第122話 ダンジョンダイエット

 どすん、どすん、どすん、という、とても女の子の足音とは思えない音を響かせ、ダンジョン入り口へと向かうエレン。

 やがて入口へと辿り着くと、


「……はぁ、はぁ……す、少し休憩させてくれ」


 と言って、その場にしゃがみ込んだ。


「もう疲れたのかよ!?」

「だ、だって、身体が重くて……もぐもぐ」

「そう言いながら食うな」

「ああ~」


 どこからともなく取り出して食べ始めた肉まんを、俺は横からひったくった。

 エレンは悲しそうな声とともに肉まんを目で追う。


「ダンジョンを無事に攻略することができたら、最高に上手いものを食わせてやるから」


 褒美で釣る作戦。


「ほ、本当か!?」

「ああ」

「よし! 俄然、やる気が湧いてきたのだ!」


 エレンは気合を入れて立ち上がろうとする。

 だが、


「……た、立てない」


 自力で立つことすらできないのか……。


 ともかく、エレンの〝ダンジョンダイエット〟が始まった。







「ひぎぃ……こんなの、無理ぃ……」


 1000段続く螺旋階段の300段辺り。

 そこで限界がきたらしく、エレンは座り込んでしまった。


「まぁそうなるだろうな」

「あの身体ですからね……」


 階段部はダンジョンの入り口であって、まだダンジョンの中ですらない。

 ちょっと長くし過ぎたかもしれん。


 ちなみにダンジョン内の様子は遠見の魔法でリアルタイムに確認できる。

 しかもスクリーンに映し出すこともできるので、大画面でエレンの全身を堪能することが可能だ。

 ……今はまったく色気を感じないが。


「お腹すいたのだ……」

「エレン、頑張れ」


 魔法で声を飛ばす。


「もうあと200段ほどで給食ポイントが待っているぞ」


 給水ポイントならぬ給食ポイントである。


「……献立は?」

「豆腐サラダ」

「いーやーだーっ! もっとがっつりしたものが食べたいのだ! カツ丼! ピザ! ラーメン! チーズインハンバーグ!」


 こいつダイエットする気ないだろ。


「じゃあ階段を下りきったらカツ丼を食わせてやる」

「頑張るのだ!」


 エレンは勢いよく立ち上がった。


 カツ丼を食べるためにダンジョンでダイエットをする姫騎士。

 もはや何言ってるか分からない。


 それからエレンは三時間近くもかかったものの、どうにか階段の一番下まで辿り着いた。

 ぜえぜえと息を荒らげ、びっしょりと汗を掻いている。


「カツ丼! カツ丼!! カツ丼!!!」


 頭の中はカツ丼でいっぱいのようだ。


 仕方がない。

 約束だから食べさせてやろう。


「もぐもぐもぐ! おかわり!」


 三十秒で平らげてしまった。

 しかもおかわりを要求してくる。


「ある訳ないだろ」

「……そ、んな……」


 絶望的な表情を浮かべるエレン。

 そんな彼女に再び〝アメ〟を。


「ずーっと直線が伸びてるのが見えるだろ? このダンジョンはそれだけなんだが、一キロ進むごとに給食ポイントが設けられている」

「……どうせまた豆腐サラダとかなのだろ……」

「次の給食ポイントはピザだ」

「よし、頑張るのだ!」


 ……ダイエットの前に食への欲望をどうにかしなければならない気がする。


 どこまでも長く伸びる通路を、エレンはゴール目指して走り――――歩き出した。


「ひぃ、ひぃ、ひぃ……」


 ひいひい言いながら歩き続けるエレン。

 十分ほど経ったところで振り返った。


「ど、どうだ? もうすぐ一キロではないか?」

「いや全然だぞ」

「なっ」


 まだ二百メートルほどしか進んでいない。


「くっ……」


 エレンは再び歩き出す。

 さらに十分ほど経ち、


「こ、今度こそ、もうすぐだろう!」


 振り返ったエレンは目を見開く。


「これだけしか進んでいないのか!?」

