第128話 目には目を、変態には変態を

「はぁ、はぁ……ったく、なんてダンジョンだ……」

「これは予想以上にキツイですね……」


 ダンジョンに潜り、まだ一、二時間程度しか経っていない。

 だというのに、オレたちはすでに疲弊のあまりぐったりしていた。


 それもこれも魔物やトラップが酷過ぎるせいだ。

 どれも殺傷力としては皆無に近く、その点では安全なダンジョンと言えるかもしれない。

 だがその代わり、ガリガリと精神力を削ってくるのである。


 媚薬入りの息を吐く人面キノコ。

 粘液に媚薬が混じっているスライム。

 落とされると媚薬入りのローションの海に転落する穴トラップ。

 喉の渇きを癒してくれると見せかけて、中に媚薬が入っているヤシの実。

 執拗に〝穴〟を狙ってくるぬるぬるの触手モンスター。


 媚薬多過ぎだろ。

 しかも時々置かれてある宝箱には、謎の性具が入ってやがるし。


 お陰でダンジョンのあちこちで、男の冒険者同士が――


 ……と、とにかく、そうした点を除けば、ダンジョン攻略の難易度自体は決して高くない。

 むしろ途中に温泉や食堂、酒場、宿泊所なんかがあったりして、冒険者たちの中にはのんびりとそれらを楽しんでいる者も多かった。


 オレたちはそういうのを無視して、とにかく先へ先へと進んできたため、何度も魔物やトラップの餌食になり、精神的に困憊しちまったが、気長に攻略するのなら比較的楽なダンジョンだろう。


「それでも何とか八階層まで辿り着いたぜ」


 全十階層だと聞いているし、あと少しだ。


「ぬおおおっ!? た、助けてくだされっ? 触手がっ、触手がわしの尻をおおおおっ!」


 って、ジジイがまた触手にやられてやがるっ!?

 何度目だよ、くそったれ。


「だからあれだけ触手には気を付けろって言っただろうが! 助けるのも命がけ――――もとい、尻がけなんだぞっ!?」

「すいませぬっ……はぅんっ! うぁっ!」

「おい変な声出すな!?」


 つーか、なんか顔が微妙に嬉しそうじゃねぇか、あのジジイ?

 まさか散々やられて、そっちに目覚めて…………いやダメだ考えないようにしよう。


 触手は尻を狙ってくる以外、何もしてこない攻撃性皆無(?)のモンスターなのだが、全身が粘液に包まれて弾力に富んでいるため、なかなか剣が通らない厄介なやつだ。


 結局、どうにかこうにか倒してジジイを助け出すまでに、オレは二回も掘られちまった。


「……くそっ、マジでケツが気持ち悪ぃ……」


 気持ち悪い以外の感想なんて出てきやしねぇ。

 いや本当に。

 だんだんと快感を覚え始めてるとか、んなことはねぇからな?


 ……ほ、本当だぜ?


 と、そのときだった。


「近い! 近いですよ! ご主人様がすぐ近くにいる感じがします!」


 同じくケツを何度か触手にヤられてぐったりしていたアルクが、不意に叫び出した。

 さらに紫苑が、


「確かに僕も感じる……! カルナ君の波動を…!」


 お前らほんとどうなってんだよ?

 もちろんオレはまったく感じない。


「まぁゴールが近づいてきてるってことだろ。先に進もうぜ」


 あの男が本当にこの先にいるのなら、その傍にはあのエルフもいる……はずだ。


 もし彼女と再会したら、ぜひケツに……

 ……って、違う! 

 何でそこでケツが出て来るんだよ!?


 オレは必死にケツのことを頭から振り払おうとするが、そのとき脳裏に天啓が降ってきた。


「いや、待てよ……? むしろ、それじゃねぇか……?」


 あのエルフ少女へケツを差し出すオレ。

 すると思いきり蔑んだ目をしながら、彼女は穴めがけて電撃を――


 ――ブヒイイイイイイイイッ!


 やべぇ……これだ。

 これしかない。



   ◇ ◇ ◇



 ぞくぞくぞくっ……。


「? どうしたのだ、ティラ? とても顔色が悪いようだが」

「い、いえ……なにか今、物凄い悪寒が……」



   ◇ ◇ ◇



「近い! 近いですよ! ご主人様がすぐ近くにいる感じがします!」


 どこかで聞いたことのある声が聞こえてきて、俺は嫌な予感を覚えた。


〈隠密・極〉スキルで姿を隠しながら確認してみると……そこにいたのは、いつぞやのイケメン冒険者である。


 何であいつがここにいるんだ……?


 しかも他にも見たことのある連中が。


 あのおっさん、アルサーラの冒険者ギルド長じゃねぇか。

 執務室でブリッジオ○ニーしてやがった変態野郎だ。


 それにあのじいさん、確かエレンの執事か何かじゃなかったか?

 生命値が低いくせに、エレンから死ぬギリギリまで殴られて喜ぶドMジジイだっけ。


 げっ……あいつは紫苑!?

 こいつは以前、女装して俺に夜這いをかけようとしてきやがったので、バシ〇ーラで強制転移させた鬼族の男だ。


『どうやら偶然にも四人が集合し、レイン帝国の入り口からこのダンジョンに入って来たようです』


 何でそんな変態ばっかが集まっちまったんだよ!?


『そして今まさに、もう一人の変態=マスターと合流しようとしているところです』


 俺をあいつらと一緒にするなって!


