第138話 う〇ち?
「そもそも先生、蜘蛛が苦手だったはずなんですが……」
「たぶん聞いてなかったんだろ」
「あり得ますね……」
残念美人のリシェルを追って森の奥へと入っていくと、遠くから悲鳴が響いてきた。
「ぎゃあああああああっ!?」
どうやら予想していた通りらしい。
「……まず間違いなくリシェル先生の悲鳴ですね」
「そうだろうな」
俺たちは冷静に頷き合った。
「もうちょっと急いだ方がいいと思うのだがっ?」
焦るエレンに、ティラが言う。
「ゆっくりで構いません。今後のためにも、先生にはしっかり懲りてもらわないといけませんし。それに先生のことですから何だかんだでしばらくは耐えるでしょう」
もはやどっちが先生なのか分からないな。
〈千里眼〉を使って様子を確かめてみると、リシェルが巨大な蜘蛛の巣に引っ掛かってジタバタと暴れているところだった。
しかしますます身体に糸の粘液が絡み付いて、身動きが取れなくなっていく。
リシェルは火の魔法を放って、糸を焼こうとしている。
だが糸に耐性があるらしく、まったく効いていない。
そこへリシェルよりも大きな蜘蛛が近づいていき、毒の牙を突き立てようとする。
「ひいいいっ!?」
あー、これはさすがにマズイわー。
俺は転移魔法で彼女の下へ。
いきなり現れた俺にびっくりしている巨大蜘蛛を蹴り飛ばす。……ぐっしゃりやってしまわないように力を加減した。
「大丈夫か? って、気絶してら」
リシェルは白目を剥いて口から泡を吹きながら気を失っていた。
美人が台無しである。
しかも蜘蛛の糸に衣服を溶かす成分があったらしく、彼女が着ていたローブがボロボロになっていて、ほとんど裸同然と化していた。
今も現在進行形で服が溶けつつある。
「ふむ」
「なに観察してるんですかッ! 早く助けてあげてくださいよッ!」
じっくり見ていると、いつの間にかティラがやってきていて怒鳴られた。
「いいですか。先生は色々と抜けているんですから、もっと慎重に行動するように心がけてください」
「……ぬ、抜けてる……」
目を覚ましたリシェルはティラから説教されていた。
「何ですか? 自覚がないんですか? 誰がどう見ても抜けているでしょう?」
「……うぅ、わたし、これでも助教なのに……」
「他に適任がいなかったからではないですか」
「そんなことないですよぉっ!」
涙目で否定するリシェルだが、ティラはあくまで厳しく、
「そうですか。であるなら、助教らしくもっと落ち着いて下さい」
「……」
「返事は?」
「はいぃっ」
……本当にどちらが先生なのか分からない。
「はぁはぁ……わたしもあんなふうに厳しく調教されたい……」
二人のやり取りを見ながら、アーシェラがうっとりしている。
「調教じゃないですから! ……はぁ、せっかく堕天使を追い払ったというのに」
新たな変態が現れたことに嘆くティラ。
「それにしても、一体どうして大樹グモがこの辺りにいたのでしょう。しかも沢山……」
実はリシェルを助けた際に倒した一匹だけではなかった。
何度か同じ種類の蜘蛛に襲われ、撃退していた。
「大樹グモとは何なのだ?」
エレンが訊く。
「生命の大樹に棲息している蜘蛛のことです。魔物ですが、大樹にとっては益虫のようなもので、大樹にとって悪い生き物を捕えて食べてくれるんです」
生命の大樹というのは、この大森林の奥地にある巨大な木のことだ。
前に登ったときも何度か魔物に遭遇したので倒したが、あれらは恐らく大樹と共生していたのだろう。
「少し嫌な予感がしますね……」
「見に行ってみるか」
元々リシェルとアーシェラが魔法触媒の素材を採取しに行く必要があったわけだし、俺たちもそれに同行することにした。
森の中を生身で行くのは大変なので、NABIKOに乗って進むことと三十分ほど。
生命の大樹へと辿り着いた。
大森林の樹木はどれも背が高いのだが、生命の大樹は軽く千メートルを超えている。
幹の太さも尋常ではなく、地面に近い方だと直径五十メートル以上ありそうだ。
「あの……どう見てもヤバそうなのがあるんですけど……」
ティラが遥か上空を見上げながら言った。
「確かになんかいるなー」
「暢気そうに言わないでくださいよっ!」
生命の大樹の上の方に、巨大な何かがくっ付いているのだ。
焦げ茶色で、ラグビーボールみたいな形状をしている。
「う〇ちー?」
フィリアが首を傾げながら言った。
確かにう〇こっぽい。
しかもなんか湯気っぽいのが出てるし。
すごい出したてホヤホヤ感。
「う〇ちう〇ちう〇ちう〇ちーっ!」
「ちょっ、フィリアちゃん! 女の子がそんな下品な言葉を連呼してはいけません!」
「う〇ちだめー?」
「ダメです」
「う〇!」
最後は別に伏せ字にしなくてもいいと思う。
ちなみにフィリアは魔導人形なのでう〇こはしない。
アイドルと一緒だな!
「あれは恐らく……」
「サナギか」
そう。
それはまさに、昆虫が幼虫から成虫へと姿を変える際に取る姿――サナギだった。
一見う〇こっぽいけど。
しかしその大きさは規格外。
たぶん全長五十メートルくらいあるだろう。
ちなみに湯気っぽく見えたのは瘴気だ。
それが汚染しているのか、周辺の葉が枯れ、幹が腐っている。
大樹そのものが苦しそうに見えた。
「もしかして大樹グモが逃げてきたのはそのせいでしょうか……?」
と、ティラが呟いたそのときだった。
う〇こ……じゃない、サナギが大きく震え出したかと思うと、背中がぱっくりと割れていく。
「変態! 変態だ!」
俺は思わず叫んだ。
「た、確かに変態なのだ!」
「へんたいー?」
「ん。変態」
「変態変態連呼しないでください! 確かに変態ですけど!」
【へんたい(変態)】動物の正常な生育過程において、その形態を変えること。
そうこうしている間に、中から成体が出てきた。
蝶……いや、蛾と言った方がいいか。翅の柄が地味だし。
そもそも蝶と蛾の間には明確な境がなく、単に人間がそう分類しているだけらしいけどな。
翅を広げると、全長はゆうに百メートルを超えているだろう。
俺はまたも思わず叫んだ。
「モ〇ラだ!」
今にも双子妖精の歌声が聞こえてきそうである。
謎の巨大蛾は大樹の幹から飛び立った。
それだけで空から大量の鱗粉が降ってくる。
「っ! これは……」
その鱗粉は禍々しい瘴気を纏っていて、鱗粉を浴びた木々が驚くほどの早さで枯れ、腐っていく。
まるで枯葉剤を撒いているかのようだ。
巨大蛾が通過した一帯が、死の森と化していった。
「も、森がっ……」
無残な光景を前に、ティラが愕然としたように息を呑んでいる。
「しかもあっち、里の方ですよぉっ!」
リシェルの悲鳴にハッとする。
巨大蛾が飛んでいく先にはエルフの里があった。
リアスモ〇ラなどと言って喜んでいる場合ではない。
俺は転移魔法を使い、巨大蛾のすぐ上へと飛んだ。
「とりあえず倒そう」
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