天界の大監獄編
第98話 天獄
ルシーファの双子の妹だという天使・ガブリエナが、ドラゴンの集落にやってきた。
一体何の用だろうかと首を傾げていると、
「……姉さんを……助けてほしい……」
「どういうことだ?」
思いのほか切実な声音で言われた言葉に、俺は眉をひそめる。
ルシーファはつい先日、この双子の妹によって天界へと連行されていった。
性癖更生プログラムを受けて、清く正しい天使に生まれ変わらせるためだ。
……そんなことが可能なのかどうか分からないが。
「姉さんは……天界の大監獄――〝天獄〟に入れられた……」
「天獄?」
「……罪を犯した天使……堕天使を捕えたり……処罰したりするところ……。……わたしは、そこまでするつもりは……なかった……。それに……まさか最下層なんて……」
ぼそぼそとした説明によると、天界に連行した後は、彼女の監視の下で禁欲生活を行わせ、更生させるつもりだったという。
ガブリエナは最上位の熾天使だ。
その意志に逆らうことができる天使はほぼいない。
が、まったくいないわけではなかった。
それが天使長ミカエールである。
ガブリエナと同じ熾天使ではあるが、天使長である現在、その権限はガブリエナ以上。
さらに正義を司る天使として、天界最大の戦力を有しているという。
そのミカエールが、ルシーファを天獄送りにすると決定したのだ。
それでもガブリエナであれば、突っ撥ねることも不可能ではなかった。
だがそれを知るミカエールは、ガブリエナが不在のときを狙って屋敷を襲撃、ルシーファを捕えて強引に天獄へと入れてしまったのだ。
さすがのガブリエナと言えども、一度天獄に落とされた者をどうにかすることはできない。
天獄は完全にミカエールの領分だからだ。
どうしたものかと悩んだガブリエナは、ふと俺のことを思い出したのだという。
「姉さんが言ってた……カルナは……姉さんより、強いと……。信じられないけれど……それが本当なら、姉さんを助けられるかもしれない……。そう思って……探していた……」
「つまり、俺にその天獄へカチコミしてくれってことか?」
「……もちろん、わたしも行く……」
「随分と荒っぽいやり方だな」
「それは、向こうも同じ……。それに、正攻法では無理……」
ルシーファがいるのは最も罪の重い天使を収容している最下層だとか。
最下層の罪天使が釈放されることは絶対にあり得ず、ただ処刑されるのを待つだけだという。
「いいぜ」
「っ……いいの……?」
俺があっさりOKすると、ガブリエナは目を瞠った。
「なんかすげぇ面白そうだしな」
「……面白そう……」
ガブリエナは少し呆れたような顔をする。
いや、だって大監獄だぜ、大監獄?
なんかやたらと中二心を擽られる。
ほら、処刑されかかっている姉を助けるために監獄に乗り込むとか、某海洋冒険マンがみたいじゃん?
『ワン○ースのインペ○ダウンですね』
だから何でナビ子さんが知ってるんだ……?
と言う訳で、やってきました天界。
眼下に広がるのは大雲海。
空気が澄んでいて、気候はちょっと肌寒いくらい。
別に空の上にある訳ではなく、人間たちが住む世界とは一応異世界に当たるらしい。
と言っても比較的近い異世界なので、大天使クラスにもなれば行き来するのも容易いことだという。
だが人間の身で立ち入るのは難しい。
また、どうにか侵入できたとしても、天界に棲息している狂暴な天界獣に襲われるため、生きて帰るのは困難だ。
ただし天使の助力があれば別で、天使特有の力である〝天力〟のオーラで全身を覆えば、天界獣が天使と誤認してくれるらしい。
まぁ俺の場合、〈変身・極〉スキルで天使の姿に化ければいいだけだが。
「……驚いた……そんなことが、できるなんて……」
ガブリエナがまったく驚いてなさそうな顔で驚いている。
〈変身・極〉は隠蔽魔法と違い、単に外見を誤魔化すだけじゃない。
このスキルで天使に変身すれば、天力すらも操れるようになるのだ。
天獄はかなり危険なので、さすがにティラたちは人間界に置いてきた。
出発する際、「ルシーファさんを助けてあげてください。ただしちゃんと更生するまで地上には連れて来ないでください」とお願いされた。
……正直、更生の方がハードルが高い気がする。
背中に生えた天使の翼を動かし、俺はガブリエナと一緒に雲の上を飛翔していく。
ちなみに雲の上は普通に歩けるらしい。
試しに少し降りてみると、コンニャクや豆腐の上を歩いているような不思議な感触だった。
「見えてきた……」
やがて雲の向こうに、巨大な円形の建造物が見えてくる。
「でかっ」
「あれはごく一部……雲の下は、あの数倍はある……」
目に見えている部分だけでも相当な大きさがあるというのに、どうやらそれですべてではないらしい。
逆円錐状の構造をしているようで、雲の中に尖った部分が突き刺さっているようなのだ。
天獄の周辺には無数の天使たちがいた。
だが〈千里眼〉で見てみると、どの天使にも顔が無い。
「あれは天獄の護衛用に作られた……模造天使……許可なく近づいた者は……天使だろうと、問答無用で攻撃してくる……」
あの天獄を中心に、半径約千メートル。
そこからは正規ルートを通らない限り、あの模造天使たちが一斉に襲い掛かってくるらしい。
そして正規ルートと言っても、目に見える道がある訳ではない。
要は空路みたいなもので、天獄に堕天使たちを連行する役目を負った一部の天使たちしかその情報は知らないという。
しかも定期的に変更されているとか。
「どうするつもりだ?」
「強引に……突破する……」
「ちょっと待て」
模造天使たちのステータスを鑑定してみると、能力の各数値はガブリエナのせいぜい十分の一以下。保有している天力も弱いため、実際の戦闘能力はさらに差があるだろう。
一体一体は大して強くない。
が、数が多すぎる。
恐らく千体以上はいるだろう。
それに模造天使どもと戦っていたら、天獄内にいる天使たちも加勢にくるに違いない。
「もう少し方法を考えようぜ」
「……分かった……」
「内部を〈千里眼〉で見れたらいいんだけどな」
そうすれば転移魔法で一瞬なのだが。
『天力による強力な結界が張られていますので、マスターの〈千里眼〉でも中を見通すことは不可能です。また転移魔法も、結界に弾かれてしまう可能性が高いかと』
なるほど。
結局、あの正面に見える大きな門から中に入るしかないということか。
「一つ、いい案を思いついたぞ」
「……どんな……?」
「囮大作戦だ」
俺は召喚魔法を使った。
すると目の前に、ちょうど着替え中だったらしく下着姿のベルフェーネが出現する。
相変わらずナイスタイミングだ。
「何であんたは毎度毎度、変なタイミングであたしを呼び出すのよぉぉぉぉぉぉっ! ……って、どこよ、ここは?」
ベルフェーネが怪訝な顔で天獄の方へと視線を向けたときだった。
公爵級悪魔の強大な魔力に反応したのだろう、まだ半径千メートルの外だというのに模造天使たちが一斉にこちらを向いた。
そのときにはもう俺とガブリエナは転移魔法で遠くに逃げていた。
「な、何なのよこれはぁぁぁぁぁぁっ!?」
軽く千を超す模造天使たちがベルフェーネの方へと殺到していく。
どうやら上手くいったようだ。
さて、今の内に侵入するか。
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