第114話 勇気の試練

 ロッククライミングを経て辿り着いたダンジョンの入り口に何かいた。

 真っ黒い球状の物体に、胴体がくっ付いた奇妙な生き物だ。

 頭部と思われるその黒い塊には、目と口の他に、まん丸い鼻とほっぺが三つ並んでいる。


「ようこそ、勇気の洞窟へ! 勇者には最も必要なもの! それが勇気さ! だからこれから君たちの勇気を試させてもらうよ! あっ、ボクはこの試練のマスコットキャラクター、アンアンマンだよ!」

「アン○ンマン?」

「違うよ! アンアンマンだよ!」


 どうやらあの頭、すべて餡でできているらしい。


「ちなみに外はこしあん、中はつぶあんさ!」


 何で餡を餡で包んじゃったんだろうな……。


 アカネが目を輝かせて、


「すごーい! お腹が空いたら顔を千切って食べさせてくれるのかなっ?」

「え? ご飯を上げるのは親の仕事でしょ? 何でボクがそんなことしなくちゃなんないの?」


 ……くれないらしい。


「しかも顔を顔を千切るとかwww グロ過ぎwww そんな奴どこにいんのwww」


 アン○ンマンがめっちゃディスられてる……!


「ていうか、何でこの世界にこんなパロキャラがいるのよ!? しかも色々と酷いし!」

「……子供たちのトラウマになりそうです」


「アン○ンマンとやなせ先生に謝るべきだな」

「そんな格好している君にだけは言われたくないけどね? もうそれだけで十分に勇者だよね? 試練必要ないよね?」


 俺だって餡子剥き出しにしてる奴にだけは言われたくなかった。


『マスター、こういう言葉があります。〝どっちもどっち〟』


「……勇気と言うより、単に恥を感じる機能が壊れているだけでは……?」


 そしてメグミが一番手厳しい。


「さあ、最初の課題だよ! 向こう側に渡ることができればクリアだ!」


 アンアンマンが指し示した先にあったのは、底がまるで見えない巨大な穴。

 幾つもの柱がそれを貫いていて、そこを足場にしていけば向こうへ渡ることができそうだ。


「わー、怖~い」

「こ、これ、落ちたら死ぬわよね……?」

「……ひぇっ」


 柱の足場は人が一人どうにか立てるくらいの大きさ。

 足場同士の距離はせいぜい一、二メートル程度なので、ジャンプすれば飛び移るのは簡単そうだ。


 ただし恐怖は足を竦ませる。

 確かに勇気が無ければ向こう側まで辿り着くのは難しそうだ。


「あたしから行くねっ」


 アカネがぴょんぴょんと柱から柱へと飛び移っていく。


「よ、よくそんな平然といけるわね……」

「あ、茜ちゃんは、危険を危険だと感じられるだけの頭がないから……」

「……」


 怖がりながらも、それにキョウコとメグミが続いた。


 アカネはすでに半分を超えている。

 キョウコも【剣士】だけあって順調だ。

 一番ビビっていたメグミだが、何とか頑張って進んでいる。

 三人とも意外と高いところは平気なようだ。


 そして俺はと言えば、まだスタート地点で、彼女たちがジャンプした瞬間に捲れ上がるスカートの中を覗こうと地面に伏せていた。

 パンチラ! リアルJKの生パンチラですよ!


 ちなみにすぐ隣ではアンアンマンが同じような体勢でパンチラを拝もうとしている。

 おお、心の友よ!


