第97話 新竜王誕生

 ドラゴンたちは皆、涙を流して喜んでいた。


「うめえええええええっ!? 何だこの美味い肉はぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ヒャッハーーーーーッ!!! ウッメェーーーーーッ!!!」

「ごんなうまいの、はじめで……いぎでで、よがっだ……」


 人化した彼らは竜王の城に集い、目の前の料理を一心不乱に喰らい続けている。


 竜王位争奪戦が終わって。

 しかしその後もドラゴンたちの間には一触即発の空気があったので、


「とりあえず美味いもん喰わせれば落ち着くだろ」


 と考えたのだった。

 もちろん作っているのは俺だ。


 それにしても、さすがドラゴン。

 シロやクロもそうだが、途轍もない大食漢である。

 しかも竜王の座を賭けて争っていた各種族の代表やそれに準じる者たちがすべて集まっているので、全部で五十体近くもいる。

 大量の料理が見る見るうちに減っていく。


〈影分身・極〉スキルによって一度に分身体を二十体も生み出すことで、ようやく人手を確保していた。

 ティラたちにも手伝ってもらっている。


「何ですか、この服は……」

「ちょっと胸が苦しいぞ」

「しゅごーい! かわいい!」


 ティラ、エレン、フィリアの三人はメイド服を着ていた。フリルの付いた可愛らしいタイプのやつだ。

 さらにもう一人。


「ちょっと! 何であたしまでこんなことしなくちゃなんないのよぉっ!?」


 と、不満たらたらなのは公爵級悪魔のベルフェーネである。

 もちろん彼女もメイド服を着用している。


「なかなか似合ってるぞ」

「うるさいわねっ! あたしは公爵級悪魔よ!? 何でドラゴンどもの給仕なんかしないといけないのよっ!」


 ベルフェーネは、やってられないわよ! と叫んでメイド服を脱ぎ捨てた。


「人前でお漏らししたこと、魔界中で言いふらしてやろうかな~」

「はっ、できるものならやってみなさいよ。このあたしがそんなことする訳ないって、誰も取り合わないわよ」

「ここに証拠写真があるんだが」


 俺は懐からベルフェーネが失禁している瞬間の写真を取り出した。

 とても良い顔している。


「うわあああああっ!? 何なのよそれはぁぁぁっ!?」


 もちろんこの世界にはまだ写真なんてものは存在していない。


「しかも幾らでも増やせるぞ。これを魔界中にばら撒くとしよう」

「やりますやりますやればいいんでしょ!? だからそれだけはやめてぇぇぇぇぇっ!」


 涙目でメイド服を着直すベルフェーネだった。


「おい、シロ、クロ。配膳途中の料理を勝手に食べるな。お前らにはいつも喰わせてやってるだろうが」

「もぐもぐもぐ……誘惑には勝てなかった」

「むしゃむしゃむしゃ……はっ? ちょっと一口味見するつもりが、全部喰っちまった……」


〈無限収納〉で一生かかっても食べ切れ無さそうな量の食材を保存してあったはずなのに、もう底を尽きかけているものがある。

 急遽、新たに分身体を生み出して食材確保チームを結成した。


「行ってこい」

「「「「「あいあいさー」」」」」








「あー、美味かった……」

「ヒャッハ……もう食えねぇ。げっぷー」

「満腹満腹」

「おなが、ぐるじい……」


 ドラゴンたちは膨れ上がったお腹を抑えながら、あちこちで引っくり返っている。

 どうやら満足してくれたらしい。

 料理も綺麗に平らげていた。


「てか、結局、竜王には誰がなるんだ?」

「なんかもう、俺は別になんでもいいや……。こんな美味いもの食ったら、他のことはどうでもよくなってきた」

「わいも……」

「じゃあ前のままでいいんじゃね? 別に竜王なんて偉そうにふんぞり返ってるだけで、実質お飾りだしなー」


 さっきまでのギスギスした雰囲気はどこへやら、仲良くそんなことを言い合うドラゴンたち。


「ところでさ~、あの料理人さん、誰が呼んできたの~?」


 シロとよく似た顔をした女性が、膨らんだお腹をさすりながらのんびりした口調で誰にともなく問う。

