アルサーラの王位継承争い編
第132話 脳筋王女の帰還
「エレン様、お父様よりお手紙が届いております」
「父上から?」
ちょうどNABIKOに乗って旅へと出発しようとしていたときに手紙が届いた。
どうやらエレンの父親であるアルサーラ王国の王様かららしい。
たまに忘れそうになるが、エレンはこれでも一国のお姫様なのだ。
ちなみにこの世界には、相手がどこにいるのか分からなくても、その場所まで手紙を運んでくれる伝書鳩の上位種みたいな便利な鳥が存在していて、それを使って届けたようだ。
「何の用なのだ?」
エレンは手紙を開いた。
俺も横から覗き込む。
え? 人の手紙を勝手に読むなって?
ははは、お義父さんからの手紙だし、別に俺が読んでも問題ないだろう?
そこに書かれていたのは、
――わし、危篤。
マジか。
一行目に衝撃を受けつつ、次の行へと目をやる。
――絶対に帰ってくるな。
……ん?
何だ、これは?
――いいか、絶対じゃぞ? 絶対に絶対に帰ってきたらダメじゃからな?
念を押す三行目には、文字から必死さが滲み出ていた。
「た、大変なのだ!」
エレンは目を剥いて叫んだ。
「すぐに帰らなければ!」
「いや、帰って来るなって書いてあるが?」
「何を言っているのだ! 父上が今にも死にそうだというのに帰らないなど、あたしはそんな親不孝者ではない!」
珍しくエレンから正論が返ってきたぞ。
「きっと剣の修行に勤しむあたしのことを慮って、あえてこんなふうに書いてくれているのだ!」
「少し前までぶよぶよに太ってたけどな」
「あるいは本当は帰ってきて欲しいという意味かもしれない! そう! つまりフリというやつなのだ!」
確かにフリっぽく見えなくもないが、普通、こんな命のかかった場面で使わないと思う。
「とにかく! 急いでアルサーラに帰るのだ!」
というわけで、久しぶりにやってきました、アルサーラ王国の王都。
さすがに危急とあって、NABIKOではなく転移魔法を使った。
いきなり城内に転移することもできたのだが、常識人の俺はちゃんとそのへんを弁えている。
城の外に転移した。
「マスター、いきなり浴場に転移したときのことをもうお忘れですか?」
「はて、そんなことあったっけな?」
残念ながら全然思い出せない。
「思い出せるのはエレンの裸体だけだ。はぁはぁ」
「覚えてるじゃないですか……」
「覚えていると言えば、ティラはギルド長のオナ〇ーを覚えているか?」
「それを思い出させないでくださいよッ!? せっかく記憶の奥底に封印していたんですからッ!」
あのおっさん、すでにギルド長を解任されているそうだが。
しかし今さらだが、どういう経緯でアルクや紫苑と一緒にいたのだろう?
