勇者召喚に自分から巻き込まれてみた編

第111話 勇者召喚に巻き込まれたおっさん、即帰還させられる

 私の名前は新野新之助。

 四十二歳の会社員だ。


 私はこの歳ながら未だに独り身だ。

 両親や友人たちからは頻りに結婚を勧められている。

 何度か女性を紹介されたこともあった。


 自分で言うのもなんだが、紹介されて会うことになった女性の多くが私に好感を抱いてくれて、ぜひ結婚を前提としたお付き合いを……と、積極的になってくれた。

 その中には容姿や性格などにおいて、結婚相手としては申し分のない人も沢山いた。


 だが申し訳ないことに、私はそのすべてをお断りしてきた。

 やはり私の好みに合わなかったことが、その一番の理由である。


 なぜなら私は――



 ――女子高生が好きだからだッ!!!



 ああ、女子高生!

 あの子供から大人へと変わるちょうど境目の、人生でたった一度しかない儚い時間。

 女性が最も美しくなるのはその時だと、私は確信している。


 そんな私にとって、二十歳過ぎの女など対象外。

 どんなに美人だろうと、女子高生でなければダメなのだ。


 つまるところ、四十二歳の私は完全に詰んでいる。

 女子高生と付き合うことを、社会が許してくれないからだ。


 しかし!

 しかしだ!

 見るだけなら犯罪ではないのだ!


 最近のお気に入りは、通勤途中によく見かける女子高生三人組だ。


「メグっち、おっはよー!」

「お、おはよう……茜ちゃん……ひゃわっ?」

「やっぱりメグっちの身体は柔らかくて気持ちがいいよー!」

「ちょ、ちょっと、やめてよぉ、茜ちゃん……」

「こら、茜。朝から何やってんのよ!」

「あ、京っち! おっはよー! 見ての通り、メグっち成分を吸収しているのだ!」

「み、みんな見てるでしょうがっ。恥ずかしいから早く離れなさいよ」

「仕方ないなー。じゃあ、あと五分」

「ふえええっ!」


 じゃれ合う女子高生たち……なんという眼福だろう。

 しかも三人ともアイドル並の美少女ときたら、股間が膨らんでしまっても致し方のないことだろう。


 ちなみに、匂いを嗅ぐのも犯罪ではない。

 ポーカーフェイスは得意だ。

 どこにでもいるごく普通のサラリーマンを装いながら(いや普通のサラリーマンだが)、私は秘かに彼女たちの背後を通り、その香りを堪能する。



 くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんか――



 おっと、少々堪能し過ぎたようだ。


 ちなみに女子高生マイスターを自称する私の手にかかれば、匂いだけで彼女たちの健康状態や気分、さらには今朝の食事などのパラメーターを察知することができる。


 そんな私が断言しよう。


 彼女たちは全員が処女!


 間違いない。

 ちゃんと処女膜の匂いがするからな。


 至福の時間も長くは続かない。

 先に見えるあの交差点で、彼女たちは左に曲がってしまうのだ。

 それまでに今日一日、仕事を乗り切るためのエネルギーをしっかりと蓄えねば!


 と、そのときだった。

 突然、彼女たちの足元に複雑な文様が現れたのは。

 まるで魔法陣のような……


 ま、まさかこれは……!?


 脳裏を過ったのは、私が最近ハマっているウェブ小説。

 いわゆる異世界モノと呼ばれる作品群が流行っており、独身のため休日になると暇を持て余し気味の私も幾つか連載を追い駆けていた。


 普通の高校生が勇者として異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救う。

 そうした超王道的なパターンを捻った作品が多い。

 その中には、高校生の召喚に普通のサラリーマンが巻き込まれ、勇者以上に大活躍するというストーリーもあった。


 その魔法陣らしきものは、彼女たち三人をちょうどすっぽり取り込むように展開されている。

 彼女たちより二メートルほど後方にいた私は、咄嗟にその中へと飛び込んでいた。

 足元の魔法陣に「え? 何これ?」と驚いていた彼女たちが、今度は突然接近してきた私に驚いて「ひっ?」と悲鳴を上げたが、このチャンスを逃すわけにはいかない。


 直後、視界が真っ白に染まったかと思うと――


 私は彼女たちとともに見知らぬ場所に立っていた。

 大聖堂という言葉が相応しい、荘厳な空間だ。


 ひゃっほ~~~う!

 私は歓喜した。

 無事に勇者召喚に巻き込まれることができたのだ!

 私を待っているのは、この可愛い女子高生たちとのきゃっきゃうふふの魔王討伐の旅(謎)!


「悪いがその立場、俺が貰ったぜ」

「え?」


 次の瞬間、またしても私の視界が真っ白に染まる。

 そして気づけば、いつもの通勤路に立っていた。


「……は?」


 あの女子高生たちの姿は無い。


 まさか、私だけが元の世界に戻された……?


「あああああああああああああああっ!」


 私は慟哭した。

 その場に崩れ落ちると、人目をはばからず地面を叩きながら泣き叫んだ。

 なぜだ!? なぜ私だけ戻って来たんだ!?

 私も女子高生たちと一緒に魔王と戦いたいのにッ!


「女子高生っ! 女子高生っ! 女子高生っ! 女子高生ぃぃぃぃぃぃっ! うあああああああああああああんっ!」





 警察が来た。




   ◇ ◇ ◇




「何なのよ、ここは……?」

「え、なになに? 何が起こったのっ?」

「ふぇぇっ……?」


 自分たちが荘厳な空間のど真ん中に立っていることに、大いに困惑する少女たち。


「……どうやら異世界に転移させられたようだな」

「い、異世界……? ……って、あんた、誰よっ?」


 黒い髪を頭の後ろで一本に束ねた少女がこちらを振り返り、警戒する。


「心配するな。俺も日本人だ。お前たちと一緒にこっちに飛ばされたんだろう」

「そ、そう言えば……さっき、いきなり変な人が突っ込んできたような……」


 おどおどとした小柄な髪の少女が呟く。


「それが俺だ」

「どう見ても別人だったわよね!?」

「見間違いだろ」

「いやいや、あれ完全におっさんだったでしょ!? しかもあいつ、いつも秘かにわたしたちに近づいてくる怪しいおっさんだったし! ああいう変態ほんとに怖いし、お巡りさんに言おうかと思ってたのよ!」


 おっさん、バレてるやん。

 だが一つ言いたい。


「女子高生の匂いを嗅ぐくらい許してやれよ――――ッ!!!」

「こいつも変態だった!?」


 活発そうな印象の少女が首を傾げた。


「ねぇねぇ京っち、あたし、もしかして臭い?」

「……茜、そういう話じゃないから」

「違うん?」


『……一体、何をしているのですか、マスター?』


 見ての通り、勇者召喚に巻き込まれてみました。


『巻き込まれたのは別の人でしたよね? 強引に割り込んだと言うべきかと』


 いやいや、責められる筋合いはないぞ。

 むしろ俺はこの女の子たちを女子高生好きの変態から護ったんだからな。

 褒められるべきだろう。


『確かに、あの男性と比べれば、マスターの方がかもしれませんが……』


 おっと、どうやら彼女たちを召喚した連中が来たようだぞ。


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