第102話 天使長…?
天獄の秘匿領域。
本当の最下層に辿り着いた俺たちが見たものは――
「もっと、もっとだ! もっとぼくを強く打擲してくれぇっ、ルシーファァァァッ!!!」
「嫌ぁぁぁぁっ、もう嫌ですわぁぁぁっ! わたくし、裸の男が喜ぶ姿なんて見たくないですのよおおおおっ!」
――全裸で四つん這いになったイケメン天使と、その尻に泣きながら鞭を入れ続けるルシーファの姿だった。
「……ナビ子さんや。あの男天使、何者?」
『ここ天獄の支配者として正義を司り、天使長も務めるミカエールです。ルシーファ、ガブリエナの双子天使たちとは、三つ子の兄にあたります』
三つ子だったのかよ!?
「……兄……さん……?」
すぐ横でガブリエナが呆然と呟いている。
どうやら本当に兄らしい。
バチーン、バチーン、とルシーファが鞭を叩きつけるたびに、ミカエールは全身をビクビクと痙攣させ、恍惚とした表情となる。口端からは涎が垂れていた。
「あふぁん!? あああっ、今のはとてもいい鞭だったよぉっ、ルシーファァァっ!」
「美少女ならともかく、何が悲しくて兄のお尻を鞭で打たなければいけませんのよぉぉぉっ!? もう嫌ですわぁぁぁっ!」
「手を止めると減刑対象にはならないぞ!? 懲役500年の君ができる限り早くここから出るには、ぼくのために鞭を振るい続けるしかないんだよ!」
「こんなことをするくらいなら、いっそ死刑にして欲しいですわぁぁぁっ!」
ほんと、何なんですかね、これ?
「……見て、しまったわね」
背後から嘆息が聞こえてくる。
女装したおっさんにしか見えない天使、ゲイビムだ。
一度は囮作戦で撒いたのだが、俺たちに追い付いてきたらしい。
「……ゲイビム……知っていたの……?」
「……ええ。わたくしも、何度も鞭でおしばき差し上げたもの……」
おしばき差し上げるなんて敬語、初めて聞いたぞ。
「ミカエール様はとても責任感の強いお方……。天獄の管理に加えて、天使長という重責がきっと大きなストレスになっていたのだわ。その結果が……」
アレという訳?
「ええ。いつしかミカエール様は、あんなふうに他者から痛めつけられることによってしか、日々のストレスを発散できないような身体になってしまわれたの……」
哀切な表情で語るゲイビム。
ていうか、ストレス云々以前に、元からドMのド変態だっただけじゃないのか……?
「さらにここ最近は、あたしの鞭打ちですら、もう十分な刺激感を与えことができなくなってしまっていたのよ。筋力ならあたしも負けないけれど、天力の強さではルシーファ様は天界随一。鞭に目いっぱい天力を込めれば、きっと今のミカエール様でも満足できる痛みを与えて差し上げることができる……」
だから強制連行してきたというわけか。
『史上最高に下らない理由でしたね』
「だが分かる! 分かるぞ! 痛みに慣れてしまったら、もっと強い痛みが欲しくなる! その欲望には抗いがたいものだ!」
『……マスターもドMのド変態でしたか』
とそのとき、地面に四つん這いになって尻を突き出していたミカエールが、俺たち招かれざる侵入者の存在に気づいたらしい。
「っ!? が、ガブリエナ!? な、なぜここにっ……? くっ……ゲイビム! 何をやっているんだ!? あれだけここへの立ち入りを禁じていたというのに……っ!」
変態天使は愕然としたように目を見開く。
ゲイビムは怒鳴りつけられ、「ご、ごめんなさい!」と慌てて謝罪した。
「……ああでも……こんな恥ずかしい姿を見られながら打擲されるのも……いいかもしれない……」
やばいぞ。こいつ、かなりレベルの高い変態だ。
「ああ! ガブちゃん! それにカルナ様も! 助けにきてくださったんですねぇぇぇっ!」
ルシーファも俺たちに気づいて声を上げる。
「……姉さん……助けにきた…………つもりだったけど……今、猛烈に助けなくてもいい気がしている……」
「ちょ、何でですのぉっ!?」
元から冷たい目をしているガブリエナだが、今はもはや絶対零度の視線を兄姉たちに注いでいる。
「ああああっ! ガブリエナっ! その蔑むような視線っ! そんな目で見られると……逝くぅぅぅっ! お兄ちゃん、逝っちゃうぅぅぅぅっ! ああああああああああああああっ!」
ミカエールは昇天してしまった。
「……帰る」
ガブリエナは踵を返した。
「ま、待ってください、ガブちゃん! この馬鹿はともかく、わたくしは無実ですわっ! 鎖を! この鎖を外してくださいな! もうこんな毎日は嫌ですのおおおおっ!」
「……外したら……反省して、もう二度と、天使にあるまじき行為をしないと、約束できる……?」
「できます! できますわ! こんな地獄の日々を思えば、何だって我慢できますの!」
「……」
迷う素振りを見せるガブリエナ。
ちなみにミカエールは白目を剥いて床に倒れ、ビクンビクンしている。
「……分かった」
ガブリエナは天力の槍で、ルシーファの力を封じている鎖を斬り裂こうとする。
「そうはさせないよ」
だがそんな彼女の前に立ちはだかったのは、いつの間にか起き上がったミカエールだった。
「……」
ガブリエナは無言でミカエールの股間目がけて槍を突き出した。
「あふぉっ!?」
股間へ直撃を喰らい、ミカエールが悲鳴を上げる。
うわ、めちゃくちゃ痛そう……。
「はぁはぁ……い、今の……今の、もう一回……」
もはや痛みが完全に快感になっているらしい。
ミカエールの要求に、ガブリエナは「……死ね」と呟きながら、もう一発、今度は先ほどよりさらに強烈な一撃を見舞った。
「ぐぉぉぉっ……」
さすがの変態もこれは効いたようだ。
口から泡を吹き、股間を抑えて蹲る。
その隙にガブリエナはルシーファを拘束していた鎖を断ち切った。
「た、助かりましたの、ガブちゃん! あとついでにカルナ様!」
俺はついでか。
「……姉さん、すぐに……脱出する」
倒れたミカエールを放置し、俺たちは秘匿領域を出た。
◇ ◇ ◇
「……はぁ、はぁ……ふ、ふふふ……逃がしはしないよ、ルシーファ、ガブリエナ」
股間を抑えながらミカエールは立ち上がった。
すぐ近くで待機していた巨漢の天使に命じる。
「ゲイビム、全力で脱走を阻止するんだ」
「畏まりましたわ」
恭しく応じるゲイビム。
「……ふふふ、いくらぼくの妹たちとは言え、この天獄から脱走することは絶対に不可能だ……。二人とも捕まえて、ぼくのために永遠に鞭を振るってもらうよ……」
不敵な笑みを漏らすミカエールは、自分が二人に打擲される未来を思い描いて、ビクビクンッと身体を震わせるのだった。
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