第99話 即死チート

 無数の模造天使たちが一斉にベルフェーネへと襲い掛かっていく。


「な、何なのよこれはぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ベルフェーネは公爵級悪魔だ。天界ではあまりにも異質なその強大な魔力には、かなり遠くにいた模造天使すらも即座に反応していた。誘蛾灯に引き付けられる虫のように、続々と集まってくる。


 あっという間に取り囲まれてしまったベルフェーネは、天力のレーザーを集中砲火のように浴びせられてしまう。

 だが、


「舐めんじゃないわよっ!」


 さすが大悪魔。

 魔力の障壁であっさりと天力の攻撃を防ぐと、すぐさま反撃に出た。


「――〝腐蝕暴風(コロジオンハリケーン)〟」


 突如として巻き起こったのは、禍々しく澱んだ風。



ベルフェーネ

 種族:悪魔族

 レベル:114

 スキル:〈腐蝕・極〉



 彼女が有する最大の能力が〈腐蝕・極〉というスキルだ。

 その名の通り、ありとあらゆるものを腐らせ、蝕むことができるという力である。


「これがほんとの腐女子というやつだな」

「違うわよ!?」


 相手が天力によって護られた模造天使であろうと、例外ではなかった。

 その風に触れた瞬間、模造天使たちの真っ白い身体が黒く変色し、ボロボロと崩れていく。


「あははははっ! この公爵級悪魔、ベルフェーネ様に挑むなんて千年早ぶぎゃ!?」


 だが模造天使たちはその圧倒的な数でベルフェーネに立ち向かった。

 腐蝕の風を浴びてすでに身体が崩れるつつある仲間を盾にして、大悪魔を排除しようと攻撃を仕掛けていく。


「グルアアアアアアアアアアッ!」

「何かでかいのまで来たんだけどぉぉぉぉっ!?」


 さらに悪魔の魔力に引き寄せられ、天界獣までが姿を現していた。


 一方、そんな風に彼女が奮闘している中。

 俺とガブリエナは反対側から天獄へと接近していた。


 正規のルートではないため普通ならあの模造天使たちが襲い掛かってくるはずだが、今は完全にベルフェーネに引き付けられており、こっちには来ない。

 陽動作戦の第一段階は上手く行ったようだ。


 やがて天獄への唯一の入り口である巨大な門の前まで辿り着いた。

 しかし門は固く閉じられている。


「……全力でやれば……きっと、破壊できる……」

「だから何でそんな強引な方法ばかり取ろうとするんだよ」


 今にも門に突っ込んで行こうとするガブリエナの襟首を掴んで止めた。


「ちょっと待ってろよ。すぐに勝手に開くはずだ」

「……?」


 そのとき軋み音が響き出したかと思うと、ゆっくりと巨大な門が開き始めた。

 俺の予想通りだ。


 中から現れたのは、武装した天使たちだった。

 全部で二、三十はいるだろうか。

 模造天使ではなく、こちらは本物だ。

 いずれも模造天使を遥かに超える天力を有していた。


「公爵級の悪魔が現れて暴れ回ってんだ。当然、模造天使だけに任せず、撃退するために部隊を送り出すに決まってる」


 そして出入り口がこの門しかない以上、一時的にこれを開けるしかない。


「なるほど……すごい……」


 驚くガブリエナを伴って、天使たちの脇を秘かに通り抜ける。


 そして開いた門から堂々と天獄内への侵入を果たしたのだった。








 ――天獄・一階


 天獄の各階はいずれも綺麗な円形をしているが、一階部分は大きく二つのフロアに分けられていた。

 内側の円の部分と、その周囲を覆う外側の環状部分である。


 内側にあるのは、捕えた堕天使たちを捕える檻や、彼らに厳しい強制労働を課すための施設。

 そして外側の環状部分は、彼らの脱走を防ぐための巨大迷宮となっていた。


 門から天獄内への潜入を果たした俺たちにもまた、この迷宮が立ちはだかった。


 ルシーファがいるという下層に至る階段は、円の中心にしかないという。

 ゆえにこの迷宮を突破しなければならないのだ。


「……トラップが沢山あって……すごく、危険……」


 ガブリエナがぼそぼそと言うように、迷宮内には嫌がらせのように大量のトラップが仕掛けられていた。

 堕天使ですら致死性の凶悪なトラップばかりだ。

 罪人の脱走を防ぐ目的なのだから当然かもしれない。


 だが俺には〈探知・極〉スキルがある。

 かなり高度な隠蔽が施されているものもあるが、どこにどんなトラップがあるか丸分かりだ。


「……そんなにスタスタ歩いて……大丈夫……?」


 躊躇なく進んでいく俺に、ガブリエナが目を丸くしている。

 トラップの大半は天力によるものだ。

 熾天使である彼女なら、その天力を読み取ることである程度まではトラップを判別できるそうだが、それでも完璧にとはいかないらしい。


 時折、トラップに引っ掛かって無残な死に方をしている堕天使らしき天使を見かけた。

 堕天使は翼が黒いため見た目ですぐ分かる。


 ちなみに、堕天すると勝手に翼が黒くなるわけではない。

 天獄に収容された天使たちは例外なく堕天使として認定され、それと同時に翼を無理やり黒く染められるのである。

 天使にとって純白の翼は誇りとも言えるもので、真っ黒にされるのはかなりの屈辱らしい。


「こんなのも放し飼いにされてるのか」


 横道からぬっと姿を現したのは、巨大な獣だった。

 天界獣だろう。

 見た目はサーベルタイガーのデカい奴。

 だが天界獣の証しとして、背中に天使たちのとよく似た白い翼が生えていた。


 天界獣は俺を見るや否や、すぐさま躍り掛かってきた。


「グルアアアアアッ!」


 死ね。


「――ッ!?」


 天界獣は一瞬で絶命して地面に倒れ込む。


「今、何をした……?」

「心の中で死ねって思った」

「……?」


 相手に攻撃をすると、一定確率で死ぬというのが〈即死攻撃〉というスキルだ。

 だが俺が持つ〈即死攻撃・極〉は、実際に攻撃をしなくとも、攻撃の意志を持つだけで効果がある。しかも格下が相手なら、ほぼ確実に死ぬ。


 ちなみに〈呪術・極〉スキルで呪い殺すのも、ほとんど似たようなものだ。

 ただ天界獣が持つ天力は呪いに強いので、即死させることはできないだろう。


「あんなデカいのに暴れられると、勝手にトラップが発動しかねないからな」


 そうしてトラップや天界獣を回避しつつ、複雑な迷路を着実に進んでいく。

 やがて俺たちは迷宮部分を突破し、堕天使たちを収容している部分へと辿り着いた。


 だがここにはルシーファはいない。

 巡回している看守たちの目を掻い潜って、俺たちは下層へと通じる階段を目指した。


 天獄では、罪の重い堕天使ほど、より下層に収容されることになるという。

 なので一階にいるのは罪が軽い堕天使たちだ。

 彼らは懲役期間が終わり、ちゃんと更生されたことが確認されれば釈放される。


 だが地下一階から先は、釈放の可能性はほとんどないという。

 もはや処刑は決定事項となり、後はどれだけ厳しい処刑方法が取られるかによって、どの階に収容されるかが決まる。

 そしてルシーファが収容されているのは最下層である。


 俺たちは下層に続く階段に辿り着いた。

 かなり長い螺旋状の階段で、覗き込んでみても底が暗くて見えない。

 まるで地獄にでも通じているかのようだ。


「ともかく、こっから地下に行けるわけか」

「……気を付けて……ここからが、本当の天獄……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る