第10話

 学園から帰ってきたアーヤは朝の仕事の続きをしてしまうことにした。

 王宮に保管されているのはあくまでも提出用のデータだ。それとは別にそれぞれの邸にある帳簿のうちの、秘密裏に管理されている帳簿、裏帳簿。実態を知るにはこの二つのどちらも必要だ。


 コツ コツ


 鳥だ。

 今までの任務の時より鳥の来る頻度が多い気がすると思いながら、アーヤは窓を開けた。夜の闇が深いせいか、部屋の明かりに照らされた鳥のお腹の部分だけがやけに白く見える。いつものように足に結ばれた手紙をはずせば、鳥は飛んでいった。


『風の使い手行方不明』


 手紙にはそれだけが書かれていた。

 水の使い手が危篤だと知らされたあの時よりもアーヤに与えられた衝撃は大きかった。一昨日まで会っていた相手なのだ。転移魔法陣を使えばどこにいてもすぐに帰れるから、もうデグレエにいるものとばかり思っていた。


「そういえば監視されているって言ってたっけ」


 グレンは監視している人がいると言っていた。

 味方が増えたと思っていた矢先にこの知らせ。胸元のペンダントを握り、無事でありますようにとアーヤは願った。アーヤにできることそれだけだ。ただでさえ任務外の活動をしている身。それ以上動けば、任務に支障が出てしまう。


 この日は無心で仕事をこなし、ハラン邸の裏帳簿のインストールの他に、カーレンたちに頼まれた『村に繋がる道が接する他の街のリスト』も作成した。これで小道具の準備は整った。




 お茶会の日、グレンが来ると期待してお皿やカップは四人分ならべた。四の鐘がなり、それと同時にカーレンとユーメルが荷物を抱えてやってきた。


「本日のおすすめはバームクーヘンとカップケーキです」


 グレンはアーヤたちが席についてもやってこなかった。四人目の席が用意されているのにもかかわらず、そこに人がいないことがカーレンたちには異質に見えたらしい。開始早々にカーレンにその席はどうしたのかと問われが、アーヤは「協力してくれる探偵がいたんだけど」と言うしかなかった。カーレンがもう一度4人目の席に目をやったとき、勢いよく部屋のドアが開いた。


「遅れてごめん」


 グレンだ。お茶会に相応しくない礼儀の欠けた入場に、アーヤは不覚にも喜ばされた。


「どういうこと? 行方不明って聞いて心配したんだよ?」

「行方不明? 誰から聞いたの? ひとまず遅れたのは本当にごめん」

「行方不明って知らせが届いたんだよ」


 カーレンたちがいるためローザと明言することはしなかったが、グレンにはしっかり伝わったようだ。不思議そうな顔をしながら、その裏で頭を高速回転させていらだろうことがアーヤにはよくわかった。


「まあ、とにかく、これまで僕はしっかりお勤めしてきたよ」


 追求しようとしたが、カーレンたちを待たせているのに気がつき言葉を止める。グレンの行方不明が嘘だったのならあの手紙はいったいなんだというのだ。あとできっちり問い詰めようと心に誓い、立ちっぱなしのグレンを席に案内した。


 双方に紹介を終え、ようやく本題に入る。


「カーレン、ユーメル、頼まれていたものは用意したよ」

「こちらも準備は整えてきた」

 カーレンが椅子の後ろに置いていた袋を視線で示す。

「じゃあ、とりあえず私の持ってきたものから説明するね。……あ、グレン、今日のおすすめはバームクーヘンとカップケーキだからね」


 パフェに手を伸ばそうとしたグレンにアーヤは慌てておすすめを教えた。グレンの隣の席のユーメルが小声で「おすすめ以外はまぼろしなのでお気をつけを」と教えてあげている。不思議のお茶会は幻のお菓子だらけなのだ。


