第133話 気合なのだ

 エスベルトの案内で、王様の寝室までやってきた。

 護衛と思しき兵士たちが倒れている。エレンの仕業だろう。


 中から怒号と悲鳴が聞こえてきた。


「え、エレン!? なぜ帰ってきたのじゃ!?」

「いつまで寝ているのだ、父上! そんなことだから病気が治らぬのだ! 病は気から! 気持ちが強ければ、病になど打ち勝てるのだ!」

「わしをお前のような化けも――人間離れした存在と一緒にするなっ!」

「そんな甘いことを言ってるからダメなのだ! さあ今からあたしと不眠不休で訓練だ!」

「ひぃぃぃっ! 死ぬっ! わし本当に死んじゃうっ!」

「気合だ! 気合だ! 気合なのだぁぁぁっ!」


 お前はア〇マル浜〇か。


 中に入ると、王様はエレンによって裸に剥かれそうになっているところだった。


「おおっ、お主は確かカルナ殿!? エレンを止めてくれぬか!?」


 俺に気づいた王様が助けを求めてくる。

 パンツ丸出しなので威厳も減ったくれも無かった。


 仕方ない。

 俺はエレンの服を引き剥がしにかかった。


「何であたしが裸にされそうになっているのだ!?」

「そういう遊びをしてるんじゃないのか?」

「父上を訓練着に着替えさせようとしているだけだ!」


 ともかくエレンの蛮行を止めることに成功し、王様はベッドの中へと逃げ込んだ。


「うぅ……絶対に帰ってくるなとあれほど書いたのに……」


 中からそんな嘆きの声が聞こえてくる。

 だからそもそも手紙を出さなければよかったのにな。


 と、そのとき部屋の中に煌びやかな衣装を着た女性が入ってきた。


「あら。エレンさん、帰ってらっしゃったの?」

「母上、久しぶりなのだ」


 どうやらエレンの母親らしい。

 つまり王妃ということか。


 鑑定してみると、実年齢は四十二だった。

 さすがエレンの母親だけあって美人である。

 赤い髪は母譲りのようだな。


 だが随分とおっとりとした感じの女性だ。


「……母さぁん……わし、娘に殺されそう……」

「まぁ、エレンったら、お父さんを虐めてはいけませんよ」

「虐めてなどない! 気合を注入していたのだ!」


 そんな主張をするエレンがいては本当に国王が死んでしまいそうなので、彼女を引っ張って俺たちはいったん外へと出た。


「……で、ですが、思ったより元気そうですね?」


 パンツ姿の王様を見て頬を引き攣らせていたティラが、気を取り直したように指摘する。

 それに答えたのは第一王子のエスベルトだ。


「はい。ただ、不定期に凄まじい痛みに襲われるようでして……そのときは会話すらできないほどなんです。一応、何人もの治癒術師に診てもらったのですが、未だに病名も定かではなくて……」


 なるほど。

 まぁあれは回復魔法じゃ治らないしな。


「あの……実は、カルナさん、あなたに相談したいことが」

「俺に?」


 不意にエスベルトがおずおずと切り出してきて、俺は首を傾げる。


「別に構わないが」

「ありがとうございます。……えっと、ここでお話しできる内容ではありませんので、よろしければ僕の部屋までお越しいただけますか? あ、皆様も一緒に来ていただいても構いません。……姉様も」


 エレンについては若干迷った様子だった。


 そうして彼の案内で、王宮の廊下を進んでいく。

 その途中だった。

 またいかにも王族といった服装の女性と遭遇する。


「……脳筋女が何をしに帰ってきたのかしら?」


 じろりとエレンを睨みつけた彼女は、年齢的には二十歳くらいだろうか。

 長身のエレンよりだいぶ背が低く、随分と華奢だった。


「姉上……」


 鑑定してみると、どうやら彼女はエレンの姉の第二王女らしい。

 名前はイシュリナ。

 だが見た感じ、髪の色がエレンやエスベルトとは違う。


 俺の疑問を察したのか、


「……イシュリナ姉様のお母様は、僕やエレン姉様とは違い、第一王妃様なのです。第一王妃様は姉様がお生まれになったあとに亡くなられて……」


 エスベルトが小声で教えてくれる。


「決まっている。父上に会いに来たのだ」

「それはただの建前で、本当は王位を狙っているのではありませんの? でも残念。生憎とお父様があなたに王位を継承することなどありませんわ。だってそんなことしたら、一週間で国が潰れてしまいますもの」

「そんなつもりはない。あたしは剣に生きると決めているのだからな」

「……ふーん、そうですの」


 姉妹仲はあまりよくないらしいな。

 腹違いだから仕方ないのかもしれないが。


 ちなみにエレンやエスベルトと母親を同じくする第一王女はすでに他国に嫁いでおり、この国にいないようだ。


「それにしても、姉上は相変わらずモヤシみたいな身体をしている。顔は青白いし、下手をすれば父上よりも病人みたいなのだ。どうせ着替えも食事も入浴もすべて侍女に任せているのだろうが、せめて最低限のことくらい自分でやるべきだろう」

「うるさいですわ。あなたみたいな筋肉馬鹿と一緒にしないで欲しいですの。あたくしはあなたと違って正統派の王女ですもの」


 性格もかなり対照的のようだ。


「あの、姉様方……御客人もいることですし、あまり喧嘩は……」


 睨み合う姉妹に割り込み、仲裁しようとするエスベルト。


「……ふん。第一王子のあなたに免じて、今日のところはこの無礼な妹を許しておいて差し上げますわ」


 偉そうに鼻を鳴らしてから、第二王女は去っていった。


 それから俺たちはエスベルトの私室へと移動し。


「すいません、お見苦しいところを見せてしまいまして……」

「大変だな。面倒そうな姉ばかりで」

「はい……」


 エレンが声を上げた。


「それ、もしかしてあたしも入っているのか!?」


 むしろ自分は除外されていると考えている時点で論外だと思うぞ。


「それで俺に話というのは?」

「は、はい。……実は現在、父様の病気以外にも、大きな問題を抱えていまして……」

「王位継承の問題か」

「……そうなんです。王宮は二つの勢力で真っ二つに割れている状態でして……」


 つまり王様が死んだとき、誰が次期王の座を継ぐのか、第一王子派と、先ほどの第二王女派で争っている状態なのだろう。

 ありがちな話だ。


「原則的に王位には男が継ぐことになっているのですが、僕がまだ十歳であるということと、第二王妃の子供ということもあって、反対の声も強いのです」


 なるほど。

 対して向こうは女性だが、第一王妃の娘。

 年齢的な面での問題もない。


 あとせめて五年くらい王様が長生きしていれば、第一王子が断然有利だったのだろうが。


「それで、なぜそのことを俺に?」

「……その、レイン帝国を立て直したという話を窺いまして……」


 そういや、そんなこともあったっけな。

 どうやら彼はレイン帝国の男の娘皇帝・ジーナと知り合いらしく、彼から俺のことを何度か聞かされていたようだ。


「せめて何かアドバイスをいただければ嬉しいなと……。エレン姉様を手懐けていただいているばかりか、こんなことまでお願いするのはとても申し訳ないのですが……」

「なんかあたし、猛獣みたいに言われていないだろうか!?」


 ……ふむ。

 王位継承の問題は背後に様々な利権が絡まっていることが多いため色々と面倒なのだが……今回の件は別にそんなに難しそうではないな。


「要するに王様の病気を治せばいいだけだろ」

「えっ? 治せるんですかっ?」

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