヤたちが入ってきたのとは反対側の東の方に道が続いているらしい。今回の地下道もだいたい山道の横あたりを通っていて、カラトン山から出た地下道はそのまま北東に伸びる道の横を通っているようだった。行き止まったという道は山の中で終わっており、掘り間違えたのか中途半端なところだった。
万能杖をしまい、ルークにもう後ろを向かなくて良いよと声をかけた。そしてさっきデグレエでわかった分とカラトン山でわかった分の道を赤ペンで地図に書き込む。
「土砂崩れの場所全てで同じことをしたら大体全体がわかるかな?」
デグレエでわかった分もカラトン山でわかった分も国境との距離がそれなりにあって本当に地下道の先があの村の辺りなのかわからないのはもちろんだが、それ以上にこれだけでは目的も傾向もわからない。アーヤとしては地下道全てをマッピングしたいところだった。
「とりあえず今日は帰ろう」
アーヤがこのまま別の場所に移動して作業を続けると言い出すのではないかと思ったグレンはアーヤが言い出す前に今度こそ帰宅を進めた。
「ん? もちろん帰るよ。ここだとわかりにくいけどもう夜になってると思うし」
洞窟に入る前に夕方になりかけていたから、そこそこの時間洞窟の中を歩いた今、洞窟を出るのは夜になるだろう。グレンの心配は杞憂に終わり、アーヤたちはもときた道を戻り始めた。
ルークはカラトン山から下山すると、「明日七の鐘の頃にみどり屋っていう宿屋で会おう」とアーヤに耳打ちするとさっさと帰っていった。アーヤとグレンはルークが完全に見えなくなってから魔法陣を取り出してケランのアーヤ宅に転移した。
グレンにお茶を出し向かい合って座ったが、特に面白い会話をするでもなく、のんびりとお茶を飲んだ。カーレンたちと会ったのが今日だとは思えないほど色々あったなとアーヤは思った。そして、どうしても聞いておきたいと思っていたことを聞くことにした。
「帰る前に一ついい?」
「どうした?」
「これ。身に覚えがないってどういうことなの?」
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