鬼族の島編
第84話 桜花戦隊ラブレンジャー
鬼族が住む島はそのまま「鬼が島」と呼ばれていて、だいたい北海道くらいの大きさである。
人口は全部で三百万人ほどだ。
島に上陸した俺たちは、この国の首都である「華都」へと向かった。
「おー、なんか懐かしい感じの家だなー」
道中で見かける家々は古い日本家屋によく似ていて、見ていると郷愁が湧いてきた。
この国の主食はやはり米らしく、あちこちにのどかな田んぼが広がっている。
完全に日本の田舎の光景である。
なんか無性に米が食いたくなってきた。
やがて首都へと到着する。
道が碁盤の目状に整備されていて、まさしく京都のような都市だった。
漆塗りのでっかい門を潜る――キャンピングカーのまま通れる大きさだった――と、この国の政治的・宗教的中心である鬼姫がいるという宮城へ。
つまるところ彼女は、日本でいう昔の天皇みたいな立場らしい。
宮城の前で下車。
門番らしき男たちに用件を伝えると、最初は警戒されたものの、すぐにがらりと態度が変わった。すんなり中に通される。
「ひろーい!」
宮城内にはだだっぴい庭が広がっていた。
門番が桜花を呼びに行ってくれているが、しばらく待たされそうだ。
と、そのときだった。
突然、腰に刀を帯びた五人組が空から俺たちの前へと降ってきた。
もちろん全員が鬼族だ。年齢は二十代から三十代くらいだろうか。
「お前がカルナだなっ!」
その内の一人が、俺を睨みつけて怒鳴る。
というか、五人とも俺に親の仇でも見るような視線を向けてきて、
「女の子を四人も侍らせているなんて、許せん!」
「このリア充め!」
「一人くらい俺に寄こせぇぇぇっ!」
「……死ねばいいのに……」
口々に怨嗟の言葉を吐いている。
「……何ですか、この人たち?」
ティラが不審者を見るような目で五人組を睨む。
無理もない。
こいつら見た目からして明らかに怪しい。
なぜかそれぞれ色の違う法被のようなものを着ていて、背中には「桜花様ラブ❤」とか「桜花たんは俺の嫁」とか書かれたりしている。
ちなみに容姿的にもちょっとアレだ。
「桜花様に何の用だ!?」
「用っていうか、普通に会いにきただけだが」
俺がそう言うと、彼ら五人はショックを受けたような顔になり、
「くっ……もうそんな気安い仲になっているだと……っ!?」
「許さん! 許さんぞぉぉぉっ!」
「俺たちを差しおいてっ……こんな人族ごときがっ……」
「違う……っ! 桜花たんはっ……桜花たんは俺の嫁だぁぁぁっ!」
「……もう死ぬしかない……」
こいつらの相手、しないとダメかな……?
「……お前ら何者?」
とりあえず確認したが、正直訊なければよかったと後悔することとなる。
彼らが突然、口々に名乗り始めたのだ。
よく分からないポーズとともに。
「桜花様のためならたとえ火の中水の中……あわよくばお湯の中ベッドの中……っ! 自称親衛隊だけどどう見てもお前が一番危ない型ファン、レッドっ!」
「多くは望まない。ただ遠くから見守るだけでいい。それが俺の基本スタンス…………ただし裏切りは絶対に許さぁぁぁんっ! 突然豹変してアンチに変わる型ファン、ブルーっ!」
「桜花ちゃん関連グッズに買いそびれはなしッ! 使用済みの私物なら、どんな大金を出しても惜しくはないッ! 限界を超えた浪費で借金地獄に陥る型ファン、イエローっ!」
「桜花たんは俺の嫁……桜花たんは俺の嫁……桜花たんは俺の嫁……桜花たんは俺の嫁ぇぇぇっ! 妄想は実現すると信じて疑わない! 夢見る妄想乙女型ファン、ピンクっ!」
「……桜花と結ばれないなら死ぬ……生きる意味ない……桜花、君のせいだからね……君が僕を殺したんだよ……あははっ、あははははっ…………鬱病責任転嫁型ファン……ブラック……」
そして彼らは一か所へと集まると、
「「「「「五人そろって、桜花戦隊ラブレンジャーっ!」」」」」
全員で決めポーズ(かなりキモイ)を披露してくれたのだった。
……このまま帰っていいかな?
