第86話 山賊

 宴会の翌日、俺たちは桜花に案内されて華都の名所を見て回っていた。


「綺麗な花ですね」


 ティラが感心したように言うと、桜花は誇るように頷いた。


「うむ。これはこの島固有の木で、我々は〝桜〟と呼んでいる。春になるとこんな風に桃色の綺麗な花を咲かせてくれる」


 どうやらこの世界にも桜があるらしい。


「きれーっ! しゅごーいっ!」

「食べられる?」


 広い庭園。

 そこには何十本もの桜の花が植えられていて、今はちょうど満開の時期らしく、辺り一面が桃色に覆い尽くされていた。


「桜花という名は、この花の名前から付けられている。我にとっても特別な花だ。……貴殿らに一番いいときに見てもらえてよかった」

「よし、せっかくだし花見をしようぜ。お酒持ってきて――」

「……昨晩、散々飲んでたじゃないですか」


 俺が提案すると、ティラが呆れ顔を向けてくる。


「ところで、あの後の記憶がないんですが……」

「……お、思い出さなくていいと思うな」


 どうやら昨晩の痴態を覚えていないらしい。


「あたしもお酒はこりごりだ!」

「エレン、水と間違って飲んだお前がいけないんだろうが」


 普通は間違えないが、そこはお馬鹿なエレンだから仕方がない。

 と、そんなやり取りをしているときだった。


「……桜花様、少々ご報告が」

「どうした?」

「昨晩、また奴らが現れたそうです」

「なに? まったく、せめて春くらい大人しくしていればいいのに……」


 兵士から報告を受けた桜花が、忌々しげに顔を顰めた。


「何があったんだ?」

「いや、これは我ら鬼族の恥とも言えること。遺憾ながら、あまり御客人に話せることではない」

「……なるほど。また山賊のせいで被害が出たのか」

「なぜそれを!? ……いや、貴殿のことだ。もはやいちいち驚いていてはキリがないか」


 嘆息して、桜花は包み隠さず教えてくれた。


「紫苑?」

「うむ。ここ最近、手下に略奪行為を繰り返させている山賊の親玉の名前だ」


 ちょっと女性っぽい名前だな。


「どんな奴なんだ?」

「生憎、奴自身は都から近い山の中にずっと潜んでいて、一度も見たことがない。手下どもも兵が駆けつける前に山に逃げ帰ってしまうため、なかなか捕まえられずにいるんだ」

「山狩りすればいいんじゃないのか?」

「それができれば苦労はしない。実は奴らは山中にあるダンジョンを根城としているんだ。そこでの地の利は完全に向こうにあって、逃げ込まうとお手上げだ」


 桜花自身、討伐隊を率いてにそのダンジョンに入ったことがあるらしい。

 だが内部があまりにも広くて複雑な構造をしているため、途中で探索を断念してしまったらしい。


「だがこれ以上は捨て置けぬ。今度こそとっ捕まえてやらねば……」







 鬼族たちの都は周囲を山々に囲まれた盆地にある。

 北東部に位置しているのが冥王山と呼ばれている山で、山賊の一味はこの山中にあるダンジョンを根城にしているという。


「本当に良いのか? 正直、貴殿が力を貸してくれるというのなら、それ以上心強いものはないが……」

「ああ。これくらい大したことじゃない。それに、お風呂でプレイを頑張ってくれたお礼だ」

「プレイって言うな! 何だかイヤらしいことをしたみたいではないか!?」

「ぷれいー? ままー、ぷれいってなにー?」

「……フィリアちゃんにはまだ早いです」


 山賊一味を今度こそ捕えてやろうと意気込む桜花に同行し、俺たちはその冥王山へとやって来ていた。

 

