ドラゴン騒乱編

第91話 ドラゴン姉妹

『やっと見つけたです!』


 突然現れたその黒輝竜は、人間の幼女へと姿を変えた。

 褐色の肌をした可愛らしい女の子だ。

 見た目は七、八歳ほど。

 フィリアと同じくらいだろうか。


「たいへんなのです、ねーさま!」


 その幼女はどこか焦った様子で、俺の握った寿司を喰いまくっていたクロのところへ駆け寄った。

 頬に米粒を付けたクロが目を丸くする。


「何でテメェがここにいるんだ?」

「決まってるです! ねーさまを連れもどしにきたですよ!」


 幼女は少し舌足らずな声で叫ぶ。


「ねーさま……ということは、クロさんの妹さんでしょうか?」

「そうみたいだな」


 少なくとも同じ黒輝竜であることは間違いない。

 それに漆黒の髪に褐色の肌、何よりややキツめな目付きなど、クロとよく似ていた。


「はやくおうちに帰るです!」


 幼女はそんなことを言いながらクロの服の袖をぐいぐい引っ張っている。

 俺はカウンター越しに声をかけた。


「よしよし。何があったか知らないけれど、とりあえず落ち着こうね、チロちゃん」

「テメェ人の妹にまで勝手に名づけしてんじゃねぇよ!?」


 チビクロだからチロである(安直)。


「ねーさま! どーしてニンゲンなんかといっしょにいるです!」


 チロが俺たちをギロリと睨んでから、クロの方へと視線を戻して訴えた。


「まさか、ニンゲンごときとトモダチになったなんて言わないです!?」

「ななななっ、んなわけねぇだろっ!?」


 慌てたように否定するクロ。

 そうそう。友達じゃなくてペットだもんな。


「ねーさまはしょうらいドラゴンのちょーてんに立つべき方ですよ! ニンゲンごときとたわむれているヒマなんてないです!」


 このチロちゃん、随分と人間を見下しているらしい。


「なぁ、チロちゃん」

「それまさかあたちを呼んでるです!? かってに呼ぶなですよ!」

「とりあえずこれ食ってみ」

「なんですかこれは!? ふん、です! ニンゲンの食い物なんて、だれが食べるもぐもぐもぐ!?」


 転移魔法を使って大トロの握りをチロの口の中に入れてみた。


「うま―――――――――――――――いです!?」


 チロの目が見開かれる。

 頬がだらしなく垂れ下がって、釣り上がっていた目尻も下がった。


「はふぅぅぅ……飲みこむのが、もったいないですぅ……」

「おかわりあるぞ」

「ほんとです!?」


 続いてネギトロの軍艦巻きを食べさせてみる。


「うま――――い!? これもうまいのです! もっと欲し――――って、こんなことしてるバアイじゃないですよ!?」


 ハッとしたように我に返るチロ。


「ねーさま!」

「もぐもぐもぐ」

「そんなもの食べてるバアイじゃないです!」

「て、テメェに言われたくねぇよっ!」


 チロは大声でクロに詰め寄った。


「たいへんなのですよ! はやくおうちに帰ってくるです! かーさまが怒ってるですよ!」

「母様が!?」


 母親が怒っていると聞いて、クロがさっと蒼ざめる。

 どうやら怖い母親らしい。


「まぁまぁ、もう少しゆっくり食べていきなよ、チロちゃん」

「だからそんな呼びかたはやめろと言ってもぐもぐもぐ、うま――――――――い!」


 俺がまた口の中に寿司を入れてやると、一瞬で恍惚とした表情になるチロ。


 チロちゃん可愛い。

 もっといっぱい食べさせてあげたいし、餌付けしたい。


 それから俺はチロちゃんのために沢山寿司を握ってあげた。

 もちろん子供の舌に合せてワサビ抜きである。


 さすがは小さくてもドラゴン。

 大食いチャンピオンも真っ青な速度で、小さな口の中に次々と消えていく。


「もぐもぐもぐ……さっきのぷちぷちしたのおかわりほしいです!」

「イクラな」

「あと、たまごもなのです! もぐもぐ……」

「あいよ」

「オレは甘エビくれ!」

「ほらよ」

「あっ、ねーさまズルいです! あたちも甘エビ食べたかったです!」


 クロが食べようとしていた甘エビを、チロが横から掻っ攫ってしまう。

 おいおい、それは……