「あんたら何やってんのよ!? 死ね!」


 キョウコがブン投げてきた剣がアンアンマンの頭部に突き刺さった。







 四人とも無事に向こう岸へと渡り終えた。


「よく頑張ったね! 最初の課題クリアだよ!」


 頭に剣が突き刺さったままのアンアンマンが言う。

 餡でできているので痛くないのだろうが、何ともシュールだった。


「まぁこんな感じで何個か課題が続くから、適当に頑張ってよ(鼻ホジ)」


 餡子の鼻くそを穿るアンアンマンに見送られる。

 どうやら彼の役目はチュートリアルだけらしい。

 別にそんなの要らないだろと突っ込んではいけない。


「……あのマスコット、別に必要なかったですよね……」


 あー、言っちゃった。


 洞窟を先へと進んでいく。

 すると突然、視界が真っ暗になった。


「きゃっ、な、何っ!? 停電!?」

「いや最初から電気なんてないだろ」


 さっきまではダンジョン的な謎パワーで視界が確保されていたのだろう。

 だが今は完全な闇だ。


「どうやらこれが次の課題のようだな」

「こ、怖いですね……」

「どっちに進めばいいか分からないよー」

「ねぇみんないる!? いるよね!?」

「いるいる。とりあえず声は聞こえるみたいだな。互いに声を掛け合いながら進んで行こう」

「ぜ、絶対、置いて行かないでよ!?」


 キョウコは高いところは平気だったが、どうやら暗闇は苦手らしい。


「ひぃっ!? な、何か柔らかいものに手が当たったんだけど!?」

「安心しろ。それは俺だ」

「な、なんだ、あんたか……」

「ただし俺の尻だけどな」

「いやああああああああっ!?」

「怖いなら掴んでていいぞ?」

「何で手を繋ぐみたいな感覚で言ってんのよ!?」


 しばらく暗闇が続き、やがて明るくなった。


「二つ目の課題クリア。楽勝だったな」


 さらにその後も順調に課題を攻略していく。

 具体的な内容は割愛するが、いずれも勇気の試練らしい課題だったとだけ言っておこう、うん。


 そして、ついに俺たちは最後の課題へ。


「よくここまで辿り着いたね。ここが最後の課題の場だよ」

「あっ、アン○ンマンだー」


 再び登場したアンアンマン。

 先回りしていたようだ。


「で、どんな内容なんだ?」

「ふふふ、それはね……このボクを倒すことさ!」


 突如としてアンアンマンの身体が膨張を始めた。

 筋肉が膨れ上がったのだ。

 着ていた服が弾け飛ぶ。


「これは……亀○人っ!」


 そう。

 まさに、フルパワーでか○はめ波を放つときの亀○人である。


「なるほど、お前はこのダンジョンのボスであるというわけか」

「その通り。オレを倒すことができれば、お前たちはこの勇気の試練を完全攻略したことになる。ただし、負けた場合は――」


 ムキムキになったアンアンマンが低くなった声で告げる。

 口調も変わった。


「――ここで死んでもらう」


 周囲の空気すらも変わる。

 本気だ。


「ちょ、ちょっと……」

「……つ、強そうです……」


 その威圧感に、思わず後ずさるキョウコとメグミ。

 だが入り口の扉は固く閉じられており、ボス部屋から出ることができない。


「そんなことでは魔王を倒す事などできないぞ?」


 ムキムキのアンアンマンが一歩、前に出る。

 と、そのとき、


「ファイアーランス!」

「――あぢぃ!?」


 炎の槍がアンアンマンの頭部に直撃した。

 放ったのはもちろん【魔法使い】のアカネである。


「熱い熱い熱い!?」


 頭部に火が付いてしまったアンアンマンは、床の上をゴロゴロ転がって必死に消火しようとする。


「……え?」

「……?」


 どうにか火を消すことに成功し、アンアンマンは立ち上がった。


「ほ、ほう。なかなか勇敢な者もいるではないか……」


 強がってはいるが、声が苦しそうだ。

 たった一撃で大ダメージを負ったらしい。


「もう一発いくよ!」

「あっ、ちょっとタンマ――」

「ファイアーランス!」

「ぎゃーっ!?」


 アンアンマンは悲鳴を上げて逃げ惑った。


「……もしかしてあいつ、弱い?」

「みたいですね」

「待てって言ってるだろ!?」

「ファイアー……」

「こ、降参! 降参するから、もうやめてくれ!」


 アンアンマンはあっさりと白旗を上げてしまった。

 だがアカネはそれを無視して、


「ファイアーランス!」

「やめろって言ってんだろ!?」

「餡子って焼いて食べると美味しいんだよね」

「まさかお前、オレを食べる気か!?」

「うん」

「いやいやいや、普通、この姿見たら食欲なくすだろう!?」

「別に?」

「なくしてくれよ!」


 アンアンマンは元の姿へと戻ってしまった。


「ふぅ、まったく、これだから最近の若い者は……。ともかく、この通りボクはとても弱い。要するに見た目に騙されちゃダメって教訓だね。どんなに相手が強大に思えても、決して怯まず、諦めないこと。これは勇者にとってとても大事なことだよ」


 意外とまともなこと言ってる気がする。


 どうやら強そうなのは見た目だけで、果敢に立ち向かう勇気さえあれば簡単に突破できるものだったようだ。


「ということは……」

「うん、勇気の試練、見事クリアだよ! おめでとう!」


 これで一つ目の試練は無事突破のようだ。





「ねぇやっぱり食べちゃだめなの?」

「ダメだって言ってるでしょ!」

「いけず。せっかく美味しそうに焼いたのに!」

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