第94話 ちょむちょむと愚連華
「あなた~、あなた~、起きてくださ~い」
「ん~っ……」
妻に身体を揺すられ、シロの親父さん、すなわち竜王がようやく目を覚ました。
顔立ちはかなり整っていて、身嗜みを改善すればきっと中年二枚目俳優のようになるだろう。
だが生憎とそうした面への意識はまるでないようで、ボサボサの白髪、無精ひげ、だらしなく着崩している上に薄汚れた服装と、橋の下にでも住んでいそうな格好だった。
とてもすべてのドラゴンの頂点に立つ人物(竜物?)には見えない。
床に落っこちて寝ていた竜王は身を起こすと、ふらふらと玉座に近づいていく。
そして玉座の上で丸くなった。
「……あと五日」
まだ寝る気かよ!?
しかも五日って! 二度寝なのに長すぎだろ!
「だめですよ~、この間もそう言って、もう五日経っちゃいましたよ~」
どうやらすでに実行済みだったらしい。
そもそも玉座で寝るなよ。
「ん、パパの特技はどこでも何時間でも寝れること。尊敬する」
シロの尊敬ポイントもおかしい。
そう言えばシロも寝るの好きだもんな……。
いつも食って寝てばかりだ。パンダかよ。
となれば、このおっさんも食い物には弱いかもしれない。
そう考えて〈無限収納〉から取り出したのは、こんなこともあろうかと思って作っておいた肉まんだ。
材料はやはりオークロードの肉。噛めば肉汁が爆発する。
「はむっ――むぐぐぐ」
「お前のじゃない」
シロが横から首を伸ばして肉まんを喰らおうとしてきたので、額を手のひらで抑えて止めてやった。
「っ!」
その美味そうな匂いが伝わったのか、竜王がガバッと跳ね起きた。
俺は肉まんを放り投げる。
竜王は即座に飛び上がると、肉まんに喰らい付いた。
「うめええええ――――ッ!?」
溢れ出る肉汁の旨味。しかしその直後に襲いかかってくるのは、ケーシングに閉じ込めてこっそり肉まんの奥に潜ませていた大量の唐辛子による激辛だ。
「ギャーーーースッ!!!!」
竜王が怪獣のような悲鳴を上げた。
「……危なかった」
もう少しで自分が激辛肉まんの犠牲になるところだったシロが安堵している。
「水水水水ぅぅぅっ!」
「はい、よく冷えた水」
俺の魔法で、氷点下に近い水が滝のごとくザバーッと竜王の頭上へと降り注ぐ。
「さて、これでさすがに目が覚めただろ」
「ふ~む。なるほどなぁ。話はよ~く分かったぜ」
ようやく玉座を玉座として使用した竜王は、俺の話を聞き終えるとそう鷹揚に頷いた。
しかし何ともやる気無さそうに、小指を鼻の穴に突っ込んでホジホジしている。
うわっ、丸めてこっちに飛ばしやがった!
「あらあら~、大変なことになってますね~」
シロの母親、ペローネが他人事のようにほわほわと微笑む。
「じゃあ早速、各集落に応援を要請するか。おーい、つるつるてん! つるつるてん! ……なんだ、いないのか?」
なに、つるつるてんって? 名前?
「パパったら、近衛兵の隊長だったつるつるてんさんなら、と~っくに辞めて故郷に帰っちゃってますよ~」
「おっと、そうだったか? ふ~む、だとすると……あれ? 今は誰に命じればいいんだ?」
「さあ~? そう言えば、最近ぜんぜん人を見かけませんね~?」
俺もここに来るまで、シロの母親を除けば、シロの姉ちゃんにしか会ってないな。
『ドラゴンたちの宮仕えは有志によって行われます。すなわちどれだけのドラゴンが竜王へ忠誠を誓っているのかは、宮殿の賑わい具合で判別することが可能なのです』
と、ナビ子さん。
「昔はもっといたんですけどね~?」
つまり、みんな愛想を尽かして出て行ったってことか……。
竜王がこれだもんな。
「まぁ、いないなら仕方ねーなー」
「うふふ、せっかくですから~、応援要請がてら二人でゆ~っくり集落ツアーと行きませんか~?」
「おう、それは妙案じゃねーか」
そしてこの危機感のなさである。
ダメだ、この夫婦……。
もういっそのこと黒輝竜に玉座を譲った方がいいんじゃないのか?
