第87話 天から三物を与えられた男

「貴様が紫苑か……?」

「いかにも。僕がこの一団を束ねている紫苑だよ」


 貴公子然とした容姿の紫苑は、薄い笑みを浮かべながらあっさりと名乗りを上げた。


「君のことを待っていたよ」

「なに?」

「だけど――」


 怪訝な表情をする桜花に、紫苑は少し落胆したように溜息を吐く。


「――ダメだね。君じゃあ、この僕の美しさには釣り合わない」


 ……何を言ってるんだ、こいつは?


「鬼族一の美貌でファンも沢山いると聞いていたから、君には期待していたんだけどねぇ」

「……何だか知らぬが、物凄く腹立たしいことを言われた気がする」


 桜花が眉根を寄せて睨みつける。

 しかしそんな視線など意に介さず、紫苑はティラやエレンたちへと視線を流す。

 そしてやはり嘆息した。


「他にも何人か連れてきてくれたみたいだけど、残念ながら全員落第点さ」

「……私も今、猛烈にイラっとしました」

「あたしもだ」


 こめかみに青筋を浮かべるティラとエレン。

 そりゃ、いきなり顔を見ながら「落第点」とか言われたら誰だって腹立つだろう。


「らくだいー?」

「お腹すいた」


 まぁ、フィリアは不思議そうに首を傾げ、シロに至っては話すら聞いていない様子だが。


「そんなことより自分の身の心配をしてはどうだ? 我らは貴様を捕まえにきた。これ以上、貴様らに都を荒らさせはせぬ」

「ははは、ちょっと物をくすめたりしたくらいで大袈裟だね」

「大袈裟なものか! 窃盗や強盗は犯罪だ! 被害の規模を考えれば重罪に処せられる可能性もある! さらに貴様は若い女子も誘拐しているだろう!?」


 声を荒らげて問い詰める桜花。

 一方の紫苑はなぜかキョトンとしていた。


「罪? 何を言っているんだい? この僕が罪に問われるはずがないだろう?」

「っ? 貴様こそ、何を言っている?」

「だって僕はこんなにも美しいんだよ? だったら何をしたって問題ないじゃないか?」


 あかん、こいつ話が通じないにも程があるだろ……。

 桜花はもちろん、ティラやエレンも絶句している。


「そうだよね、みんな?」


 俺達が唖然としていると、紫苑は配下の山賊たちにそう問いかけた。


「もちろんです!」

「紫苑様は神にも等しいお方!」

「ゆえに紫苑様こそ絶対です!」


 ……ここの山賊たち、どこか規律に厳しい兵士のようだと思っていたが、むしろ宗教の信者と表現した方が適切かもしれない。


「彼らの言う通り。この僕は誰しもが平伏すべき存在なのさ」


 こいつ、殴っていいかな?


「唯一、困ったことがあるとすれば、僕に釣り合うような配偶者がなかなか見つからないことなんだ。都で噂になっている美女を何人も連れて来てもらったけれど、やはりこの僕という世界一美しい花を前にしては雑草同然。お陰でまだ童貞でねぇ」

