第100話 門番×3

 ――天獄・地下一階


 地下一階に降りた瞬間、全身が焼けるような凄まじい熱風に襲われた。


「うおっ、熱(あつ)っ」

「……ここは灼熱天獄……フロア全体が常に炎に包まれていて……罪を犯した天使たちを焼き殺す……」


 ガブリエナが言う通り、あちこちに燃え盛る火の海があった。

 息を吸い込むだけで喉が焼けそうだ。


 まだ火の海からは距離があるが、気温は余裕でサウナを超えている。

 たぶん百八十度くらいはあるんじゃないだろうか。


〈全環境耐性・極〉スキルがあるため、俺はたとえあの炎の海に入っても平気だろうが。

 獄炎竜が吐き出すマグマの方が高熱だったしな。

 一方ガブリエナは天力のオーラで身を護り、炎や熱を防いでいるようだ。


「……私なら……数年は、持つ……」


 だがそれは彼女が膨大な天力を有しているからこそ可能な芸当だ。

 普通の天使ではそんなことはできない。

 たとえ天力が切れたとしても天使の高い生命力ならしばらくは生き続けるだろうが、いずれ炎に耐え切れなくなり、干からびて死ぬだろう。


 一階と違い、地下一階以下での禁錮はほとんど死刑と同じだと言われているのはそのためだ。

 ゆえに脱走を試みる者が後を絶たないという。

 しかしそれを拒む最強の門番がいた。


「オオオオオオオオオオオッ!!!」


 凄まじい雄叫びとともに頭上から降って来たのは、全身から炎を猛らせる巨大な魔人だった。



イフリート

 種族:天使族(堕天使)

 レベル:‐

 スキル:〈天力〉〈断罪劫火・極〉



「……上階にいかせないため……各階には門番が配置されてる……」


 普通こうした強敵は階の最後にいるのがゲームなんかのセオリーだが、考えてみると逃げ出そうとする囚人は上階を目指すもんな。

 逆に下に向かってると、最初に遭遇してしまうというわけだ。


「イフリートは……元々は天使だった……堕天使に落ちて天獄行きになったけれど……その炎の力を買われて……この階の門番になった……らしい」


 随分とマッチした職場じゃないか。


「脱走ハ、許サナイ……」


 イフリートは鼻から炎を噴き出しながら、俺たちの前に立ちはだかった。


「いや、脱走じゃないぜ? 侵入だ侵入。明らかに上の階から来ただろ?」

「侵入者……? 侵入者ハ……排除、スル……ッ!!」


 イフリートが炎で覆われた巨大な拳を振り下ろしてくる。

 全長は二十メートル以上もあり、拳だけでも俺より大きい。

 だが、


「――ッ!?」


 俺は片手でそれを受け止めていた。


「あっつぅ~。炎熱耐性の魔法を重ね掛けして、しかも闘気を拳に集中させてんのに、この熱さかよ」


 こいつの全身は、熱した鉄板が可愛らしく思えるくらいの超高熱だ。

 普通ならこうして直に触れると、一瞬でタンパク質が溶けているだろう。


「馬鹿ナ……ナゼ、受ケ止メラレタ……?」


 イフリートは腕に力を込め、俺を押し潰そうとしてくる。

 だが生憎と膂力では、いや、膂力でも俺の方が上だ。


「ナラバ、サラナル炎デ、焼キ尽クスマデ」


 全身の炎がイフリートの片腕に集中していく。

 俺の右手に伝わってくる熱量がさらに上がった。

 さすがにこれは熱い。

 冷やしてやらないとな。


「〈|永久ノ凍土(パーマフロースト)〉」

「ッ!?」


 極寒の冷気が炎熱を押し返し、それどころか魔人の巨大な拳を凍り付かせていく。

 獄炎竜を凍らせたのと同じ氷の超級魔法である。


「……なんて、魔力……」


 ガブリエナが息を呑んでいるが、魔法の威力は基本的にそれに投入する魔力の量に比例するものだ。〈魔力操作・極〉スキルを持つ俺は、一度に膨大な魔力を放出することが可能なため、超級魔法の威力を何倍にも高めることができた。