と、そのときだった。
突然、一体のドラゴンが謁見の間へと飛び込んでくる。
急ぎの要件なのか、人化せずドラゴンの姿のままだ。
『竜王様、大変です! 明らかに殺気立った他集落のドラゴンたちが、この集落に向かって飛んできています! 警告にも応じません!』
「なに、あいつらもう来たのかよ?」
「あらあら、忙しないですね~」
どうやらもう黒輝竜たちが襲来したらしい。
『防衛部隊を結成し、すぐさま迎撃に当たる予定です!』
「じゃあそれで。任せた。……えーっと」
『は! 俺は近衛兵のぴくぴくです!』
「おっと、そうだったそうだった。後は頼んだぞ、ぴくぴく」
ぴくぴくて。
まぁ名前のことは置いておいて、このドラゴンは近衛兵なのか。いるにはいたんだな。
しかし竜王、完全に名前を忘れていたよな……。
ぴくぴくが去っていくと、竜王は玉座の上で丸くなった。
「ペローネ、決着が付いたら起こしてくれ」
「は~い」
「また寝るのかよ!?」
そして戦いの決着は付いた。
いきなり襲来した黒輝竜を中心とした反乱勢力に対し、竜王側は兵力数でも戦意でも大きく劣っていた。
その結果、あっさりと防衛線を破られて集落への侵入を許したかと思うと、竜王側は即行で降伏。
あまりにも一方的過ぎで、両陣営にほとんど被害らしい被害も出なかった。
そして現在、ここ竜王の城は完全に黒輝竜の一派によって占拠されている。
黒輝竜のリーダーである愚連華は、勝ち誇った顔で玉座に腰掛けていた。
「ヒャッハーーーーッ! これからはアタシが竜王だ! 今まで白輝竜どもに後れを取ってはきたが、これからはアタシら黒輝竜の時代だぜ!」
「ヒャッハーーーッ!」
「ヒャッハーーーッ!」
「ヒャッハーーーッ!」
……なかなかにうるさい連中である。
前竜王を初めとする白輝竜たちは拘束されて、玉座を我が物とした愚連華の前に座らされていた。虹輝竜であるペローネもだ。
ただしシロだけは現在、俺と一緒に〈隠密・極〉を使って身を隠している。
家族が拘束されている姿を前にしながらも、シロは毅然としていた。
……いや、平然と言った方がいいのか?
って、ちょっと待て。こいつそもそも目が開いてないような――
「すぅすぅ」
寝てる!?
「ヒャッハーーーーッ! テメェらの処遇を決めねぇといけねぇなァ!」
愚連華が大声を上げた。
「厳罰を!」
「前竜王は処刑しろ処刑!」
「そうだそうだ! あんな無能は死んで当然だ!」
黒輝竜は元より、反乱に加わった超竜の代表者たちからも厳しい声が飛ぶ。
「あらあら、大変ですね~」
ペローネは相変わらず他人事のように笑っている。
「すやすや」
「むにゃむにゃ……」
一方、前竜王とシロの姉ちゃんは寝ていた。
「寝るんじゃねぇぇぇぇぇっ!」
愚連華が怒声を上げ、前竜王が「ふごっ?」と目を覚ます。
マイペースにも程があるだろ、こいつら。
このままではマジで処刑されかねないぞ。
「ちょむちょむ! テメェには新竜王であるこのアタシが、直接その処遇を言い渡してやらぁ!」
そして愚連華が宣告した。
「テメェはっ…………あ、アタシの王配になりやがれッ!」
……ん???
王配って、あれだよな?
『はい。女王の配偶者のことです』
どんな処罰だ?
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