第47話 美代ちゃんから誘いの電話💛
旅に出て何か変わったか考えても収穫は何ひとつなかったように思える。
無駄な時間と浪費に終ったのか? ただあの時お袋に疑われ絶望し旅に出た。
あのまま我慢してマンションに閉じこもっていたら気がふれたかも知れない。
アキラは仕方がなかったと思っているが、まだ後の事ではあるがアキラには大きな転機を迎える切っ掛けになっていたのである。そして今日もまた予定のない朝を迎えた。
今日は何曜日かさえ分からない日々を送っている。その時、アキラの携帯から着信のメロディが流れた。なんと先日逢ったばかりの美代ちゃんからだ。
アキラの目が輝いた。
「はっはい山城です」
「先日はご馳走様でした。今度の土曜日か日曜日お時間ありますか」
「もっ勿論です。時間はタップリとあります」
その声を聞いた美代は苦笑気味にクスッし笑った。
「もし宜しかったら何処か、お出かけしませんか」
アキラは天にも登る思いだった。憧れの美代ちゃんから誘って来たのだ。そう云えば誘うのはいつも浅田美代の方だった。アキラから誘ったのはフェリーに乗って帰る時だけ。いや誘いたいのは山々だったが、アキラには余りにも高嶺の花と思い込んでいたのだ。たからアキラは女心には疎いのであろう。アキラいい加減に美代ちゃんの心に気付けよ。
「えっ本当ですか? 僕みたいな男でいいんですか」
「何を仰います。山城さんと一緒だから楽しいじゃありませんか」
「ありがとう御座います。こんな嬉しい誘いはありません」
大袈裟なアキラの言葉にまた美代はクスッと苦笑する。
「良かったです。では土曜日はいかがでしょうか」
「分かりました。それで何処か行きたい所はありますか」
「そうですねぇ、いつもお食事してお別れしているので海が見たいです」
「海となると千葉か湘南、鎌倉、遠い所で鹿島灘ですかね」
「そうですね。鎌倉ではいかがでしょう」
「鎌倉いいですね。では鎌倉にしましょう。待ち合わせ場所は何処にしますか」
「私、世田谷ですが山城さんは何処にお住まいですか。方向が違うと遠回りさせると申し訳ないですし」
「僕は赤羽です。鎌倉に行くには通り道ですから浅田さんの、お近くまで行きますよ」
「ありがとう御座います。では東急世田谷線の世田谷駅前に十時で宜しいですか」
美代ちゃんから突然の誘いでアキラは天にも登るような気分だった。翌日、世田谷駅にアキラは真っ白な車体の愛車トヨタ ランドクルーザーで出掛けた。デートに使う車としては似合わないが仕方がない。どちらかと云うと悪路や山道を走る時はその力を発揮するもので女性を乗せるには向かない。これは長距離旅行を想定して買ったもので、車高が高いので見通しは良い。そういう点では普通の乗用車より眺めがいい。
この車は二十四ボルトから家庭用に百ボルトの電気に返還し、携帯電話の充電や小物の電気用品が使える。当時の価格は四百万から六百三十万円まであり勿論アキラは最高級車を使用している。
三ヶ月前に買ったばかりで、いきなり高知まで行ったが、まだ走行距離三千キロと新車特有の匂いがプンプンする。今朝は七時に起きて洗車し、車内も磨きに磨きあげた。
予定時間の十分前に環七通りを左折して間もなく世田谷駅に到着した。てっきり改札口から美代が現れると思ったら、駅近くの路上から歩いて来た。その時、美代は黒塗りの高級外車の運転手に手を振るような仕草をしたように見えた。アキラは怪訝に思ったが、勘違いかも知れない。
アキラは白のランドクルーザーで行くと伝えてあったので美代はそれに気付いたらしく小走りで歩み寄って来た。
それに気付いたアキラは車から降りて「おはよう御座います」と挨拶した。
「おはよう御座います。今日は宜しくお願いします」
今日の美代は今まで見た事がないカジュアルなスタイルで下はリラックスパンツに上は淡いブルーのシャツに同色のカーデガンを羽織っていた。
相変わらずの美しさにアキラは思わず小さな溜め息をつく。
「こんな車で申し訳ありません。乗用車と違って乗り心地は良くないですが」
「いいえ、でも車高が高くて良く前が見えます。助手席に乗るのも初めてで、なんだかワクワクします」
「そんなものです? それでは車の免許はお持ちじゃないのですか」
「ハイ今時としては珍しいですよね。取りたくても父が危ないからと許してくれないです」
「それだけ貴方を大事にしているからでしょう」
「言い換えれば過保護かも知れませんけど。鎌倉も久し振りですが海を見るのは久し振りです。楽しみです。今日は改めて宜しくお願いします」
「こちらこそ。僕も鎌倉は久し振りで、と云うよりも小学生のとき以来ですよ」
「あら、私もです。ではお互いに親と行ったのでしょうかね。私も家族で来たきりで、何処に何があるか記憶にはないですのよ」
アキラも記憶は薄れがちだが、あの時は父も母も仲が良く楽しいひと時だった記憶は残っている。いま振り返ると一番幸せな時だったかも知れない。
つづく
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