いや、別に詳しく知りたくないが……。
「ああっ、ティラ様っ! ぜひわたくしのオ○ニーも見てくださいませぇぇぇっ!」
「死んでも見たくないですからッ! って、こんなところで脱ごうとしないでください――――ッ!」
「わーい! ただいまーっ!」
「はじめてきた」
そういえば、フィリアは一度来たことがあったんだっけ。
一方シロは初めてだな。
「帰ったぞ! あたしだ!」
エレンが声をかけると、城門を護っていた兵士が愕然と目を見開いた。
「っ!? え、え、え、エレン団長!?」
その兵士は何を思ったか、慌てて城の中へと駆け込んでいく。
「た、大変だっ! エレン団長がっ……エレン団長が帰ってきてしまったぞおおおおおっ!」
城内から次々と悲鳴が聞こえてきた。
「そ、そんな……団長が帰ってきたなんて……」
「俺、今日付けで騎士団を辞めさせてもらいます」
「エレン王女が!? 最悪だ……! しかもこんなタイミングで……!」
エレン、お前どんだけ嫌われてんだよ。
「皆……あたしが帰ってくるのをそんなに待っていてくれたのか……ぐすっ」
「お前は一体どんな耳してんだ?」
「だがすまぬ! 今日は一時的に戻っただけなのだ! 父上が危篤だと聞いて……そ、そうだ、父上! こうしてはおれぬ! 早く父上のところに行かないと!」
エレンは城内に駆け込んだ。
「ひいいいっ!」
「エレン王女だ!?」
「こ、殺される!」
城内の人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ティラが半眼で呻いた。
「……まるで敵が城内に攻め入ってきたような雰囲気なんですけど」
「実際にはただの帰省だ」
城内を進んでいくと、奥から慌てた様子でおっさんが出てくる。
禿げあがった頭にはびっしょりと汗を掻いていた。
「え、エレン殿下っ、お帰りになられたのですねっ。しかし一体なぜまた急にっ……」
「久しぶりなのだ、大臣!」
どうやら大臣らしい。
「もちろん父上が危篤だと聞いて駆け付けたのだ!」
「さ、左様でございますかっ……」
エレンが脇を通り抜けようとすると、大臣は咄嗟に立ち塞がった。
「で、ですが、生憎と陛下は今お休みになられているところでしてっ……部屋には何者も入れると命じられているのですっ……」
「む? そうなのか? なら仕方がない」
エレンの言葉に、大臣は一瞬安堵の表情を浮かべたが、
「少々手荒だが、無理やり叩き起こすしかないのだ!」
続く一言で血相を変えた。
「なぜそんな方向に!? 陛下はご病気なのですよっ!?」
「だからこそだ! きっとあたしの顔を見れば元気になるはずなのだ! 父親とはそういうものだと相場が決まっている!」
「いえいえいえっ、た、確かにエレン殿下のお顔をご覧になれば、お喜びになることは間違いないでしょうがっ……そ、それは目を覚まされてからでも良いかとっ……」
トンデモ理論を展開するエレンを、大臣は必死に説得しようとしている。
と、そのときだった。
「エレン姉様?」
「む?」
廊下の向こうから姿を見せたのは、十歳ぐらいの少年だった。
少女と見間違えてもおかしくない可愛らしい顔立ちで、華奢な体躯。
エレンとよく似た赤い髪をしていて、子供にしては随分と豪華な服を身に付けていた。
この少年はアルサーラ王国の第一王子。
つまりエレンの弟だった。
前回来たときに、ちらっとだが見たことがあった。
話はしなかったが。
「おおっ、エスベルト! 元気にしていたか!」
「はい。エレン姉様も御息災のようで何よりです」
嬉しそうに駆け寄る姉に対して、子供とは思えない落ち着いた様子で応じる弟。
エレンよりずっと利発そうな印象である。
「しかし相変わらず線が細いな! ちゃんと食べているか? 訓練は欠かしていないだろうな? よし、久しぶりにあたしが稽古をつけてやるのだ!」
「そ、それはまたの機会ということにして……今日は父様のために帰国されたのでは?」
「はっ! そうなのだ! こうしれはおれん! 急いで父上の元に行かねば!」
「あっ、姉様!」
何とも忙しなく走り出すエレン。
そんな姉の後ろ姿に溜息を吐いてから、エスベルトは俺たちの方へと視線を転じた。
「えっと……確か、姉様の師匠の……カルナさん、だったでしょうか?」
「ああ」
「お久しぶりです。姉様がいつもご迷わ……お世話になっています」
言い直したぞ。
「お陰さまでここのところずっと王宮は平和でした。ありがとうございます」
「気にするな。確かに騒がしい奴だが、あれはあれでうちのパーティに必要な人材だ」
主におっぱい要員として。
「……むしろエレンさんこそいつも酷い目に遭ってる気がするのですが……」
ティラが何か呟いているが気のせいだろう。
「王様は無事なのか?」
「……今のところは小康状態にあります。だからこそ姉様を近付けたくなかったのですが……。姉様は病人に対しても容赦ありませんので……」
やはりフリではなく、本当に帰ってくるなという意味だったらしい。
……だったら最初から手紙を出さなければよかっただろうに。
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