第93話 竜王

「よし、シロ。竜王のいるところに連れて行ってくれ」

「ん」


 俺はドラゴン化したシロの背中に乗った。

 竜王は彼女の親父さんらしい。

 つまりこれから行く場所は彼女の故郷で、実家である。


 猛スピードで空を翔けること数時間ほど。

 やがて辿り着いたのは空に浮かぶ島だった。

 スカイアイランドだ。


 以前、ルシーファもこの飛行する島に住んでいたっけ。

 いや、あれは捕らわれていたのか。


 スカイアイランドの中には、常に移動しているものと制止し続けているものがあるらしいが、これは後者の方らしい。そしてかなり大きかった。


 黒輝竜たちのは集落という感じだったが、ギリギリ街と呼んでも大丈夫そうなくらいには家屋数がある。


『あれがうち』


 シロが鋭い爪で示した先にあったのは、モスクのようなドーム状の宮殿だった。

 白輝竜を象徴しているのか、外装は純白に塗られている。


 竜王は代々あの宮殿に暮らすことになっているらしい。

 そして代替わりするたび、外装や内装が竜王の好みに塗り替えられるとか。

 恐らく黒輝竜が竜王のときであれば、真っ黒に塗られているのだろう。

 必ずしも竜王は白輝竜であるとは限らないのだ。


 宮殿前の広場に降り立った。

 俺は〈隠密・極〉スキルを発動しようとする。


『ん、必要ない』

「人間が入っても大丈夫なのか?」

『誰も気にしない』


 シロが人化する。


「付いてきて」


 ちゃんと案内してくれるらしい。

 彼女に連れられて俺は宮殿内へと足を踏み入れる。


 衛兵の姿は無かった。

 それどころか、広い廊下なのにが竜っ子一竜見当たらず、がらんとしている。


 初めて最初の住人に遭遇したのは、しばらく進んでからだった。

 硬い床の上にうつ伏せになって、すぅすぅと寝息を立てている。

 白銀色の頭髪に隠れていて顔は見えない。


 ていうか、なんでこんなところで寝てるんだ?

 とりあえず鑑定してみる。

 


ぺむぺむ

 種族:白輝竜

 レベル:84

 スキル:〈咆哮〉〈竜気〉〈限界突破〉



 ……ぺむぺむ?


「紹介する。姉さん」


 どうやらシロの姉ちゃんらしい。

 いやいやいや、寝てるところを紹介されてもな?

 しかも名前がぺむぺむって! ギャグ? ギャグなのか? これなら黒輝竜の方がまだマシだ。


「ん。こっち」


 シロの中は今のでちゃんと紹介し終えたと思ったようだ。

 もう先に行こうとしている。


「待て待て。これがシロの姉ちゃん?」

「そう」

「名前はぺむぺむなのか?」

「ん。とてもカッコいい名前」


 ドラゴンのセンスが分からない。

 シロも将来的にはこんな変な名前を付けられていたのだろうか……。


『まだシロの方がまともですね』


「竜王の娘、つまり王女ってことだろ? 何で廊下で寝てるんだ?」

「昔からひんやりした場所に顔を押し付けて寝るのが好き」

「確かに気持ちいいけどな!?」


 さすがに廊下はやめろよ。


「ん……」


 俺たちの声で目を覚ましたのか、シロの姉が小さく呻き、身動ぎした。

 と思いきや、ぐるぐるぐるっと転がる。

 廊下の壁に激突すると、そのまままた眠ってしまった。


「たまに場所を変える。そうしたらまたひんやり。あと、長いときは二、三日は起きない」

「とりあえずお前に負けず劣らずの変人だというのは分かった」


 転がる際に一瞬だけ見えた顔は物凄い美人だったが、中身はかなり残念なようだ。

 ……大丈夫だろうか、白輝竜。


 さらに進んでいくと、別のドラゴンに出会った。


「あらあら~、お久しぶりね~」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべていたのは、見た目で言えば三十歳前後の女性だ。

 かなりの美人である。

 だが恐らく成竜で、実際には百歳を超えているだろう。



ペローネ

 種族:虹輝竜

 レベル:102

 スキル:〈咆哮〉〈竜気〉〈限界突破〉



 ペローネ!?


「紹介する。ママ」


 どうやら彼女がシロの母親らしい。


「あれ、白輝竜じゃないのか?」

「ん。ママは別の神竜の一種。虹輝竜」


 よく見ると、彼女の髪の色は少しずつ変化していっていた。

 どうやら鱗の色が徐々に移り変わっていくというのが虹輝竜の特徴らしい。

 人化するとそれが髪の毛に現れるようだ。


「へー、それでも白輝竜が生まれて来るんだな」

『虹輝竜は突然変異に近い竜種です。強さはそれほどでもありませんが、稀少度では他の神竜と比べても遥かに上でしょう』


 と、ナビ子さん。


「うふふ、どうしたんですか~? 珍しいですね~、あなたが帰ってくるなんて~」


 何とものんびりとした声で、彼女はシロを出迎えていた。

 クーデターなんて起こりそうにもない平和な光景だ。


「パパはいる?」

「パパですか~? うふふ、いますよ~。久しぶりにあなたの顔を見せてあげてくださいね~、きっと喜びますよ~」

「ん」

「あらぁ? ところでそちらの方は~?」


 ようやく俺に気づいてくれた。


「カルナ」

「どうも、カルナです」

「あらあら、あなたがお友達を連れて来るなんて珍しいですね~」


 シロのお母さん、ペローネが嬉しそうに言う。

 俺が何者なのかはどうでもいいっぽい。


「それにしても、カルナさんですか~、うふふ、随分と面白い名前ですね~」

「あんただけには言われたくなかったよ!」


 やはりドラゴンのセンスは理解不能だった。


 そして俺たちは竜王の玉座がある部屋へとやってきた。

 魔物の王者とも言えるドラゴンの、さらにその頂点に君臨するのが竜王だ。

 さすがの俺も少しだけ緊張しながら中に入る。


「あれが、パパ」


 そう言ってシロが指をさした先にいたのは――


「……死体?」


 玉座と思しき椅子の背もたれ。

 そこに人の形をした何かが、まるで雑巾のようにぶら下がっていた。


 一応生命反応があるし、生きてはいるようだ。

 ていうか、寝ているだけっぽい。



ちょむちょむ

 種族:白輝竜

 レベル:122

 スキル:〈咆哮・極〉〈竜気・極〉〈限界突破〉



 なんかまた変な名前の奴だ。


「シロさんや。竜王はどこにいるんだ?」

「ん、あれ」


 ……やっぱりあれが竜王らしい。


「うふふ、ちょむちょむさんは~、色んな格好で寝るのがお好きなんですよ~」


 とペローネが教えてくれる。

 いくら何でもあの寝方は斬新過ぎるだろ!?

 シロの姉ちゃんも酷かったが、まだ可愛く思えるレベルだった。


「っ!?」


 突然、竜王がびくっとなった。

 あっ、寝てるときによくなるやつだ。


 その拍子に背もたれからずり落ちた竜王は、そのまま玉座からも転落し、地面に頭から激突してしまった。ゴンッ、と痛そうな音が響く。


「すぅ……すぅ……」

「そのまま寝続けた!?」


 ……本当にこんなのが竜王で大丈夫なのだろうか?


『大丈夫ではないからこそ、クーデターが起きようとしているのかと』


 ナビ子さんの言う通りだ。

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