第106話 水没魔城
――公爵級悪魔レヴィア拠点『水没魔城』
その最奥に位置する玉座に、妖艶な美女が腰掛けていた。
柔らかな笑みを浮かべる美貌に、少し青みを帯びた透き通るような肌。
それを局所的に覆う煌びやかな鱗は、さながらドレスのようだ。
退屈を弄ぶかのように、周囲を遊泳する色とりどりの魚たちをうっとりと眺めている。
その幻想的な光景はまるで絵画のようだった。
しかし彼女こそが、ここ魔界において魔王に次ぐ規模の領地を治めている最上級悪魔の一角。
この拠点の主、公爵級悪魔のレヴィアである。
「レヴィア様!」
「あら、どうしたの? そんなに慌てて」
突然割り込んできた騒々しい部下の声に、彼女はのんびりと応じた。
「大きな魔力がこの城に近づいて来ています!」
「大きな魔力?」
「恐らく公爵級かと!」
まさか、公爵級悪魔が自ら攻めて来たのか。
さすがの彼女も表情を険しくした。
通常、悪魔の拠点を攻める場合、侵攻側は最低でも相手の三倍の戦力が必要とされている。
それは魔界の常識だ。
ゆえにこの拠点に攻めてきたとなれば、当然ながらそれだけの戦力を用意しているということになる。
だが果たしてそれだけの戦力を集めることが可能だろうかと、レヴィアは思案する。
近年、彼女は次々と新たな爵位持ち悪魔を配下に加えており、勢力を伸ばしつつあった。
全部で六体いる公爵級悪魔の中では、恐らく今や一、二を争う戦力を有するだろう。
まさか、公爵級同士が手を組んだのか?
あり得ないことだ。
なぜなら彼らは皆、プライドの塊。
そして長年に渡る犬猿の仲である。
協力し合うなど、絶対にないと言い切れる。
あるとしたら、それは魔王が魔界全土への侵略に乗り出した場合くらいだろう。
「相手の勢力はどれくらいかしら?」
「そ、それが……その大きな魔力一つしか、感知できていないのです」
「……どういうこと?」
レヴィアは首を傾げた。
「部下も何も引き連れず、公爵級悪魔が単体で近づいてきているということ?」
「お、恐らく……」
どうにも理解しかねる話だった。
あるいは侵攻が目的ではなく、対談を求めているのか?
しかしそれならあらかじめ連絡を寄こすはずだ。
いきなり単身で拠点に近づいてくるなど、宣戦布告と取られても仕方がない行為である。
「何を考えているのか知らないけれど、一体どの公爵級かしら……? もしかして落ち目のベルフェーネあたりが自棄になったとか? ふふふ、それならあり得ないこともないかしら?」
頭の悪い公爵級の顔を思い出して、愉悦交じりに微笑むレヴィア。
他ならぬ彼女の手によって、ベルフェーネは徐々に領地を剥ぎ取られつつあるのだった。
◇ ◇ ◇
「へっくしょーーーん!」
と、ベルフェーネが盛大なくしゃみを炸裂させた。
「誰かあたしの噂してるのかしら……?」
鼻を啜りながら呟く。
「おっ、もしかしてあれか? レヴィアって悪魔の拠点がある湖ってのは」
「……そうよ」
ベルフェーネの案内を受けてやってきたのは、広大な湖。
魔界にしては随分と綺麗で水が透き通っている。
その水底に巨大な城が見えた。
あれこそが公爵級悪魔の根城だという。
「……ほ、本当にあそこに突入するつもり?」
「今さらなにビビってんだよ」
「最初から拒否ってたでしょうが!? ていうか、あんたは召喚魔法で勝手にあたしを呼び出すんだから、付いていくしか選択肢がないでしょ!」
ベルフェーネは一頻り喚いてから、
「……見ての通り、あいつの拠点は水の中。あたしなら数時間くらいは息を止めてられるけど、どう考えても不利よ。ていうか、そもそも人間のあんたはって何でいきなり脱ぎ出してんのよぉぉぉっ!?」
「いや、服が濡れるのは嫌じゃん?」
俺は全裸になっていた。
パンツも脱いですっぽんぽんである。
「せめてパンツくらい履きなさいよ!?」
ベルフェーネは顔を手で覆いながら叫ぶ。
