第3話

 ドアを開けると爽やかな風が吹き込んだ。それと同時にギィィという嫌な音もする。最近ケランのアーヤの家も劣化が進んだのかドアが開けづらく嫌な音がするのだ。アーヤが住むと家が壊れるのではないかとアーヤは密かに心配している。あの山奥の家もアーヤが引っ越してきた時は絵本に出てきそうな素敵な家だったのに、アーヤが住んでしばらくしたら百年ほど放置された廃屋になったのだ。

 

 ドアを閉める時も少し力を入れて押し込まなくてはいけない。鍵をかけると一仕事終えたような気になった。


 この日の一つ目の授業、古代思想は生徒たちの中で、最も眠い授業と言われている。

 今日はラルドリカルド・ケリナンドムという人物の精神身体理論の話だった。


「君たちが生きてきた証はどこに刻まれるかな? 心か? 魂か? ラルドリカルドはこう言った『命のすべてが刻まれた身体は我々人類が皆持った魂の器なのである』とね」


 アーヤは斜め後ろの男子生徒があくびを噛み殺すのを聞いた。


「さらに彼は、身体の延長にあるもの全てがその人自身だとも言った。『生きていると様々な力を使い、困難を経験し、幸せを経験していく。我々の身体は一つだが、我々とともに生きてきたものは我々の第二の精神媒体としての身体である』」


 古代思想や古代魔樹は小難しい言い回しを好む。今度はアーヤの右隣の女子生徒が眠気に勝とうと手の甲をつねっているのが見えた。


「ラルドリカルドが言った様々な力というのは精神力や生命力ともいわれる。魂とほとんど同義だな。それらにはその人の感情や過去が宿っていると考えられた。そのため、常に人生をともにする精神媒体である体そのものに加えて――」


 アーヤがこっそり教室の中の生徒の様子を伺えば、半分くらいの生徒が眠気を覚そうと必死になっていた。まだ授業が開始して間もないというのに。


 終始こんな感じで話が進んだ古代思想の授業は、終わるまでに脱落者を十一人出した。授業終わりの鐘の音で意識を戻した十一人の生徒たちは慌てて板書をノートに写していた。



 帰り際にすれ違ったラファイエに「ところで、代表生徒会に入る気になった?」と言われたこと以外にはこの日変わったことはなかった。

 帰り道で暗殺されかけるまでは。



 この仕事をしていればいつかは出会うとはわかっていたが、まさか新しい任務が始まってすぐとは。人気のない道で飛んできたナイフを避け、魔法陣を展開させると、飛んできた方向へ光の鎖を放った。


 あっさり捕まった暗殺者は学園のブレザーを腰に巻いていた。


「何が目的?」

「いうわけねーだろ? 馬鹿なのか?」


 黒目黒髪のこの男に、アーヤは見覚えがあった。初日に理事長室へ入っていくときにすれ違った男子生徒だ。ここで始末するのは簡単だが、この男はわざと捕まったようだ。鎖が苦しくない位置に来るようにしている。腰にぶら下げている緑の模様の入った立派な剣を触ろうともしていない。


「これっきりにして」

 

 暗殺とも言い難い奇妙なピエロのお遊びは、きっと何か嫌なことの前触れに違いなかった。



 家に帰ったアーヤは、本当に殺されるようなことがある前に任務は完了させたいと思い、派閥調査の報告書を書いていた。命を落とすのはローザの役に立ってからである。


 第一派閥は第一皇子を中心とする改革・王族派だ。商業や学業のさらなる発展を目指しているらしく、学園の運営に関わっている貴族は第一派閥の貴族が多いようだ。


 第二派閥は貴族の義務を果たす保守・王族派だ。今のところは現在の第一派閥には中立を示しているが、体制を崩すような動きがあったりするようならば敵対も厭わない方針らしい。


 第三派閥は宗教や魔術などの神秘の力に重きを置く協会派。そのためなのか、商業や学業を極める方向の現実主義的な第一派閥を敵視している。


 第四派閥は貴族であるのにもかかわらず民営化に取り組みたいと考える自治派だ。王族貴族の義務を守りつつ、その本質は民にあると考える能力主義の持ち主らしい。


 そのため、選民意識が高い第三派閥や、第四派閥を貴族の役割を手放そうとしていると危険視してくる第一派閥との仲は良くないみたいだ。


 残りは中立や無派閥で、学園の教員なんかは大抵ここに属する。教員は家がどうであれとりあえず中立派や無派閥にするのが一般的だ。


 ただ例外もいて、この学園でいうと帝国地理のグリス・ハラン教授や魔術古語のライス・エダ先生なんかは家の派閥のままのようだ。ハラン教授は第三派閥、エダ先生は第四派閥に属しているらしい。


 学園の平和が見せかけなことくらい、アーヤにもわかる。それが帝国の姿そのものなのか、はたまた戦の火種がくすぶる世界の状況と同じというのか、もしくは−−


 報告書をまとめて暖炉の中に入れたアーヤは眠い目を擦ってベッドの中に潜り込んだ。

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