「まず、国境のあたりを領地にしているのはハラン辺境伯。農業関係者の中では新しい肥料の開発に成功した家で有名みたい」


 用意していたレポートを片手に要点だけを話していく。


「そのおかげか、王宮に提出している帳簿からはここ十年で保有財産が倍になっていることがわかった」

「これはその肥料のおかげなの?」

 グレンが口を挟む。

「全てが全て肥料の分というわけではなくて、それを完成させるにあたって各方面にツテが増えて別分野でも成績が伸びたからだと考えられるかな」

「それもそうだね」


「続けるね。それで、裏帳簿の方を見てみたの。そうしたら、王宮に提出しているものの半分のものしか記録がなかった」


「へぇ?」

 カーレンが顎に手をやってなにかを見極めるように目を細めた。


「大まかに言うとこれに関してはこのくらいかな。町のリストの方はこれ。説明するより見た方が早いから渡しておくね」


 町のリストはただのリストなので読み上げても時間の無駄だろう。一枚の紙をレポートの間から抜き取ってカーレンに手渡した。


「で、奇跡の成分分析なんだけど、これはグレンから説明してもらった方がいいかも」

 グレンは話を振られて小さく頷くと、分析を行なった日にアーヤにしたような説明をカーレンたちにした。

そのあと、グレンの見つけた麻薬の密売をしていた取引所が一昨日の土砂崩れに巻き込まれて跡形も無くなったことを話した。


「面白い話が聞けて良かった。僕の仮説がますます有力になったよ。次は僕たちから」


 カーレンがそういうと、ユーメルは持ってきていた袋の口を開けて中から大きな紙が筒状に丸めてあるもの三つを取り出した。


「まずこれを見て」


 カーレンが広げたのは帝国の地図。そこに赤い点がたくさん打たれていた。


「これはここ最近起こった地面陥没の場所を記したものなんだ」


 見てみれば、五日前の住宅街陥没の場所もしっかり点が打たれている。グレンは「そういえばデグレエでもあったな」と言っている。こんなに陥没が起きていたとは思わず驚きだ。


「それで、次にこれ」


 今度カーレンが広げたのは同じ帝国の地図にいくつもの青い線が引かれているものだ。


「これは、ここ一年で道の整備が着手されたところ」


 カーレンは二つの地図が丸まらないようにユーメルに押さえさせると、アーヤとグレンを見て「この二つにどんな関連があるかわかる?」と尋ねた。


「道の整備をしているところに陥没が起きてるとか?」


 こういうクイズは真面目に考えるよりカーレンに語らせる方がカーレンが満足して話を進めてくれると何年かの付き合いでアーヤはわかっていた。


「半分正解」


 鼻歌でも歌い出しそうな満面の笑みで「でも、半分不正解」とカーレンは人差し指を立てて左右に揺らした。


「この地図じゃあわかりにくいけど時系列で見ると一年以内に道路整備したところに陥没が多発していて、さらに陥没したところは必ず一週間以内に道路整備が始まるんだ」

「それって普通じゃない? 陥没をそのままにしておく方が問題だと思うけど」


 グレンが地図を見つめながら静かに言った。カーレンはますます笑みを深めて「ところがそれがそうでもないんだ」と言いながら三枚目の紙を広げた。


「これはなんだと思う?」


 三枚目も同じ帝国の地図で、今度は黄色い丸が大小様々に描かれている。


「これはこの国の第一派閥の貴族が治めている領の治水整備が行われている範囲なんだ」


 アーヤたちの言葉を待つ気はないらしい。


「それもこれらと重ねると、こうなる」


 カーレンは今までの三つの地図とは別のより大きな地図を背後の袋から取り出して見せた。これまでの赤の点青の線黄色い円が一つの地図にまとめて描かれている。


「これだけ陥没するのも、全部一週間以内に道の整備が入るのも第一派閥の貴族が治水をした範囲にはそれらがないのも、全部当然のことだったんだ」


 アーヤはココアを手に取って聞きの体勢をつくった。これは長くなりそうだと察したのだ。


「僕が考えついたのはこれだ」


 カーレンはコーヒーを一口飲んだ。ユーメルはカーレンの話はもう聞いているからなのか一人アーヤのまとめたハラン家の財政レポートなんかをパラパラ見ていた。


「ハラン辺境伯の名を買った組織の犯行拠点があの村の正体。しかも計画が始まったのは十年以上前だとみた」

「詳しく教えてくれ」


 グレンはアーヤが出したコーヒーに一度も手をつけずカーレンの話を聞いていた。その組織というのがローザを壊そうとしている人物と関係があるのかもしれないと、アーヤもいつもの数倍真剣だった。


「もちろん詳しく話すよ」


 カーレンがそこから話し始めたのは理論的であったが俄かに信じがたいことだった。彼は鐘ひとつ分丸々話し続けていたのでその内容を要約するとこんな感じだ。


 まず、グレンが見つけたデグレエでの麻薬の密売と、バイオテロの実験場は大規模な土砂崩れに巻き込まれていて、その原因は自然災害と分類されていた。また、これに類似した大規模な陥没による土砂崩れがいくつかの地域であったが、それらを通る道は必ず国境へ繋がっていた。

 カーレンはこの陥没を自然災害ではなく不完全な地下空間が壊れたことで起きたと考えた。小さな陥没はもともと道があったところで不自然に多発しており、その道は国境につながると同時にアーリアの群生地を通っていることがほとんどだったという。 

 そして、第一派閥の貴族の領の治水整備が行われたている部分では一年以内に道路整備が行われていないが、他の陥没が起きた地域では行われている。そこで、この道路整備というのはその名目でなんらかの地下工事を行っていたのではないかと考えた。

 第一派閥の貴族の領土の治水政策が行われている地域は地下の管理も領主直々に行なっているため手が入れられない。そうすると地下工事を秘密裏で行うことはできないのだ。


 さらに、地下空間を作る工事を行なっていたと仮定さるとその目的が奇跡の材料に繋がる。道はアーリアの群生地のそばを通るし、デグレエの麻薬に使われていたエセナリンもそこから地下を通って取り寄せられる。さらにいえば、地下を掘った時に砕いたであろうベーガンも利用できる。