『ですが、このままでは彼らがダンジョンを攻略してしまうのも時間の問題かと』


 もう八階層まで突破されていた。

 万一、奴らにダンジョンクリアを成し遂げられてしまったら、クリア報酬を与えなければならない。


 その報酬は【イケメンの王様と結婚できます】

 つまり、



「俺だよ、コンチクショウ!」



 ちなみにこの報酬は、チートスキル〈ダンジョンクリエイト・極〉のシステムによって保護されているため、キャンセル不可能だ。

 後から勝手に報酬を変更することはできないのである。基本的には。


「何でそんな報酬にしたんだよ……」


 だ、だが!

 まだ奴らがこのダンジョンを攻略できるとは限らない。

 なにせ、最後には強力なボスが待ち受けているのだから。


『いえ、あの四人なら簡単に倒せるかと』


 ……や、やばい。

 強力と言っても、レベルはせいぜい60ちょいだ。


 そう言えば、紫苑のレベルって60越えてたっけ……?

 アルクやおっさんもレベル40前後はあったはずだ。


『今はもう少し強くなっています』

「くっ、だったら、もっと強力なボスを連れてくればいいだけだ!」


 てか、どうせなら絶対に勝てないと思わせるくらいの奴がいいな。

 あるいは、二度と挑みたくないと思わせられるような……


「っ! そうだ、あいつだ!」


 俺の脳裏に、ある人物(?)のことが想い浮かぶ。


「目には目を、歯には歯を、変態には変態を、ってやつだな」




    ◇ ◇ ◇




「はぁ、はぁ、はぁ……つ、ついにここまで来たぜ……」


 思い出したくないような目に幾度も遭いつつも、オレたちはどうにかボス部屋へと辿り着いていた。


「ここまできたら絶対にクリアしてやるぜ……ッ!」

「もちろんです! 僕たちならきっとやれます!」


 一体どんなボスが待ち構えているのか分からねぇが、こっちの戦力は十分だ。

 たとえレッドドラゴンだろうと怖くねぇ。


「行くぜ!」


 オレたちは扉を開くと、部屋の中へと躍り込んだ。


 そこにいたのは――



「うふふ、いらっしゃぁ~い❤」



 ピンクのフリフリ衣装を身に付け、ばっちりメイクをした筋肉ムキムキの巨漢だった。

 しかも背中には純白の翼が生えている。


「美少女天使のゲイビムちゃんでぇ~す、うっふん❤」


 不気味な笑みを浮かべながら、そいつは野太い声でそんなふうに名乗った。


 ……ど、どこからツッコんでいいのか分からねぇ。


 どう見ても美少女じゃねぇし、あんな不細工な天使がいるはずがねぇ。


「あら。突っ込むなら、こっちからよ?」


 お尻を突き出し、そんなことを言う化け物。

 ……そうだ。あれは美少女でも天使でもねぇ。


 化け物だ。


「にしても、思っていた以上に素敵なメンバーじゃなぁい。いきなりだってけれど、この仕事、引き受けてよかったわぁ……じゅるり」


 化け物のねっとりとした視線と舌なめずりする音に、背筋を凄まじい悪寒が走った。


「て、てめぇがボスってことか?」

「そうよ。こんな美しいボスが相手なんて、あなたたちついてるわねぇ。あたしもついてるけど、ここに。うふふふ……」


 化け物は股間を指差しながらまったく笑えない下ネタを吐く。


 そのとき紫苑が吐き捨てるように言った。


「……なんて気持ちの悪い存在なんだ。しかも自らを美と評するなんて……。美というのは、この僕にこそ相応しい言葉だ。貴様のような化け物には使ってほしくないね。言葉そのものが穢れてしまう」


 直後、


「……ああん? テメェ今なんつった?」


 化け物の纏う気配が激変した。


「「「~~~~っ!?」」」


 叩きつけられる圧倒的な殺気。

 自分で言うのも何だが、精鋭ぞろいのはずのオレたちが、それだけで一瞬にして戦意を吹き飛ばされて、身体を震わせながらその場に膝をついてしまう。


「な……なんだ、こいつは……?」

「か、勝てない……」

「ひぃっ……」

「? どうしたのですかな、皆様?」


 絶対的な力の差を前に愕然とするオレたち。

 ジジイだけはなぜか平然としているが……鈍感にも程があるだろ。


 化け物が青筋を浮かべながら近づいてくる。


「うふふふ……失礼な子たちにはお仕置きをしなくちゃねぇ?」


 や、やべぇっ……逃げねぇと……っ!


 慌ててその場から逃げ出そうとするが、恐怖で竦んだ身体はまともに動かなかった。

 地面を這うようにして移動するのが精いっぱいだ。

 アルクや紫苑も同じだった。


「ラブリーアターッッック❤」


「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!!」」」


 オレたちは全滅した。



    ◇ ◇ ◇



 ――変態どもの相手を変態がしている頃。


「あああああああああっ! いいいいいいいっ! いいよおおおおっ! カルナくぅぅぅぅぅんっ! やはり君の打擲は最高だぁぁぁぁぁぁっ!」

「くそおおおおおっ! 何で俺は裸の変態天使(♂)に鞭入れしてんだよぉぉぉっ!?」


 ゲイビムを召喚する対価として、俺もまた変態(ミカエール)の相手をしていた。


 って、わざわざゲイビム使った意味がまったくねぇぇぇぇぇっ!


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