「ふぎゃう!? ななな、なんなのですこれは!? 鼻が! 鼻がツンとするです!」


 ワサビが効いたらしい。

 クロ用に握った寿司を横取りしちゃうからだよ。


「毒!? 毒なのです!? ねーさま、毒が入ってたです!」

「毒じゃなくてワサビだ。テメェが子供のくせに大人のを食うからだ」

「こ、子どもあつかいはやめるです!」


 仲が良いのか悪いのか、言い争うドラゴン姉妹。


 やがて満腹になったのか、チロは膨らんだお腹をさすりながら満足げに息を吐いた。


「あふぅ……食った食ったですぅ」


 俺がお茶を出してやると、「かたじけないですぅ」と言って、ずずずと啜った。

 と、そこでチロは小さく首を傾げた。


「……? なにかわすれてる気がするです? ……………ハッ!?」


 小さな目が見開かれる。

 どうやらまた正気を取り戻したらしい。


「だからこんなことしにきたわけじゃないですよ!? たいへんなのです、ねーさま!」

「もぐもぐ……だから何が大変なのか、もぐもぐ、まずはそれから言いやがれ」


 まだ食べ続けているクロが鬱陶しそうに応じる。

 チロは焦燥に満ちた顔で叫んだ。



「かーさまが! 里のみんなが! ……ちゅ、りゅーおうに〝せんせんふこく〟したです!」



「ぶふぅぅぅっ!」


 クロの口の中から大量の米粒とネタが飛んできた。

 うわ、汚ねっ。

 てか食べ物を粗末にするな!


「な、何だと!? そ、それは本当なのか!?」

「ほんとなのです! だからねーさまを呼びにきたです! かーさまたちはすでに戦いのじゅんびをしてるです!」

「それを早く言いやがれ!」


 どうやら緊急事態らしい。


『竜王はすべてのドラゴンを統べる存在です。一方それに反旗を翻したのは、彼女の話から推測するに最強種の一角である黒輝竜でしょう。もし戦争でも始まれば、その余波で地上に天変地異じみた被害が発生することは必至です』


 なるほど。そりゃ大変だ。


「クロのかーちゃんは黒輝竜のリーダーか何かなのか?」

「そ、そうだ。前々から竜王に対しては強い敵意を持っていたけどよ、まさか本当に反旗を翻すとは……」


 クロは顔を青くしながら教えてくれる。


「もぐもぐもぐ。カルナ、おかわり」

「って、何でテメェはこんなときに平然とまだ食ってやがんだよ!? テメェとも無関係な話じゃねぇだろ!」


 いつもの様子で喰い続けていたシロに、クロが大声を張り上げる。


「竜王はテメェの親父だろうが!」


 え?

 竜王ってシロの父親なのか?


『そうです。現在の竜王は白輝竜で、彼女はその二番目の子供に当たります』


 マジか。


「えええええっ!? こいつ、りゅーおうのむすめです!? さっきからねーさまより食べるやつがいると思ってたら、はっきりゅーだったです!?」


 驚愕するチロ。

 さらに警戒する犬のように喉を鳴らして、


「気をつけるです、ねーさま! あたちたちをまっさつしにきた、りゅーおうの〝しかく〟かもです!」

「ん、もぐもぐ、心配いらない。パパとは、もぐもぐ、もう三年くらい、もぐもぐ、会ってない、もぐもぐ」


 シロは食べながら答える。


「と、とにかく、こうしちゃいられねぇ。オレは里に帰らせてもらうぜ」

「そうですよ、ねーさま! いそぐです!」


 クロが立ち上がり、チロと一緒に帰ろうとする。


「……の前に、大トロあと一つだけ喰わせてくれ」

「なにしてるです、ねーさま! ……あたちも大トロほしいです」


 大トロを口の中に放り込んでから、黒輝竜の姉妹はドラゴン化して去って行った。


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『栽培チートで最強菜園 ~え、ただの家庭菜園ですけど?~』のコミック第1巻が本日、発売されました!

漫画担当の涼先生が、最高に面白い作品に仕上げてくださっているので、ぜひぜひ読んでみてください!!

https://magazine.jp.square-enix.com/top/comics/detail/9784757577787/

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