第27話 高級マンション住いと高級車を買う
「やっぱり俺には此処が似合っているよ。根っからの貧乏性かもな」
小次郎はいつもの梅サワーを飲みながら生き返った顔をした。
「とっつぁん聞いてくれるかい。俺さぁ、お袋とケンカしてさぁムシャクシャして、この間、会社辞めたんだよ。で相談出来るのは、とっつぁんしかいないんだ」
真田小次郎は、アキラがいつも違うのは分かっていたが、まさか会社まで辞めるとは思っていなかった。
「そうか、何かはあると思っていたのだがな。まぁ相談事は得意分野だ。なんでも相談に乗るぜ。こう見えても、ちょっと前はセンセイをやっとったわい」
「えっ、ほっ本当かよ! 先生って学校の……へエー驚いたなぁ」
「まぁな、別に自慢するほどのもんじゃないが二十年間、高校教師だった」
「で、なんで辞めたんだい?」
「それを聞かれるとなぁ……好きな女に振られてよ。みんな捨てたって訳さ」
「好きな女って? とっつあんいくつの時だい」
「それを聞くな。年齢は関係ない。まぁあれが最初で最後だ。もういいよ、一人の方が気楽さ」
「そうか、それにしても思い切った事したもんだなぁ。一世一代の恋だったんだ」
「オイオイ、俺の話をしてどうなるんだ。悩みがあるの山ちゃんじゃなかったのか?」
「まぁな、でもさぁ、とっつぁんと話てると悩みが吹っ飛ぶぜ」
「いやいや今日はとんでもない大金使わせて」
小次郎は、あの大金どうしたかと聞きたかったが控えた。
多分聞いても答えないだろう。悪い金じゃなければ聞くこともないと。
「とっつぁんは、今一人で住んでいると言っていたよな?」
「ああ、そうだがそれが、どうしたんだい」
「どうだい俺と一緒に住まないか、あぁ金は全部俺が出すから」
「……どうしてまた? やっぱりなんか今日はヘンだなぁ」
アキラも大金の理由を打ち明けたかったが、どうしても切り出せない。
誰でも、そう思うだろう。俺、三億円当ったなんて言ったら大変な事になる。
親にでさえ言えず誤解されて喧嘩になったのだから。しかしアキラはそれが故に苦しかった。
小次郎に話そうと喉まで出かかっているのに言えない大金ってヤッカイなものだ。
「俺と一緒に住もうってか? それは有難い話だが……俺はどうやら一人暮らしが合っているみたいだ。出来ればこのままがいい。親子ほど年が違うがな、お前はいい奴だ」
しばし沈黙がつづく、やがてアキラは吹っ切れたように語る。
「そうだな、俺もセンチになっていたみたいだ。まぁ気が向いたら遊びに来てくれ」
その日は、その居酒屋で小次郎と別れた。
アキラは高島平近くのアパートに帰って宝くじが当ってから今日までの事を考えてみた。結果として大金が入った事で、自分の人生が狂いかけているような。
お袋と喧嘩をした。会社を辞めた。ガラに合わない銀座のクラブで大金を使った。もうすでに数週間で三百万円あまりの金が消えた。その金はアキラにとって一年半以上の給料に相当する。三億円の大金からすれば百分一の金だが、どうってことはない。
こんな事をやっていたら普通のサラリーマンだったら破産する。しかし今のアキラは自分をコントロールする術がなかった。真田小次郎に相談しかけたが、かろうじて思いとどまった。やはりそれ以上の話はどうしても切り出せなかったのだ。
アキラは今の環境から抜け出したかった。母とギクシャクした事が原因だ。
これでは金があるのを除けば、あの浪人生活となんら変らない
アキラは思った。『どうせ無い金と思えばいい』そう決めた。
翌日アキラは不動産屋を訪ねていた。環境を変える事で自分も変る。そう心に決めた。確かにそうだけどアキラ何か違うんじゃないの?
アキラは北区赤羽駅近くに家賃二十万円のマンションを借りた。
よせばいいのに家賃一年分を前払いで払った。敷金、礼金一年分の家賃合わせて三百万が消えた。部屋は十五階建ての最上階、二十畳のリビングに十畳の洋室と八畳の和室とクローゼットがあり、前のボロアパートとはまるっきり違う豪華さだった。
時代は平成十七年だから、この当時としては赤羽周辺で高いビルと云える。
そのマンションからは晴れた日には富士山が見える。右手には新宿の高層ビルが眺められ、夜には都内のネオンが宝石のようにキラキラと輝いて見える。
まるで別世界だ。アキラは金の力を、まざまざと感じたのだった。
ついでに家具から電気製品、寝具類と揃えた。念願の携帯電話も手にした。
その金額百万円成りアキラはリッチな気分になった。幸せだあ。しかし、しかし何かが足りない心に隙間風が入るのだ……。(そうだ。アキラ人間、働かなくては駄目。目的がなければ)
しかしアキラはそれに気付いていないのか、分っているのか? あれ以来、お袋の秋子とは連絡はしていない。電話も掛かって来ないと言うより携帯電話を買った事も知らせていない。音信不通になっている。ただ何故かアキラはお袋が住んでいる赤羽に引越した。違うのは、お袋は西口で居酒屋を営み、アキラは東口のマンションである事だ。
喧嘩はしたが、たった一人の親、時おり居酒屋周辺の様子を見て居る。いつものように暖簾が下がっているのを見て安心する。
昼頃まで寝てから一日が始まる。そして時間は無駄に過ぎて行く。アキラの中では完全に時間が止まった状態である。まったくもって目的が見え出せない。これでは浮浪者と同じだ。流石のアキラも贅沢な生活に慣れないのか少しウンザリしていた。暇に任せ自動車学校に通い運転免許を取った。取ったら当然車が欲しくなる。
そこでアキラは車を買う事にした。トヨタ・ランドクルーザー四WDの三千五百CC、七人乗り砂浜や山道も登れる車に総費用割引で六百万をキャシュで買った。平成十七年当時の値段だから現在令和四年なら八〇〇万は超えるだろう。何も面倒なローンなんか組む必要がない。
すでに一千五百万円が消えていた。まるで湯水のように使い捲くる。
別に明日の予定もない明日どころか一年先さえ何もないのだから。晩秋の日本、季節は十一月を向えていた。待ち望んだ車が納車された。翌日に必要な旅用具を車に載せて新車のハンドルを握る。新車どくとくの匂いが最高だ。一瞬の至福の時だった。
アキラはあてのない旅に出ようとしいる。何かを探しに、南に向かって目的のない旅に出るアキラだった。
つづく
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