「ふざけるな! そんなことのために、娘たちを浚っていたというのか!?」

「そうだよ? どれもブスだったから、丁重に貶して帰って貰ったけれどね」


 戻ってきた娘たちは皆、例外なく塞ぎ込んでいると聞いていたが、それが原因だったのか……。


 桜花が刀を抜いた。


「貴様のような下衆を許してはおけぬ! 我が成敗してくれる!」


 そう宣言し、単身で突っ込んでいく。

 そうはさせるかとばかりに山賊たちが一斉に彼女に躍り掛かった。


 だが桜花は右腕を一閃。

 それだけで最前列にいた山賊四人がまとめて吹き飛ばされる。


 次々と襲い掛かる山賊の群れを桜花はまるで意に介さなかった。

 何十人もいた山賊たちが、あっという間に斬り伏せられていく。


「安心しろ、峰打ちだ」


 やがて山賊の手下どもを全滅させた桜花は、紫苑を鋭く睨み付けた。


「次は貴様の番だ」

「へえ、容姿と比べれば剣の腕の方が多少はマシのようだね」

「……戯言を」


 吐き捨てる桜花を前に、紫苑は余裕ぶった表情で立ち上がる。

 腰から剣を抜くと、構えることなくぶらりと提げるように持った。


 てか、こいつ……


 両者の距離がゆっくりと詰まっていき、最初に仕掛けたのは桜花の方だ。

 雷のごとき速度の斬撃。

 だがそれを紫苑は軽く受け流していた。


「っ!?」


 目を剥く桜花。

 直後、紫苑の剣が目にも止まらぬ速さで翻り、逆に桜花を襲う。


 激しい金属音が響き渡る。

 彼女は辛うじて斬撃を受け止めていた。

 しかし紫苑はまるで流れる水のごとき巧みさで、すぐさま次の攻撃へと移っている。


「く……っ!」


 間断なく繰り出される紫苑の剣技に、桜花は防戦一方だった。

 険しい表情で、どうにか耐えているといった様子。

 一方の紫苑は涼しい顔をしていた。


「見ての通り、僕は容姿だけでなく剣術までもが美しい」

「っ……」

「そして人心を掌握する力も持っている」


 紫苑の戦いぶりに、先ほど桜花にやられて地面で呻いていた配下たちが口々に叫び出す。


「紫苑様!」

「さすが紫苑様だ! あの桜花を押している!」

「やはり紫苑様は我らが神だ!」


 苦しげに顔を歪める桜花へ、紫苑は平然と言い放った。


「僕は天から二物も三物も与えられて生まれてきたのさ」


 この台詞だけを聞くと、なんて自信過剰な奴だと思うのだが、



紫苑 20歳

 種族:鬼族

 レベル:62

 スキル:〈剣技・極〉〈指揮統率・極〉〈美容・極〉



 鑑定してみると、こいつマジで最上位のスキルを三つも持ってやがるんだよなぁ……。


「がっ……」


 桜花が弾き飛ばされ、地面を転がった。

 すぐさま立ち上がるが、力の差は歴然だった。

 彼女では紫苑には勝てないだろう。


「もっとも、僕はこの力を使って何か大きなことを成し遂げたいとか、そんなことは露ほども思っていないけれどね。ただ僕は自分が好きなように生きたいだけ。そしてそれを邪魔するというのなら返り討ちにしてやるだけだよ」


 せっかく才能を持って生まれたってのに、それを社会に還元するどころか、自分の道楽にしか使ってない。

 まったく、宝の持ち腐れだな。


『マスターとそう大差ない気が?』


 いやほら、俺は一応、国とか救ってるし?


「桜花、下がってろ。こいつは俺が何とかしてやる」


 俺は悔しげに拳を握り締める彼女の胸を、ぽんと叩いてやる。

 バトンタッチだ。


「カルナ殿……って今、我の胸を叩かなかったか!?」

「気のせい気のせい」


 喚く桜花を後目に、俺は紫苑と対峙する。


「人間族がわざわざ鬼族同士のイザコザに介入してくるなんて、随分と正義感が強いんだねぇ」

「正義感? 馬鹿を言え。協力したら桜花たんが今度こそ生おっぱい揉ませてくれるかもしれないっていう、ただの下心だ」

「揉ませるわけがないだろう!?」


 マジで?

 いけると思ったんだけどな……。


「だが、それはついさっきまでの話。今は違う。俺は今、正義感に燃えている」

「か、カルナ殿……」


 俺は叫んだ。



「イケメン死すべし! という猛烈な正義感になァッッッ!!!」



「それ、正義感じゃなくてただの嫉妬ですよねッ!?」


 ティラのツッコミが洞窟内に響き渡った。


「ははははっ! なかなか面白いことを言うじゃないか! だけど、果たしてそれを成すだけの力が君にあるだろうか?」


 大声で笑い出す紫苑。

 俺は鼻を鳴らすと、不敵に笑った。


「はっ、楽勝だ」


 断言する。


「なんせ、俺は天から百物を与えられてるんでな」

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