第103話 ダメだこいつ、早くどうにかしないと……

 天獄一階。

 獄門を入ってすぐのところにある巨大な広間に、この天獄にいるほぼすべての看守天使と模造天使たちが集っていた。


 天獄内では転移魔法を使うことはできない。

 ゆえに脱走しようとすれば、この場所を通るしかなかった。


 予想通り、やがてこの一階の迷宮フロアの方から双子の天使たちが姿を現す。


「遅かったねぇ、ルシーファ、ガブリエナ」

「……っ! 兄……さん……」


 ミカエールは極秘のルートを通って先回りし、妹たちを待ち構えていたのだった。


「ここまで何の妨害も無いからおかしいとは思ってましたが、ここで待ち伏せしていたんですわね……」

「ふふふ、幾ら君たちと言えど、ここを突破することはできないだろう?」


 忌々しげに顔を歪める妹へ、ミカエールは口端を吊り上げて笑いかける。


「さあ、お前たち。遠慮はいらない。彼女たちを捕えるんだ」


 ミカエールの命令に応じて、まずは模造天使たちが一斉に動いた。

 その数は全部で五千体以上。

 一体一体の戦闘力こそ姉妹たちに遠く及ばないが、圧倒的な数がそれを覆すだろう。


 そのときだ。

 迫りくる模造天使の大群を前に、見たことのない天使が立ちはだかったのは。


「ゲイビム、何だあの男は? そう言えば、先ほどもいたようだけれど」

「分かりませんわぁ。あたしも知らない顔ですし」


 傍にいた看守長のゲイビムに確認するが、彼女(?)も首を振った。


「まさか、ガブリエナの彼氏……っ? くっ、だとしたら許さんぞ! あの天使だけは殺してしまえ!」


 天使長ミカエールはシスコンでもあった。

 ……変態属性が多すぎて渋滞を起こしている。


 先陣を切った模造天使たちが、今まさにその謎の男天使と激突しようとしたとき。

 その天使が拳を前方に突き出した。


 直後、巻き起こった凄まじい衝撃波が、五十体を超す模造天使たちを一瞬にして粉々にした。


「……は?」


 予想だにしなかった光景に、ミカエールは思わず頓狂な声を漏らす。


 目の前で他の模造天使たちが瞬殺されるも、感情を持たない彼らは怖れることなく命令を忠実に果たそうとする。

 だがその男天使が右足を振るうと、それだけで発生した音速を軽く越す衝撃波が、模造天使たちを文字通り一蹴してしまう。


 目標に到達することすらできず、次々と粉砕させられていく模造天使たち。

 瞬く間に数が減っていく。


 その信じがたい光景に怯えたのが、意志のある看守天使たちだ。

 こうした事態に対処できるよう、いずれも腕に覚えのある天使たちばかりだったが、その場でただ呆然と立ち竦むことしかできない。

 近づけば、自らもあの模造天使たちと同じ末路を辿るだろうと誰もが確信していた。


「うふふ、なかなかやるじゃなぁい?」


 そんな中、妖艶(不気味)で好戦的な笑みを浮かべ、ゲイビムが前に出た。

 筋肉ムキムキの看守長は、謎の天使に真正面から突っ込んでいく。


「ラブリーアターッッック❤」


 いきなり出た。彼女の必殺技だ。

 技と言っても、天力と筋力を全開にした単なる全力のタックルである。

 ただしキス顔での。


 彼女が言うには、魅惑のキス顔が相手を回避不能状態にするのだという。

 美しい天使とキスができるのなら、死んでもいいと誰もが思ってしまうというのだ。

 ……本当はそのキス顔の悍ましさに恐怖し、身を竦ませて動けなくなっているだけなのだが。


「す、スキル〈反転・極〉っ」

「っ!?」


 謎の天使まであと数メートルにまで迫ったとき、突如として彼女の突進の向きが変わった。

 まったく同じ速度で、通ってきた軌道を完全に逆走していく。


 あのタックルの最大の弱点は、すぐには止まることができないということ。

 ゲイビムはそのまま看守天使たちのところへと突っ込んでいった。

 ぎゃああああっ! ひいいいいいっ! という阿鼻叫喚の悲鳴が轟くが、天使たちは前述の理由により逃げることもできない。


「おえええ……さすがに今の攻撃は危なかった……ある意味で……」


 一体ゲイビムに対して何をしたのかとミカエールは驚く一方で、当の謎天使は顔を青くしてえずいていた。


「さすがですわ」