「コノ程度ノ、冷気デハ……我ハ、凍ラヌ……」

「おお、さすがだな。獄炎竜はこれで氷像になったんだが」


 凍らすことができたのは炎の魔人の片腕までだった。

 その部分も凍っているのは表面だけで、しかも内側からの超高熱によって、少しでも気を抜けばすぐに溶解してしまう。


「ガブリエナ、準備はできたか?」

「……たった今、完了した……」


 そのときイフリートの全身を天力の光が覆い尽くした。


「ッ? コレハ……ッ!?」


 拳を突き出したままの格好で、身動きが取れなくなるイフリート。

 その身を封じていたのは、ガブリエナが生み出した天力の結界だった。


「カ、身体ガ……ッ! コレホド強力ナ天力結界ヲ、ドウヤッテ……ッ?」


 イフリートはガブリエナの存在に気づいていない。

 俺が注意を引き付けて、逆に彼女は気配を消しているせいだ。


 熾天使である彼女が、天獄に潜入して姉を助け出したとなると炎上すること間違いなし。

 そのため可能な限りバレないよう、俺は彼女にだけ〈隠密・極〉スキルを使っていた。

 これは特定の人物に対しても使用することができるのだ。


「念のため、もう一つ結界を張っておくか」


 俺は〈結界魔法・極〉スキルも持っている。

 イフリートを捕える天力の結界のさらに外側に、今度は魔力で生み出された結界を施す。

 これで中からも外からも移動することはもちろん、念話を飛ばしたりして連絡を取り合うこともできないはずだ。

 侵入者が現れたという情報が天獄中に伝わってしまうのを、少しは遅らせることが可能だろう。







 ――天獄・地下二階


 灼熱天獄を抜けてさらに下層へと降りた俺たちを待ち受けていたのは、対称的な極寒の世界だった。


「……ここは極寒天獄……とにかく、寒い……」

「寒いっていうか、もはや痛いし焼けるレベルだな、これは」


 氷点下約百度。

 地球で観測された最低気温が、確か南極のマイナス九十度くらいだったけ?

 しかも常に吹雪いている。

 普通の人間ならたぶんすぐ死んで氷の像になるだろう。


 もちろんここにも門番がいた。


「アアアアアアアアアッ!」


 今度は真っ白い身体をした美しい天使だった。

 大きさはイフリートと比べるとずっと低いが、それでも二メートルくらいはあるだろう。



クルオネ

 種族:天使族(堕天使)

 レベル:‐

 スキル:〈天力〉〈断罪絶凍・極〉



 どうやらこいつも堕天使らしい。


「侵入者ハ、排除サセテイタダキマス」


 氷の堕天使は冷厳な口調で宣言してくる。

 ま、さっきと同じ方法で無力化すればいいか。







 ――天獄・地下三階


 地下二階の門番も結界に封じ込めることであっさり突破すると、雪と氷で覆い尽くされたフロアを抜けて、今度は地下三階へと降りてきた。


 鼻を突く悪臭が漂い、喉や目が痛い。

 それもそのはず。

 猛毒の沼があちこちにあって、この階層の空気ですら、吸っただけで常人ならあっさり死に至るほどの毒ガスなのだ。


「ここに収容された堕天使は……長くても一週間で……死ぬと言われてる……私でも、せいぜい一か月……」


 天使ですら一週間しか持たないという。

 当然ここでも脱走を図ろうとする者が続出。

 しかもほぼ死が確定しているので、みんな命がけである。


 そんな堕天使たちを散々返り討ちにしてきた門番がこいつだ。



ファフニールヒュドラ

 種族:毒竜

 レベル:118

 スキル:〈猛毒分泌・極〉



 この階層の門番はどうやらドラゴンらしい。

 本来なら毒竜は上位竜に当たるのだが、こいつの強さ間違いなく神竜クラスだ。

 変異種だからか、長く生きて進化したのかは分からないが、毒に対する耐性は完璧なので、この階層の門番に相応しいとされて天使たちに無理やり連れて来られたのかもしれない。


 首が全部で十本以上はあるだろうか。

 ただし今は沼の中で眠っていた。


「「「ZZZ……」」」


 わざわざ起こす必要も無いので、こっそり通り過ぎようとする。

 まぁこういうケースって、あと一歩のところで起きてしまうものだと相場が決まってるよなー。

 一本が目覚めちゃったら他の首も起きるだろうし。


「「「ZZZ……」」」


 ん? まだ起きないの? 

 普通に通り過ぎちゃうけど、いいのか?


「「「ZZZ……」」」


 ……起きなかったんですけど?

 まあいい。先へ進もう。


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