第143話 聖剣(もろい)

 地下遺跡は非常に複雑な迷路になっていた。

 しかも立体的なので、上がったり下がったりしなければならない。

〈探知・極〉スキルで全貌を把握していても、混乱してしまいそうなくらいだった。


 もちろんトラップも仕掛けられていた。


 足元の床が消失し、針山に落とされそうになったり。

 天井が落下してきたり。

 壁から矢が飛んできたり。


〈感知・極〉スキルで事前に察知できるのだが、相変わらずエレンがやたらと引っ掛かってくれるので進むのに難儀した。


「くっ……トラップがこれほど多く仕掛けられているとは……なんて危険なダンジョンなのだ……ッ!」


 そんな台詞の割に、エレンは嬉しそうに頬をニマニマさせているのでどうしようもない。

 ドMだよな、こいつ。


「わーいわーい、とらっぷとらっぷー」


 フィリアはフィリアで遊具とでも勘違いしているのか、トラップを歓迎している。


 現れる魔物はリビングアーマーの他に、ゴーレム、ガーゴイルなど。

 大抵はワンパンで倒していく。


 やがて、いかにも何かのイベントが発生しそうな最奥の大広間へと辿り着いた。


「何だこの絵は?」


 壁に沢山の絵が描かれていた。

 不気味な生き物たちが、何体も。


 翅の生えた毒々しい蛙だったり、首が百以上ある蛇だったり、手足の生えたサボテンのようなものだったり。

 それらよりずっと小さいのだが、人間らしき者たちが喰われたり逃げたりしている様も描かれていた。


 これが本当に人間だとすれば、生き物たちはかなり巨大だということになる。


「見てください、これ」

「蛾だ」


 ティラの指差す方向を見ると、先日、大森林に現れたあの巨大な蛾とよく似た生き物が描かれていた。


「もしかして実際にあったことを絵にしたのか……?」


 思い出すのは長老の言葉だ。


 ――ふがふがふが。


 違う、念話で聴き取った方を思い出さないとダメだ。


「強大で邪悪な存在と、そいつが従える魔物か」

「もしかしたら本当にあったことなのかもしれませんね……。そして後世に警告するため、この場所に絵を描いたと……」


 だとすれば、本当にこの遺跡は、その邪悪な存在を打ち倒したという英雄の墓なのかもしれない。


 広間の奥には、祭壇のような、あるいは墓のようなものがあった。

 しかし近くにはそれ以上に立派に設えられた台座があって、そこには一本の剣が突き刺さっていた。


「おおっ、もしやこれはその英雄が残したいわゆる〝伝説の剣〟ってやつか?」


 いかにもそんな雰囲気を醸し出している。


「伝説の剣!? ぜ、ぜひとも欲しいのだっ!」

「あっ」


 エレンが真っ先に飛び付いた。

 おいおい、その剣を抜くのは主人公であるカルナ様に決まってるだろ!


 させるか! とばかりに俺はエレンを追い駆ける。

 だが俺の手は彼女のぷりっぷりのお尻を撫でるに終わってしまう。


「どこ触ってるんですか――――ッ!?」

「だが悔いはない!」


 エレンが剣の柄を掴み、思いきり引き抜こうとする。


 ふっ、しかしどうせアホのエレンに抜けるはずがない。

 こういう剣を抜けるのは選ばれたものだけと相場が決まって――


 ――ズボッ!


「抜けたのだ!」


 えええ……。


 伝説の剣(たぶん)を手にしたエレンは、嬉しそうに剣を素振りする。


「すごく軽い! これならドラゴンの鱗でも斬れそうなのだ!」

「……ん」


 シロが小さく顔を顰めたそのときだった。


 ブンッ、ペキッ!


「へ?」


 エレンの握力に耐え切れなかったのか、伝説の剣(?)の柄が折れてしまった。

 くるくる回って刀身が飛んでいき、壁に激突する。


 パリンッ!


 刀身も折れた。


「えええええええっ!?」


 エレンが悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。


「で、伝説の剣を、壊しちゃったのだ……」

「まぁもう千年以上も昔の剣だしな」


 恐らく最初から脆くなっていたのだろう。


 と、そのときだった。

 祭壇の方から何やらゾクリとする気配が漂ってくる。


 いつの間にか足のないおっさんが立っていた。

 身体が透けている。


「すっけすけーっ!」

「ゴーストか」


 一瞬、死霊術で浄化してやろうかと思ったが、すぐに思い直す。

 こういうシーンで現れるゴーストは、物語の進行上、重要な役割を持っているものだからな。


「もしかして……千年前の英雄?」

「何を言っているのだ? 英雄がこんな……こんなパッとしない容姿なわけないだろう?」


 エレンが反論してくる。


 パッとしないどころか、ぶっちゃけかなり不細工なおっさんだった。

 禿げているし、小柄だし、小太りだし、顔もお世辞にも美形とは言い難い。

 だが、


「不細工なおっさんが英雄でもいいじゃないか! 英雄がイケメンだなんて誰が決めた!?」


 俺は力強く反駁する。


「そうだよな、不細工なおっさん?」

「貴様の方が失礼だと思うぞ!? あたしは不細工だなんて一言も言ってないからな!? はっきり言うと失礼だと思って、ちゃんとオブラートに包んだのだ!」

「エレンさんのその発言も随分と失礼だと思いますけど……」


 おっさんゴーストが弱々しく言った。


『……どうせワシはとても英雄に見えんよ……』


 話を聞くに、このおっさんゴースト、本当に千年前に世界を救った英雄らしかった。

 やはり人は見かけで判断してはならないらしい。


「気にするな、おっさん。たとえチビ、禿げ、デブ、不細工と四拍子そろっていても、英雄は英雄だ」

「さっきからあえて言ってません? 憑りつかれますよ?」

『お嬢ちゃん、心配してくれなくてもよいぞ。もう慣れておるからの……』


 おっさんは疲れたサラリーマンのように溜息を吐いた。

 どうやら生前にかなり苦労したらしい。


『お主らがここに来たということは、ヤツの復活が近いということだろう。ヤツは決して普通のやり方では倒すことができぬ。しかし心配は要らない。ワシが神々から賜った聖剣を使えば、ヤツにもダメージを与えることが可能だからだ』


 そう言って、おっさんゴーストは指をさした。


『そこの台座に……ん? ない? そこに剣があっただろう?』

「もしかしてこの剣のことか?」


 俺は先ほどエレンが破壊した剣の残骸を集めて見せた。


『聖剣が壊れとるぅぅぅぅぅっ!?』


 愕然とするおっさん。


「あああ、あたしが壊したわけじゃないぞ!? ちょ、ちょっと振っただけで勝手にこうなったのだ!」


 エレンが慌ててそう弁明する。

 それでも罪悪感があるのか、彼女は必死に、


「な、治す方法はないのか!?」

『たぶん無理だと思う……』

「では他に聖剣は!?」

『少なくともワシはそれ一本しか知らぬ……』


 処置なし、という顔で首を振るおっさん。


『で、では頑張ってくれ。ワシはそろそろ逝かねばならない。健闘を祈る』

「ちょっ……」


 それからまるで逃げるように消えてしまった。


「最初から最後までまったく英雄っぽくなかったな」

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