第45話 第三章 浅田美代との再会
アキラは帰る途中含み笑いを浮かべていた。早紀と出会え振り回されヤクザとの格闘、飲み屋で喧嘩の仲裁など、アキラとしては充分に楽しめた旅だった。だが三億円当ってから、自分の歯車が狂い始めて来ている。アキラは働くことへ意欲をなくした訳ではないが、働く理由に疑問を感じていた。
一生懸命に働いても月二十五~三十万、会社にいくら汗水流して貢献してもそれだけの報酬だ。しかしアキラは運だけで労せず三億円を手に入れた。地味に暮らせばと仮定して五十年間暮らして行ける。なら他人(会社)の為に汗水流して働く意味がない。そんな疑問が頭の中をよぎり、未だに心は燻ぶっている。
結局は高知まで来て多少のトラブルはあったが、求めていた答えが出ない。
アキラは高知から東京まで出ているフェリーに車を乗り入れた。あとは運転する手間も省け特等室でのんびりと船旅を楽しむ事にした。船室に荷物を置いてアキラは甲板に出ると風が冷たい。まもなく十二月が入ろうかと言う季節、空は真っ青に澄み切っていた。その時アキラの携帯に着信メロディが流れた。相手の名は携帯の登録者以外の人間からだった。誰だろう?
「ハイ山城です……」
「あのう……私、浅田美代ですが分りますか」
忘れるはずがない。しかし彼女の好意を無駄にしてしまって、つい今まで申し訳ない気持がモヤモヤとしていたアキラだった。
「あ~どっどうもご無沙汰しています。貴女に謝らなければと思っていました。つい言えそびれて旅に出てしまって本当にすみません」
「いいえ、それより急にごめんなさい。占い師の真田さんから番号を聞きました。ですから私そんなつもりで電話したんじゃないです。ただ急に退職なさり、何があったのかと心配しておりました。心配事があるなら。もし私で役に立てることがあるなら、あの時のお返しが出来ればと」
なんと思いやりのある言葉だろうか。アキラにとって、まるで女神の囁きに聞こえるのも無理はない。
「俺。いや僕は今フェリーで東京に向かっています。明日の朝には横浜港に着く予定です。もしその時にでもお詫びを兼ねて食事などいかがでしょうか」
「あっそうですね。もしお疲れでなければ構いませんですよ」
なんとアキラは躊躇なく美代を食事に誘った。以前のアキラでは考えられないことだ。
あの怪しげな女、松野早紀との珍道中で女性の免疫が出来た為だろうか。アキラは船で何もする事はないし疲れる事もない。もし死ぬほど疲れていても、ぜんぜん疲れていませんと答えるだろう。アキラの陳道中もやっと終幕を迎えた。
予定通りフェリーは早朝、横浜に入港した。アキラは自宅の豪華マンションに帰宅した。さてさて、その旅で得た事は? 松野早紀に振り回された事だけだった。他には、これからの自分に役立ことは皆無に等しかった。
時間と金の浪費に終わった。母親が聞いたら、さぞかし嘆くだろうよ、アキラ。
その日の夕方七時に待ち合わせた池袋のレストランに向かった。アキラがボーイに案内されて席に着くと間もなく浅田美代が現れた。
アキラは席を立って美代に軽く会釈して彼女に椅子を勧めた。
周りの客がアキラに視線を送る。やはり百九十八センチは目立つのか? 体重が百五キロなら、かなり太っていると思われるが、そこは二メートル近い長身。以外とスマートだ。筋肉で覆われた肉体はガッシリとしいて、威圧感を感じさせる。
最近まで空手道場に通っていたので体重も九十五キロから百五キロになったが身体が締まっていた。
「どうも、お久し振りで浅田さんの好意を無駄にしてしまって申し訳ないです」
「本当に気になさらないで下さい。それより何かあったのかと心配していましたのよ」
それは確かにあった。それも大ありだ。話せば楽になるが。それを聞いた人は「あー良かったね」で終わらないだろうと思っている。特にアキラ見たいな文無しには人生を大きく左右する大金であった。二人が逢うのは三ヶ月ぶりの事だった。
浅田美代は女性には最近の女性らは見られない控えめな態度で、物事を冷静に見る判断力と知性があり、素晴らしい女性である。美人と言うよりもキュートで可愛らしい女性であり、まさにアキラの理想的なタイプの女性であった。
「浅田さんも、この若さで無職ではと呆れているでしょうが、ちょっと事情がありまして、本当は話せれば楽になるのですが今は親にも言えない悩みが……まぁ取り敢えず食べるには今の処は心配ないのです。いずれ分るかも知れませんが、今はまだ申し上げられない事をお許し下さい」
「そうですか山城さんも色々と事情がおありでしょう。本当は私なんか差し出がましい事なのですが、山城さんが元気でいて下されれば私が特に心配する事もないですよね。お節介でごめんなさい」
そう言って浅田美代は照れくさそうに下を向いた。なんと奥ゆかしい女性だろう。多分アキラの心の中は熱い恋の炎で煮えたぎっている事だろう。
「とんでもない、お節介だなんて僕の事を気にかけて頂けただけで僕は幸せです。ましてや浅田さんのような綺麗な女性に」
「まぁー山城さんって、お世辞が上手なのですね」
「いや、お世辞なんかじゃありません。本当の事ですから」
ついアキラは弾みで言ってしまったが、それは本心であり美代に惹かれている事には間違いない。浅田美代と初めて出会ったのは銀行強盗が起きてパニック状態の時だ。
それが最初で浅田美代には、その大きな体で必死に、かばってくれた人は、なんと言おうと自分の身を危険に晒してまで守ってくれた命の恩人である。
千、万の言葉よりも行動で語ってくれた。それは逞しく優しい人だった。
たしかにアキラは優しい、もし心が顔に出るならアキラは間違いなく美男子になるだろう。アキラは決して、お世辞で言った訳でもないし元々お世辞なんか言える柄でもない。そんなアキラを見抜いた美代は少しハートが熱くなった。
「ありがとうございます。私……なんだか恥かしい。そしてとても嬉しいです」
美代はアキラの言葉を素直に受け止めて、胸に大事に閉まって置きたいと思った。
アキラの夢のようなひと時が、美代との食事の時間であった。アキラと浅田美代は再会を約束してレストランを後にした。
つづく
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