 地下の空間は国境に集まってきているからそこが拠点と考えることができるというわけらしい。地下空間を巧妙に使って帝国全土を麻薬の生産工場のようにした、と。


 道の整備が大規模に始まったのは九年前くらい。もしもこの計画のために整備自体が行われることになったとしたら随分時間をかけた計画だ。

 肥料を開発できたのも奇跡の配合ついでに生まれたものが偶然植物によいとわかったからなのではないかとカーレンはいった。


 ちなみにカーレンはさまざまなデータを袋から出してアーヤたちに見せながら、そう考えられる理由まで事細かに説明していたのだが、あまりに早口で喋るので真剣に聞いていてもそのほとんど右から左に通り抜けていった。


「――それら全ての行為をハラン家の名である程度隠して行動しやすくするため、なんらかの利害が一致したハラン家の名前をもらい、そのかわりに事業を広げてハラン家を拡大させたと考えれば王宮の帳簿と裏帳簿が合わない理由もわかる」


 カーレンはようやく話すのをやめてコーヒーを飲んだ。これではお茶会なのかカーレンの演説会なのかわからないとユーメルは苦笑した。


「じゃあ、今帝国には奇跡を作る材料を集めるための道が地下にあって、作るのが下手な部分から崩れているってこと? あの村はあくまで隠された麻薬製作所ってわけ?」


 細かい部分はこの際どうでもいい。アーヤはカーレンの話したことと理解したことがあっているか確認した。カーレンは静かに頷いた。大筋は間違いないようだ。


「でも、それなら不思議の理由がわからないじゃない」


 アーヤに言わせてみれば、『影』がアーヤと切り離されることも、領主様と呼ばれる子どもを崇める異様な光景も、カーレンの説明では解明されていない。


「それは私から説明するわ」


 カーレンの一人舞台に辟易していたユーメルが睡魔のやってきてとじかけていた目を擦って名乗り出た。


「あの村に異常なほど力のある人がいたり警備がきつかったりするのは、この国の上層部が関わって、いや、率先して守っているからだと思うわ」


 アーヤはカーレンのまわりくどい説明のあとにきいたユーメルのわかりやすい説明に感動して思わず「わかりやすい!」と言いたくなった。


「今の時点で関与が認められるのはこの国の第一皇女と第四皇子。それと、第三派閥の中流層の貴族は半分くらいなんらかの形かで関与している」


 アーヤとグレンは出てきた人物の身分や人の多さに驚きを隠せなかった。ユーメルはアーヤの作った国境村と繋がっている道と接している街のリストを使って「この村とこの街とこの街と……」とポケットから取り出した赤いペンで印をつけていった。


「印をつけた町村は第三派閥の息がかかってるところ。国境へ向かう人は大抵これらのどれかの街に泊まりながらむかうから、行ってほしくない人を始末するのも簡単」


 ユーメルはそう言いながら首を切る動作をした。可愛らしい顔をしているが真剣な時は表情がすっぽり抜けるのでその状態でそんな動作をされるとなんだか怖い。


「それから、第一皇女と第四皇子は王族にして第三派閥の支援者。主導しているわけではないけれど、この奇跡を生み出すのに一枚噛んでるのは間違いない。……彼らがどこまで把握しているのかはしらないけどね」


 第一皇女と第四皇子は母親が第三派閥のトップに君臨する家の者で、母親の強い希望で幼少期を母方の実家で過ごしているため、公的には言えないが第三派閥を支援している。


「そこまでして奇跡を作りたい理由はなんだと考えているんだ?」


 カーレンが話し終わってからはじめてグレンが口を開いた。難しい顔をして何かを考え込んでいる。


「奇跡が国家をも揺るがすことになる奇跡の元だからじゃない?」


 あれほど熱く語っていたカーレンは、ユーメルが静かな言葉で支配する空間に身を置いてすっかり冷却されたのか投げやりに答えた。


「だってあれは古代魔術を模したものだろう?」




 カーレンたちは言いたいことだけ言うとさっさと帰っていった。いまいち納得できないアーヤと、カーレンの話を聞いている時から考え込んでいるグレンは、二人が帰ってもしばらく何も喋らなかった。


「彼らの言っていたことをどう思ってる?」

「どうって言われても……」 

 グレンの言葉にアーヤは迷うように目を伏せた。そして少し躊躇いがちにグレンの方を見た。

「全てまるまる信じられないから……わたしは確かめに行きたい」


 アーヤは知らずのうちに決意を固めたような顔をしていた。ローザだけは守りたい。


「そうか」

 グレンは困ったようにもみえる笑顔で「僕はもちろん協力するよ。そういう約束だからね」と言った。そこには難しい顔で沈思黙考していた様子は一欠片も残っていない。

 その様子に毒気を抜かれ、アーヤも「じゃあ準備しなきゃ」といつものアーヤに戻っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る