 シロの姉ちゃんだ。起きてるところは初めて見た。名前は確か、ぺむぺむ。

 てか、俺がただの料理人だと思ってるようだ。ずっと寝てたもんな……。


「ん、私」


 シロが応じる。


「へ~、どういう関係なの~?」

「カルナがご主人。私がペット」

「何で人間のペットに~?」

「ん。カルナのペットになれば、いつでも美味い物を喰える」


 そうシロが答えた次の瞬間だった。

 二人の会話に聞き耳を立てていたドラゴンたちが一斉に俺の方を向いて言ったのだった。


「「「「「「俺もペットにしてくれ!!!」」」」」」








 俺は今、竜王の玉座に腰掛けていた。

 ずらりと並び、俺に向かって首を垂れているのは、様々な種類のドラゴンたちである。


「「「竜王様万歳!」」」


 ……なんか俺、竜王にされてしまったんだが?


「いいのか? 俺、人間だぞ?」

「それは些末事でしかない。竜王の条件はただ一つ。それは〝最強〟であること。貴殿はそれに最も相応しい」


 俺の疑問に答えてくれたのは刃竜のリーダー、セルグスというまだ若いドラゴンだった。

 俺に尾の刃を破壊された奴なのだが、そのことを恨んでいる様子はない。

 ちなみに時間が経てば再生するとか。


 俺はちょむちょむへと視線をやる。


「すやー…………ぶぼっ!?」


 寝ていたので、激辛肉まんを口の中に放り込んで無理やり起こした。


「むしろ竜王とかマジ重荷でしかないしこっちから頼みたい」


 ほんと、愚王にも程があるなこのおっさん。

 そりゃクーデター起こされるわ。


「だがそれだけじゃねぇ。皆、あんたこそが竜王に相応しいと思っているんだ」

「とか言って、一番の目当ては俺が作るメシだろうが」

「そそそんなことねぇぜじゅるり」


 涎、垂れてるぞ?


 てか、俺だって竜王なんて嫌だ。

 こんなに大量のペットを飼うとか、面倒にもほどがある。


 が、まぁ俺には〈影分身・極〉という便利なスキルがあるからな。

 竜王は分身に任せればいいだろう。

 大して仕事がある訳ではなさそうだし。


「異議ありぃぃぃぃぃっ!!!」


 そんな中、唯一俺が竜王になることに反対する者がいた。

 愚連華だ。


「アタシはどうしても竜王になりてぇんだよぉぉぉぉぉっ!」


「お前じゃダメだろ」

「私情が入り過ぎてる」

「相応しくない」

「引っ込め」


 一斉にブーイングを浴びる愚連華。


「……かーさまは、動機が不純なのです」


 チロにまで言われる始末である。


「チクショーーーーッ! けど、アタシは諦めねぇ! ちょむちょむ、いつか必ずテメェをアタシのモノにしてやるからな! 覚えてやがれッ!」

「たぶん無理」

「何でだよ!? アタシのどこがいけねぇんだ!?」

「ファッションセンス」

「がーーーーん……」


 愚連華はよほどショックだったのか、頭を抱えてその場に倒れ込んだ。

 いや、ファッションセンスて……。

 そりゃ確かにあのパンクファッションは正直微妙だけど、そこ直せばチャンスあるってことじゃないのか?


「……無理だ……このファッションをやめるなんて……アタシには、できねぇ……これはアタシの、命そのもの……」


 どうやらそう簡単なことではないらしい。


 何にせよ、これで一件落着(?)だ。


 と、そのときだった。

 突然、謎の発光物体がこの謁見の間へと飛び込んできた。


 それは俺のすぐ近くで停止する。

 光が収まり、その正体が明らかになった。


「ルシーファ? いや……」


 ルシーファとよく似た姿をした天使。

 だがルシーファではない。



ガブリエナ 824歳

 種族:天使族

 レベル:‐

 スキル:〈天力・極〉



「ようやく……見つけた……」


 先日ルシーファを天界へ連行していった、ルシーファの双子の妹だった。

 彼女はぼそぼそと、しかし切実さを感じさせる声で言った。


「……姉さんを……助けてほしい……」

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