第二章

第4話

 鳥がまたやってきた。また招集命令だろうかとアーヤが窓を開ける。この家は窓が壊れていないから鳥は勝手に入れない。


 鳥が持ってきた手紙を開くと、それはローザの一人、水の使い手ロイセン・ハリの危篤を知らせるものだった。ロイセンは三十になったばかりの男の人である。


 アーヤは混乱していた。ローザはなかなか死なない。理由は簡単。殺されるほど弱くないから。弱点はあるのだろうが、ローザは国を守ると同時に国に守られている。


 ロイセンが任されていた任務はなんだったか、とアーヤは考えた。アーヤの影に潜んでいる『影』がアーヤに教える。


「ミズ、コッキョウ、キシ」


 『影』は言葉を発する時はカタコトだ。念話であれば流暢なのだが、この『影』は話したいらしい。『影』にもそれぞれ少しずつ違った性格がある。


「そういえば国境の兵士が配属位置だった」


 帝国はここ数年で急激に発展している。それは少なからず民を置いてきぼりにしていた。改革によって失脚した者を中心に、失業してしまった者なんかが集まって反乱を起こすことは多々あった。そのため、国境には帝国に見捨てられた民たちが多く集まってくる。王国との国境は、難民として王国に入りたい者や旧帝国の支配体制を復活させたい者などで混沌と化していた。


 さらに、近年の環境汚染によって呪われた動植物が、管理されていない野生の土地に増えている。国境のあたりは管理が届ききっておらず、そういったものも多い。


 呪いは動植物を凶暴化させたり、土地を弱らせたりする。人間に直接的に害はないそうだが、しばらく前に、呪いに侵された呪いの子がいるという噂を聞いたこともあったから実際はどうなのかはわからない。


 ロイセンがその様子の調査と警備力強化のためにそこへ派遣されたことは簡単に想像できた。ロイセンは呪われたものの浄化も得意で、単純な武力もローザの中で一番だ。対人戦なら、誰に対しても容赦のない炎の使い手デリバンに軍牌が上がるが。

 任務中に呪われたものの間引きも任されていたのだろう。彼が五人の中で最もその任務に適している。


「彼が危篤なんて信じられないんだけど……」


 ロイセンの任務は唯一潜入調査をしていない土の使い手メイが肩代わりするのだろうか。それともアーヤ達の誰かが持ち場を片付け次第、向かうことになるのだろうか。


 ロイセンの危篤を知らせる以外には、鳥は何の情報も持っていなかった。その原因が何なのかすらもわからなかった。



 アーヤが国境へ『影』を送ることになったのは、その次の日のことだった。


 アーヤは学園からの帰宅後、『影』の報告を見ていた。


 『影』の記憶はアーヤの頭の中にあり、意識的に探ると見ることができる。アーヤがかけた縛りは[計画進行中大規模案]。帝国の未発表の知識・技術の入手という任務の手がかりになりそうなものを探していた。


 引っかかったものは議会での記憶だった。


 それはどうやら密談のようであった。暗すぎるのか『影』のいた場所のせいなのか、人物の特定が思うようにできない。『影』の視力聴力はアーヤ以上にはならないのである。


「……あれが見つかったと?」

「息子が言うんだ。間違いない」

「親バカは困るな」

「おいおい、俺の息子を忘れたか?」

「冗談に決まっているだろう」

「相変わらず意地が悪い」

「国境は?」

「あれがあるんだ。問題はないさ」

「イエンディ側もか?」

「ああ」


 そこで『影』の記憶は終わった。


 お腹に響くような渋い声と、どこかひょうきんな印象を受ける声。いったい誰なのか。そもそも何の話なのか。


 イエンディというのは帝国の西にある国である。


 国境ときいてアーヤは昨日受け取ったばかりのロイセンの危篤を思い出した。

「――何か関係があったりするの?」

「アーヤ、ナヤム?」

 あまりにもタイミングの良すぎる話に思わずアーヤは呟いた。「うーん、でもまあ結局やることは変わらないし」と『影』に言うと、星のかけらを生み出した。


 アーヤが手をかざすと、いつもローザからの知らせを届けてくれるあの鳥のようなかたちになった。


「国境へ」


 アーヤが窓を開けながら静かに命令すると、それに応えるようにくるりと一回転して見せ、窓から出て行った。


 夜の風が部屋に入ってくる。

 『影』が新鮮な空気を求めているかのようにモゾモゾと動いた。それはいつもより少し居心地の悪そうな動き方だった。

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