 やがてダンジョンの入り口が見えてくる。

 山の中腹にぽっかりと空いた巨大な穴だ。


「あれがそのダンジョンだ。怖ろしく広大で複雑な構造をしていて、一説には地獄にまで繋がっているとまで言われている」


 見張りと思われる山賊が何人か警備に付いていて、随分と周囲に警戒を払っている。

 山賊なんて基本的には荒くれ連中の集まりなのだが、その様はまるで忠実な兵士のようだった。


「とりあえず警備の奴らを倒すか」

「私に任せてください」


 ティラが雷撃を直撃させ、山賊たちをあっさりと気絶させる。

 俺たちはダンジョン内へと足を踏み入れた。


 内部の雰囲気は一般的な洞窟型ダンジョンのそれ。

 ただし桜花が言った通り、途轍もなく広大だった。

 俺が〈探知・極〉の範囲を最大にしても、まだ全貌を確かめることはできない。少なくとも半径三キロメートル以上はあるということだ。


「さすがに山賊たちはそこまで深いところにはいないようだな」


 すでに俺は連中の居場所を特定していた。

 比較的浅いところに複数の拠点を構えているようだ。それでもかなり道が複雑なので、闇雲に進んではなかなか辿り着けないだろう。


 しかしこのダンジョン、もっと深いところに行くとかなり危険な魔物がわんさかいるんだが。


『世界でも指折りの危険度を誇るダンジョンですので。ただし地上の空気を嫌うため、大抵は深層にしか棲息していません。そのお陰で、彼らが地上に出てくるようなことが避けられているのです』


 と、ナビ子さんが教えてくれる。

 なるほど。だから山賊たちも浅い層になら住むことができているのか。


「そこの分かれ道を右だな」

「……貴殿にはそんなことまで分かるのか……」


 桜花に驚かれつつ、暗い洞窟を進んでいく。


「横道に山賊が隠れてるぞ。気を付けろ」

「む、ならば我に任せてくれ」


 途中で何度か山賊が襲い掛かってきたが、桜花がほとんど一人で倒してくれた。

 鬼族の英雄と言われているだけあって、並の山賊程度に後れは取らない。


「てか、何で英雄って言われてるんだ?」

「恐らく、島の漁業に深刻な影響を与えていた海の魔物を討伐したことがきっかけだろう。それからも何度かそうしたことがあり、気が付けばそう呼ばれるようになっていた」


 その後、宮廷で鬼姫の護衛を務めることとなったのは、彼女が女であったことと、そうした実績が認められてのことだという。


「……もっとも、レイン帝国には手痛い敗北を喫し、属国にされてしまったがな。貴殿の助けがなければ、今もあの暴君の命じるままに幾つもの罪を重ねていたことだろう」


 桜花は自嘲気味に言う。


「今回の件も、改めて自らの不甲斐なさを痛感させられている。自国に湧いた賊すらも、貴殿らの力を借りなくては成敗できぬとは……これで英雄とは、我に期待してくれている皆に情けない」


 真面目だな~。

 責任感の強い子なのだろう。俺より年下(二十歳らしい)なのに偉いことだ。

 俺なんて、期待されるとかえってやる気をなくすタイプだからな。


「あんまりストレス貯めると肩凝るぞ。それでなくてもおっぱいが重いだろうに」

「む、胸をジロジロ見るな!」


 そんなことを話しながら、やがてその場所へと辿り着いた。

 ちょっとした広さの空間に、幾つものテントなどが設置されている。


 すでに俺達が現れることを見越して準備していたようで、物々しく武装した山賊たちが出迎えてくれた。

 途中から山賊がほとんど妨害に来なかったが、それはこの場所に集まっていたためだろう。あえてここまで通したのかもしれない。


 そして彼らに護られた最奥で、そいつは一人胡坐を掻きながら祭壇めいた台座の上に座っていた。


「よく迷わずここまで来たねぇ。さすがは英雄様といったところかな」


 長い黒髪が特徴的な、美しい容姿の青年だった。

 頬がほんのりと赤らんでいるのは、お酒を飲んでいるからだろうか。


 桜花が問う。


「貴様が紫苑か……?」

「いかにも。僕がこの一団を束ねている紫苑だよ」


 とてもそうは見えないが、どうやらこいつが山賊の親玉らしい。

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