第35話 旅は名古屋から四日市へ

アキラは三億円を手にして働く意味を見失っていた。平均年収六百万としても五十年間その間、働かなくても生活出来る計算だ。

上司に文句を言われ熱が出ても我慢して働く、それになんの意味があると言うのか。それでは生きている意味がない。

その答を探し為の旅でもあったのだが単細胞なアキラは暴走する旅となりつつあった。

「でも貴方には迷惑かけられない。それにあの人は凶暴だから危ないわ」

まぁそれはヤクザで優しくて、お人好しはいないだろうが。

アキラの怖さ知らず、は天下一品だがちょっと無謀すぎるような。

「まぁね怖がっていたら何も先に進みませんよ」

「それはそうなのですけど」

早紀は言葉に詰まった。


「でっ、これから松野さんはどうするって言うのですか?」

「いっその事、あの人が届かない外国にでも逃げたい気持よ。でもそんなお金や知り合いも居ないし、もう無理ね」

「僕といつまでも一緒って言う訳にはいかないでしょう。何処か知り合いの人で、かくまってくれる友人はいないのですか、その高知の人とか」

「うーん、いるのは居るけど彼女にも迷惑掛けるし……」

「でも其処が一番いいんじゃないですか。そこへ行きましょうか」

早紀は考えていた。アキラにも迷惑が掛かるから分かっていても簡単に訪ねる訳には行かなかった。

そこはアキラの早合点、勝手に自分で決めてしまう悪いクセがある。

「松野さん、他の方法がないんだから其処に行きましょう。万が一断られたら又、しばらく一緒に旅をしればいいんじゃないですか」

「でも……そうね。考えても仕方ないものね。じゃあ、お願いします」

「でっ友達って同級生とか?」

「まぁ同級生ではないけど、似た物同士の友人かな」

初めて早紀は笑った。かくて京都どころか四国の高知までの旅が始まるのだった。

「あのう~~もし急ぐのでしたら新幹線で行かれたらどうです」

ヤクザはどうでも良いが、いつまでも女性と一緒というの気が引ける。アキラの体に合わない初心の一面が見えた。

アキラの良いところは正義感が強く人情に弱く女に優しい。

これで二枚目だったら女にモテっぱなしだったろうが残念でならない。

もっともアキラ自身は二枚目だと思っている、渋い二枚目だと?

他人から見れば、その渋さ加減が微妙に違うのだが。車は名古屋を出てから二時間が経過していた。


アキラは時々サイドミラーで後方を確認する。ひょっとして尾行されている可能性もあるからだ。

先ほど痛めつけた奴等もオメオメと組みに帰れないだろう。ヤクザはメンツを大事にする。

相手に舐められてはヤクザとしてやって行けないからだ。昔みたいな任侠とも違う。最近のヤクザも、ただ腕と度胸だけではやっていけない。

れっきとした一流大学を出た人間も沢山いる。ハイテクヤクザなのである。

それに渋い二枚目で身なりや着こなしも一流が多い(誉めすぎ?)

コンピューターを操るのは常識、その人探しの捜査網は警察に匹敵するとか。

アキラもその世界の事は多少詳しい。大学に居た時の友人には二人ほどヤクザの組長の息子がいた。

奴らは男らしいヤクザと言っても人間味のある者と、どうにもならないのが居る。一般社会と同じで、千差万別と言うことだ。

その彼等にスカウトされた事もあった。

ちょうど大学を中退する事になった時、良かったら俺のところに来ないか、と誘われた。


体格と度胸を買われて、しかしそれでは、お袋が泣くだろうとやめたが 結局、早紀はアキラと車で行く事にした。

車は四日市の辺りに差し掛かる。今日はここで宿をとることに決めた。

「松野さん、どうですか観光クルーザーに乗りませんか、気分スッキリしますよ」

「えっ? そうねぇいつまでも暗い顔していてはね。ハイお願いします」

海岸近くの駐車場に車を停めてクルーザーに乗った。なかなか快適だ。

まだ新しい双胴ルーザーだ。船の底の両脇が突き出て真ん中が低くなって安定性が高い。

早紀も笑みが零れた。アキラも海に出て気分が爽快になった。そしてアキラは思った。そうだクルーザーもいいなぁ。

オイオイ、アキラまさかクルーザー買うなんて事はないよね。


つづく

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