第96話 刃竜セルグス

 刃竜のリーダー、セルグスは我が目を疑った。


 全長百メートルを超す無限竜の巨体が、一人の人間の手によって吹き飛んで行ったのだ。

 しかも彼の目が確かなら、その人間は無限竜の頭部を素手で殴り付けただけ。


「あ、あり得ぬ。何かの間違いだ。そもそも、なぜ人間が我らドラゴンの戦いに?」


 首を振って否定するセルグス。

 とそのとき、仲間をやられて憤ったのか、別の無限竜がその人間に躍り掛かった。


 次の瞬間、信じがたい光景を目の当たりにしてしまう。

 その人間が一瞬で無限竜の後頭部に移動したかと思うと、踵落しを繰り出した。

 凄まじい衝撃音とともに、無限竜が頭から真っ逆さまに地上へと落下していく。


「よぐも、ゆるざない」


 今度は無限竜のリーダー、三百メートル級の大きさを誇るガガグレがその人間に襲い掛かった。

 しかしまたしても驚愕の光景が。

 人間が片手でその突進を受け止めてしまったのだ。


「ばがな……?」


 ちょっとした山にも匹敵する自らの巨体を受け止められ、無限竜は愕然としている。


「せーのっ」

「っ!?」


 さらにその直後、人間がその場で無限竜の鼻頭を掴んだまま回転し始めた。

 大質量が一緒に回り出す。

 辺り一帯の空気が撹拌されて暴風が巻き起こった。

 顔を打ち付けるその風を前に、セルグスは開いた口が塞がらない。


「おらっ!」


 人間が手を離すと、目を回した無限竜が信じがたい速度で天へと高く飛んでいく。

 あっという間に豆粒のようになって、無限竜のリーダー、ガガグレは見えなくなってしまった。


 ドラゴンたちは一時交戦を中断し、この事態を前に誰もが動きを止めていた。

 もちろんセルグスもその一体。


 そんな中、最初に動き出したのは獄炎竜だった。


「オラアアアアッ! 人間ごときがオレらドラゴンの戦いに勝手に参入してんじゃねぇぇぇぇっ!」


 やたらと沸点が低いのが獄炎竜の特徴だ。

 中でもリーダーのフェルノは特にキレやすい。

 さっきまではドラゴン相手にキレていたが、どうやらそれ以上に、劣等種として見下している人間に対する苛立ちが勝ったらしい。


 フェルノは一気に距離を詰めると、口を大きく開けて溶岩流めいたドロドロの液体を吐き出した。

 人間はそれをまともに浴びてしまう。


「ハハハハハハハッ! 骨すら残らねぇだろ――――ッ!?」


 ドラゴンの鱗でも耐え切れない超高熱の液体を浴びせ、勝利を確信した様子のフェルノだったが、すぐに瞠目することとなった。


 灼熱のマグマの中から、まったくの無傷で人間が姿を現したのだ。


「あっつー。さすがに今のは熱かったわ。サウナにしても加減ってもんがあるだろ」


 しかも至って余裕の表情。


「ふざけんなァァァァッ! 何で人間ごときがオレ様の炎を浴びて生きてんだよ!?」

「〈全環境耐性・極〉スキルがあるからな。マグマの中でも数日くらいなら普通に生活できるぞ」

「ぜんかん……なんだそれはッ!?」


 上位竜ですら蛇に睨まれた蛙状態になるはずのフェルノの威圧感のある怒声を前にしても、あの人間は平然としている。


「しかしお前、ちょっと暑苦しいな。発熱し過ぎだろ。……よし、冷凍ドラゴンにしてみよう」


 超級魔法――〈|永久ノ凍土(パーマフロースト)〉


 獄炎竜を襲ったのは極寒の冷気だった。

 水が触れただけで沸騰するほどの温度を誇る彼の鱗が、一瞬にして凍り付いていく。


「ばか、な……」


 やがて氷像と化したフェルノは、そのまま地上へと落下していった。


「ふ、ふははは……ふはははははっ!」


 信じがたい光景を何度も見せつけられ、多くのドラゴンたちが呆然としている中で、セルグスはいきなり笑い出していた。

 だが決して頭がおかしくなった訳ではない。


「面白い! あれが人間だろう何だろうと、この際、関係はない。これほどの強者を相手に我の剣がどこまで通じるのか、ぜひとも試して見たくなった!」


 セルグスは宙を翔けた。

 その巨体を躍らせ、自分より遥かに小さな生き物へと端から全力で立ち向かっていく。


「とくと見よ、我が最強の奥義! 〝散華〟!」


 セルグスの尾が超高速で閃いた。

 さながら花が散るように一度四方八方へと剣閃が広がり、さらにそこから一点目がけて収束していく。

 もちろん、その収束先はあの人間だ。


 全方位から迫りくる無数の斬撃。

 その一撃一撃が、山すらも斬り裂く天変地異じみた威力を誇る。

 生身の人間が受ければ、それこそ肉片すら残らないかもしれない。

 だが、


(手応えがない!? 確かに今、当たったはず――)


 直後、セルグスの尾部に激痛が走る。


「な……っ!?」


 刃竜の証しであり誇りとも言うべき尾の刃が、半ばでぽっきりと折られていたのだ。

 オリハルコンにも匹敵すると言われる強度を誇り、なおかつ竜気を纏っていたというのに。


「……無念」


 尾の刃は刃竜の命でもある。

 それを破壊されたということはすなわち、死を意味する。

 完膚なきまでの敗北。

 セルグスは完全に戦意を失い、地上へと落ちていった。



    ◇ ◇ ◇



「今のはさすがにちょっと危なかったか?」


 刃竜の攻撃を凌いだ俺は、思わずそう呻いた。


 いきなり物凄い勢いで突っ込んできたかと思うと、その尾の刃でとんでもない斬撃を放ってきたのだ。

 転移魔法で逃げるという手もあったが、時間制限つきだがあらゆるダメージを防いでくれる〈絶対防御・極〉スキルを使って防いだ。


 さらに〈絶対切断・極〉で反撃。

 奴の尾を真っ二つにしてやった。


『まともに受けていれば、恐らく1000ほどのダメージを受けていました』

「大したこと無かった」


 俺のHPは確か五万近くあったはず。

 1000程度のダメージだと〈自然治癒・極〉で一瞬で回復するだろう。


『すでに八万を超えています。また、物耐値は7000近くあります』

「えっ、そんなに上がってんだ」



カルナ 22歳

 種族:人間族

 レベル:94

 スキル:たくさん

 生命:78982/78982

 魔力:85129/85129

 筋力:7193

 物耐:6982

 器用:6502

 敏捷:7085

 魔耐:7009

 運:7793



 ステータスを調べてみると、いつの間にかレベルが94まで上がっていた。

 しかも〈成長率上昇・極〉のお陰か、同レベル帯のドラゴンと比べても各数値は遥かに高い。


「ヒャッハーーーーッ!!!」


 と、そこへ黒輝竜のリーダーで、クロの母親でもある愚連華が突っ込んできたが、


「テメェのお陰で手間が省けたぜぇぇぇっ! あとはテメェを倒せば、今度こそ正式にアタシが竜王に――――ひでぶっ!?」


 俺の拳一発で天高くへと吹っ飛んでいった。


「あの愚連華サンが一撃っ!?」

「ヒャ、ヒャッハ…………さすがに、笑えねェ……」


 ドラゴンの中でも強者だった連中が悉く敗北したことで、皆、戦意を失ったようだ。

 もはや俺に向かってくる者はおらず、あちこちで繰り広げられていた戦いは完全に終結していた。

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