しかし指と指の隙間からちらちらと俺の股間を見ていた。
やれやれ仕方ないな……と肩を竦めつつ、俺は水着を履いた。
ブーメランパンツである。
「ほら、お前も早く着替えろ」
「あたしにもそんな変態みたいな恰好しろっていうの!?」
「全国のブーメランパンツァーに謝れ」
『……ブーメランパンツァーって何ですか、マスター?』
まぁ確かに見た目は明らかにヤバイけどな。
なのに競泳用として定着しているせいか、誰も批判できない点がブーメランパンツの素晴らしいところだと思う。
「女性用の水着があるから。少しでも水の抵抗が無い方がいいだろ」
「し、仕方ないわね……って、付いて来ないでよ!? 着替えるんだから!」
岩陰で水着に着替え、ベルフェーネが姿を見せる。
ちなみに最初はマイクロビキニを渡したのだが、さすがにエレンのように騙されて着てしまうなんてことはなかった。残念。
「これでもまだ布面積少ないんだけど……」
ビキニ姿のベルフェーネが居心地悪そうに身を捩っている。
「てか、悪魔なんだから普段からもっと大胆で扇情的な格好をしててもいいと思うんだが」
「あたしを淫乱系の悪魔なんかと一緒にしないでよ!」
どうやら悪魔でも貞操観念はそれぞれらしい。
さらに俺は前に人魚たちも使っていた魔法を使用する。
これがあれば水中でも呼吸ができ、水圧の影響を最小限に抑え、さらには水に濡れることも防いでくれるのだ。
「ちょっ、そんな魔法があるなら水着に着替える必要なんてなかったわよね!?」
「さあ出発だ!」
「ねぇ! ねぇってば!?」
俺はベルフェーネの手を引いて湖へと飛び込んだ。
城は厚い外壁と結界に護られていて、正面の門からしか入場が許されていないようだ。
壁も結界も破壊できなくはないが、ここは大人しく入り口を通るとしよう。
門扉はいらっしゃいませとばかりに大きく開かれていた。
城内に誘い込んだ方が、むしろ対処しやすいということなのかもしれない。
〈探知・極〉でトラップに注意しつつ、俺たちは城内へと突入した。
内部はやはりダンジョンのようになっていた。
最初に俺たちを出迎えてくれたのは広大な空間。
色とりどりの珊瑚が群生する、珊瑚の庭園とも言うべき美しい場所だ。
だがジャングルめいたここは、侵入者を排除しようとするハンターたちにとって、実を隠しながら攻撃できる絶好の場所でもある。
近くを通りかかったとき、珊瑚の中に身を潜めていた魚――ピラニアのような鋭い牙を持っている――が一斉に飛び出してきた。
「無駄よ」
ベルフェーネの身体に噛み付いた途端、一瞬にして身が腐って骨だけになっていくピラニア(っぽい魔物)たち。
〈腐蝕・極〉スキルを持つ彼女は、ありとあらゆるものを腐らせ、蝕むことができる。
あんな風に直に触れるなど自殺行為だ。
「エンガチョ」
「あたしは別に汚くないわよ!?」
一方、俺の方に襲い掛かってきたピラニアたちは、自慢の牙があっさりと折れていく。
物耐が高過ぎる俺の肌には噛み付くことすらできないのだ。
「しかし珊瑚にピラニアって、生態系めちゃくちゃだな」
さらにはピラニアの群れの突撃が合図だったかのように、槍のように尖った口部を持つダツっぽい魔物の群れや、電流を身に纏ったナマズっぽい魔物の群れ、毒を持ったヒトデっぽい魔物など、次々と襲い掛かってきたが、俺たちの敵ではなかった。
「おっ、今度はデカいのが出てきたぞ」
そんな俺たちの前に続いて立ちはだかったのは、有名な巨大イカのモンスターだ。
「クラーケンよ!」
五匹いる上に、どいつも全長二、三十メートルはある。
「触手プレイキタァァァ!?」
「来ないわよ!」
「確かに、さすがにあの大きさの触手は入らないか……」
「どこに入れる気!?」
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