第83話 巨乳VS貧乳VS垂れ乳

 俺たちは海竜の住処である洞窟へとやってきていた。

 一応さらわれた人魚たちは生きているらしい。


 食用でなかったことは不幸中の幸いだ。

 ただ、だとしたら、さらっていった目的はいわゆる「みだらな行為」とか「わいせつ行為」ということになる。フィリアはシロに任せて里に置いてきて正解だった。


 たとえ助けてあげたとしても、心の傷を癒すことまではできない。

 何とも気が重いぜ……と思っていたのだが――


「おかえりなさーい」

「あれ、お客さん?」

「海の中に人族なんて珍しー」


 洞窟の奥から人魚たちが飛び出してきた。


「……普通に元気そうですね……?」


 ティラが目を丸くする。

 しかも誰一人として拘束されてはおらず、これでは幾らでも逃げ放題だ。


 俺は彼女たちに、助けにきたのだと伝えた。


「えー、帰らなくちゃだめなの?」

「ここ結構居心地良くてさー」

「だってあの街、ババアが煩くて」


 すると帰ることを拒まれてしまう始末。


「おい。お前、この子たちを洗脳したんじゃないだろうな?」

「そんなことしてないよ!」

「してないしてない!」


 俺が睨みつけると、海竜は慌てて首を振った。

 実際、鑑定して調べてみても、彼女たちが状態異常を起こしている様子はない。


「単純にボクたちの魅力のお陰だよ!」

「そうそう!」


 海竜が胸を張って主張する。

 人魚たちが姦しく争いながら擦り寄っていく。


「この人の吸い付きが気持ち良くて……」

「病み付きになっちゃった!」

「ねぇ、また吸ってよ!」

「あ、ずるーい! 今度は私の番なんだから!」


 ……な、何の話だ……?


「順番だよ! 順番!」

「みんなちゃんと吸ってあげるから、喧嘩しないで」


 そして、俺たちは信じられない光景を目の当たりにする。


 海竜が人魚の胸に吸い付き出したのだ。


「「え……」」


 目の前でいきなり繰り広げられた淫行に、ティラとエレンが固まった。


 左右同時に攻められ、人魚は恍惚とした顔をしている。


 なるほどなー。

 こいつ頭が二つあるから、二つのおっぱいを同時に吸うことができるのかー。


 ――って、


「ふざけんな、この野郎っ!」

「いだぁっ」

「いでぇっ」


 俺は双頭竜の頭に怒りの鉄拳を叩き込んだ。

 そして心の底から叫ぶ。


「俺にもおっぱい吸わせろよぉぉぉっ!!」

「怒るところはそこですか――――ッ!?」

「別にいいけど……」

「彼女たちが良いって言うなら……」

「マジか!?」


 俺は血走った目で人魚たちの方を見た。


「わたしは嫌」

「私も」

「あたしもー」

「なんか噛み千切られそう……」


 がーん……。

 いや、まだだ。

 まだ諦めるのは早い!


「ティラ、一生のお願いだ。吸わせてくれ!」

「絶対に嫌です」

「じゃあ、エレン!」

「あ、あたしだって嫌だからな!」

「優しく吸い付くから!」

「「そう言う問題じゃない(です)!」」


 二人にまで一蹴され、俺はがっくりと項垂れた。

 あああ、この世界には神も仏もいないのか……。


「くそぉ……羨ましいぜ……」


 歯噛みしながら、ふと俺はあることに気が付いた。


「……おっぱいの大きさ、偏ってないか……?」


 海竜に連れて来られた人魚たち。

 胸の大きなグループと胸の小さなグループにくっきりと分けることができ、その中間層がまったくいなかったのだ。


「ぼくは巨乳だけでいいって言ったんだけど、このバカが言うことを訊かなくてさ!」

「バカは君でしょ! 巨乳の何がいいのさ! こんなの脂肪の塊じゃないか!」


 すると突然、二つの頭が言い争いを始めた。


「この柔らかさの価値が分からないなんて、君こそバカなんじゃないの?」

「小さい方が感度がいいんだよ! 女の子が興奮してる顔、この価値が理解できない奴こそバカだとぼくは思うね!」

「はっ、おっぱいについて議論してるのに、おっぱい以外のことを持ち出してくるなんて論外でしょ!」

「その考えこそおっぱいへの冒涜だよ! おっぱいと女の子は不可分だ!」

「巨乳にはロマンが詰め込まれている! 貧乳には何も詰まっていない!」

「小さい方が密度が濃いに決まってるでしょ!」

「巨乳こそ至高だ!」

「いいや、貧乳こそ最高さ!」


 ……なぁ、こいつらの首、もいじゃっていいかな?

 俺は声を大にして叫んだ。



「どっちも素晴らしいに決まってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 おっぱいの大きさに貴賤などない!

 それこそがこの世の真理だ!



「だから俺はティラの胸とエレンの胸、どちらも揉みたいし吸い付きたいッッッ!!」




 ――この後、二人に思いきり殴られました。




  ◇ ◇ ◇




 帰りたくないと主張する人魚たちをどうにか説得し、彼女たちを連れて里に戻ってきた。

 これからどうするかは彼女たち次第だが、里の皆が心配しているし、一応元気な顔を見せておくべきだろう。


「おおお……よく無事で……」


 さらわれた娘たちの姿を見て、族長のババアは声を震わせて彼女たちの帰還を喜んだ。

 それだけ心配していたということだろう。


「御客人方……なんと礼を言ってよいことか……しかもあのような不届きな真似を……」


 ババアが俺たちに頭を下げて謝ってくる。

 まぁ里の娘たちを思っての行為だったわけだし、許してやるか。


「どうかっ、どうかこのババアの乳で許してくれぬかっ? 吸うのも揉むのも自由じゃ!」

「むしろその垂れ乳に需要があると思っていることが許せねぇよ!?」


 俺が全力でツッコミを入れたときだった。


「な、なんだ、あのおっぱいは……っ?」

「い、今まで見たことがないよ……?」


 この事件の元凶たる海竜が、ババアの乳を見て驚愕していた。

 そりゃそうだろう。あれはもはやおっぱいではない。別のナニカだ。


「す、素晴らしいよっ!」

「あれはきっと――」




「「――新しいおっぱいの形っっっ!!」」




 ……え?


 ぽかーんとする俺たちを後目に、海竜は鼻息荒くババアに迫った。


「お願い! そのおっぱい、吸わせてくれないかい!」

「ぼくもぜひ吸いたい!」

「かっかっか! わしの乳は安くないぞ?」


 いや安いどころか廃棄物だろ。


「な、何でもするから!」

「どうかこの通り!」

「そこまで言うなら仕方がないのう」

「「やったぁ!」」


 そして海竜はババアの垂れ乳に飛び付いた。

 ババアがビクッと魚体を痙攣させる。


「はぁっん」


 やめろ! ババアの喘ぎ声なんて聞きたくない!


「おおおっ! すごい、すごいよこれっ!」

「本当だ! 今までのどのおっぱいとも違う!」


 二つの頭は声を揃えて叫んだのだった。



「「ぼくたちはこのおっぱいを求めていたんだっっっ!!」」






 こうして、双頭竜の長年の論争に終止符が打たれた。

 彼らが巨乳にも貧乳にも興味を失ったお陰で、さらわれていた人魚たちも里に戻ることを決意。

 逆に族長は里を出て、双頭竜の住処に身を寄せることとなった。


 めでたしめでたしである。



「オチが酷過ぎじゃないですかね!?」

「俺もそう思う……」

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