◇ ◇ ◇
「桜花様と会いたければ、俺たちを倒していけッ!」
桜花戦隊ラブレンジャーのレッドが声を張り上げた。
「じゃあお言葉に甘えて」
「ぶべっ!?」
「ぎゃっ!?」
「ぐあっ!?」
「げぇっ!?」
「……っ!?」
バタバタバタと、五人同時に地面に倒れ込む。
瞬殺である。
放置していると邪魔そうだったので、気を失った彼らを一か所に集めていると、そこに見知った美女がやってきた。
「カルナ殿! 来てくれたのだな! って、これは一体……?」
気絶した五人組を見て、桜花は目を丸くする。
「桜花戦隊ラブレンジャーらしいぞ」
「な、なんだそれはっ……? あっ、こいつ見たことあるぞ! 過去に私をストーカーしていた奴だ! いや、こいつだけではない。あいつも、そいつも……ぜ、全員そうだっ!」
どうやら前科者だったらしい……。
「なんか襲われたんだよ、いきなり」
「鬼姫様の恩人になんてことを……っ! カルナ殿、すまないっ」
「いや別にいいって」
それにしても、さすがは鬼族の英雄だ。
アイドル並みの人気があるようで、非公認のファンクラブが結構あるという。
ちなみに鬼姫は桜花と違ってめったに公の場に出ないため、人物像すらほとんど知られていないようだ。
哀れ桜花戦隊ラブレンジャーは、衛兵に引っ立てられていった。
◇ ◇ ◇
桜花に案内され、俺たちは謁見の間へと通された。
床は畳み張りで、襖や欄干まである。本当に日本風の建物だ。
もしかしたら過去に俺と同じような日本出身の異世界人が訪れたことがあるのかもしれない。
前方には一段高くなっている場所があって、恐らくはそこに鬼姫が来るのだろうが、まだ姿を現していなかった。
とそのとき、襖の向こうから微かに話し声が聞こえてきた。
何だろうか。
〈五感強化・極〉がある俺は、つい盗み聞きしてしまう。
「お、桜花っ……その……わ、わたし、へ、変じゃないかな……?」
「もちろんだ。鬼姫様はいつもご立派にお勤めを果たしておられる」
「そ、そうじゃなくてっ……あの……み、見た目が……おかしくない……かなって……」
「姫様はお美しくあられると思うが……」
「……あ、ありがとう……」
「さ、姫様。すでにカルナ殿がお待ちだ」
「……」
「どうなされた?」
「うぅ……や、やっぱり、恥ずかしいよっ……」
「……恥ずかしい? 何をおっしゃっておられるのか」
「だ、だって……その…………うぅぅぅ……」
「……? あまりお待たせしては……」
「そ、そう、だよね……よ、よしっ」
ぱんぱん、と頬を叩く音がしたかと思うと、ゆっくりと襖が開いた。
鬼姫の登場である。
十二単を思わせるカラフルな衣装に身を包んだ彼女は、しかしその場に立ち止まったままだ。
「……姫様?」
背後に侍る桜花が訝しげに声をかけると、ようやく鬼姫は何ともぎこちない動きで歩き出した。ただただ前方だけを見据え、こちらとは目を合せようとしない。
と、そのとき、
「ふぎゃ……」
恐らく裾を踏んでしまったのだろう、バターンと盛大な音を立てて鬼姫が転んでしまった。
「姫様っ!?」
桜花が慌てて駆け寄る。
「お怪我はありませぬか、姫様っ?」
桜花が必死に声をかけるも、鬼姫は倒れた体勢のまま、時が止まったように動かない。
大丈夫か、と思ってみていると、いきなり鬼姫は、がばっと顔を上げた。
ぎりぎりとカラクリ人形みたいに首がこっちに向いた。
目が合う。
その瞬間、ボッ、と鬼姫の頭から湯気が立ち上った。
「いやあああああっ!」
そして大声で悲鳴を上げたかと思うと、立ち上がって襖の向こうへと逃げていく。
バターンという音が聞こえたので、また転んだのだろう。
「ひ、姫様っ? どうなされたのだっ?」
「うわぁぁぁんっ! カルナさまに恥ずかしいところ見られたぁぁぁっ! 絶対変な女だと思われちゃったぁぁぁっ!」
そして奥の方からそんな絶叫が轟いたのだった。
もちろんそこらの鈍感系主人公とは一線を画する俺が、彼女の気持ちに気づかないはずがない。
「鬼姫ちゃんはどうやら俺にぞっこんらしいな!」
「そういうことは気づいても口にしない方がいいと思うんですけど?」
「あたしもそう思うぞ」
「ぞっこんー?」
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