「……すごい……」


 妹たちがその謎の天使を称賛している。

 シスコンのミカエールにとって、それは面白くない。


「いいだろう。このぼくが直接、相手をしてやろう」



   ◇ ◇ ◇



 どうやらついにあいつが自ら出てくるようだ。

 イケメン天使が煌々とした輝きを放ちながら近づいてくる。

 その神々しい姿は、さっきまで妹に尻を鞭で叩かれて喜んでいた奴とは思えない。



ミカエール 824歳

 種族:天使族

 レベル:‐

 スキル:〈天力・極〉

 生命:40000/40000

 魔力:15000/15000

 筋力:4000

 物耐:4000

 器用:4000

 敏捷:4000

 魔耐:4000

 運:4000



 さすがは天界の頂点に君臨する天使長だ。

 ルシーファやガブリエナ以上のステータスである。

 さらにミカエールは、その手に巨大な弓を顕現させた。


・天弓ジャスティス:ミカエール専用の弓。攻撃力+2000 天力倍化。


「堕天使の脱獄を補助した罪で、これより貴様を処刑する」


 ミカエールはそう判決を下すと、天弓の弦を引き絞った。

 放たれたのは無数の光の矢。

 さながら流れ星のシャワーだ。

 それらは獲物を逃がさぬとばかりに網のように大きく広がりながらも、凄まじい速度で一斉に襲来する。


〈反転・極〉スキルなら矢のベクトルを変えることができるだろうが、一度に複数の現象に対して使用することはできない。

 あれだけの数の矢となれば対処不可能だ。


「ま、〈反転・極〉以外にも幾らでも防御手段はあるけどな」


 俺は天使の翼をはためかせ、自らその矢の雨の中へと飛び込んでいった。


「〈絶対防御・極〉発動」


 次の瞬間、俺の身体に光の矢が直撃する。

 しかし俺はまったくの無傷だ。


〈絶対防御・極〉は、一定時間あらゆる攻撃を防いでくれる防御系の最強スキルである。

 次々と光の矢が俺を貫かんと襲い掛かってくるが、痛くも痒くもない。


 ただ……めちゃくちゃ眩しいな。

 気づけば視界が光に覆い尽くされていた。

 目がちょっとチカチカするぜ。


 それも数秒程度のことだった。

 視界が晴れたときには、驚愕のあまり口をぽかんと開けたミカエールの姿が目の前にあった。


「ば、馬鹿な……ぼくの必殺技が……」


 愕然とするミカエールへ肉薄し、その顔に拳を叩き込むのは簡単なことだった。


「ひでぶっ!?」


 顔面(イケメン)を凹ませ、間抜けな悲鳴とともに吹っ飛んでいくミカエール。


『マスター、相変わらずイケメンには容赦しませんね』


 天使長がぶっ飛ばされるという信じがたい光景を前に、看守天使たちは言葉を失っていた。

 その隙に、俺たちは天獄を脱出しようと出口へと向かう。

 すぐ脇を素通りされても、俺たちを止めようとする者は誰一人としていなかった。



   ◇ ◇ ◇



「ミカエール様! 無事かしらぁ!?」


 ゲイビムが慌てて駆け寄った先には、壁にめり込んだ天使長の姿があった。


「……ぐ、はっ……」


 どうにか生きてはいるようだ。

 壁から這い出してくる。


「み、ミカエール様……」


 ゲイビムが息を呑んだのは、謎の天使に殴られた天使長の顔。

 天界一の美男使と謳われたそれが、見るも無残なものへと変わり果てていたのだ。

 元が美しかったからこそ、あまりにも痛ましい。


 もちろん天使の自然回復力があれば、すぐに治るだろう。

 しかし心に刻まれた屈辱はそうはいかない。


「……ゲイビム」

「は、はいっ!」


 いつになく真剣な声で名を呼ばれ、ゲイビムは筋肉を震わせて背筋を伸ばす。

 一体何を命じられるのだろうかと、息を呑んでいると――


「ぼくはついに見つけたよ! 彼だ! 彼こそが、ぼくをかつてない高みに逝かせてくれる存在に間違いない! ああ! 今すぐ彼に鞭で打たれたい! ぼくをもっともっと痛めつけて欲しいぃぃぃっ!」


 ダメだこいつ、早くどうにかしないと……。

 ゲイビムは自分のことは棚に上げて、内心でそう呟いたのだった。

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