「ようやく五百メートルってところだな」

「ぐぬぬ……ピザまでの道のりがこんなに遠いとは……!」


 完全に目的が変わっている。


「ピザ……ピザ食べたい……とろりとしたチーズ……さっぱりしたトマトソース……」


 虚ろな目をして歩き続けるエレン。


 そしてついに一キロ地点に辿りついた。


「ピザだああああああっ!」


 俺が用意しておいたピザに凄まじい勢いで喰らい付くエレン。

 巨大サイズにしておいたというのに、あっという間に平らげてしまった。


「げふ……ああ、やはり何かをやり遂げた後のメシは最高なのだ……」


 その場にごろりと横になってしまう。


「おい、まだやり遂げてないからな? ダンジョンはもちろん、ダイエットもまだまだこれからだからな?」


 しかも今のピザで軽く2000キロカロリーは追加されただろう。


「分かっているのだ……だが今はしばし、休息を……」


 と、そのときだ。

 通路の先から人影が現れたのは。


「そう言えば言い忘れていたが、このダンジョン、ちゃんと魔物も出るからな」

「なにっ!?」


 オークである。

 豚頭の魔物は通路で寝転がるエレンを発見し、鼻を鳴らした。



「ブヒ(でぶ)」



「今こいつ、あたしを見てデブって言わなかったか!? オークに! オークにデブって笑われた!」


 あまりの屈辱だったのか、エレンは目を剥いて叫ぶ。


「いや、エレン。言いたくないが、はっきり言おう」


 俺は心を鬼にして断言した。


「今のお前、オークよりデブだからな」

「ふがっ!?」


 エレンは豚のような悲鳴を上げた。

 乙女(?)としてさすがにショックだったのだろう、ぷるぷると全身を震わせている。

 贅肉がぶるんぶると揺れた。


「ぜ、ぜ、絶対に痩せてみせるのだぁぁぁっ!」


 それからエレンは暴食の罪を悔い改め、頑張った。

 時々襲いくる魔物を倒しながら、長い長い通路を懸命に進んでいく。

 給食の量も減らした。


 しかしなかなか前に進まない。

 というのも実はこの通路、地面が逆ベルトコンベアになっているからだ。

 しかも先に行くほど速度が上がるという仕様である。

 なので下手なペースではむしろ後退してしまう。


『なかなかの鬼畜仕様ですね』

「だがこれを乗り越えたとき、エレンは元の美しい身体を取り戻すはずだ! 頑張れ、エレン! 負けるな、エレン!」


 ちなみにBGMはZ○RDの『○けないで』である。






 そして、数時間後――


 ついにエレンがゴールまであと一歩のところまで迫っていた。


「エレン! もう少しだ!」

「エレンさん、あと少しです!」

「ママがんばってーっ!」

「ん」


 最後の声援をエレンに飛ばす。

 俺だけでなく、みんなも一緒になって応援してくれている。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 最後の力を振り絞って走るエレン。

 ベルトコンベアの速度もかなり上がっているため、苦しそうだ。


 それでも少しずつ終わりが近づいてくる。


 あと100メートル。


 あと50メートル。


 あと10メートル。


 あと5メートル。


 そして、エレンがついに通路の終着点へと辿り着く――


 バンッ、と通路の先にあるボス部屋の扉が開いたかと思うと、中から巨大なスライムが飛び出し、エレンに強烈なタックルを見舞った。


「ぐげっ!?」


 吹き飛ばされるエレン。

 数十メートル先に落下した彼女は気を失い、そのままベルトコンベアに運ばれてスタート地点へと戻っていった。




「そういや、部屋に入ろうとしたらボスがいきなり飛び出して攻撃してくるっていう、初見殺しのトラップを仕掛けてたんだっけ」

『マスター、鬼畜です』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る