第82話 海神様

 どうやら食事に睡眠薬を入れられていたようだ。

 まぁ〈状態異常耐性・極〉とか〈自然治癒・極〉を持つ俺には効かないけどね。


「族長!? 一体何をされたのですっ?」


 俺たちを里に連れて来てくれたリューナが、異常に気付いて声を荒らげる。


「こやつらには里の者に代わって海神様の生贄になってもらう。特にこの二人の娘は海神様の好みに十分に合うじゃろう」

「そんな……っ! この方たちは私たちを助けて下さったんですよ!?」

「……許せ、リューナ。これも里のためじゃ。もうこれ以上、犠牲を出すわけにはいかぬ」

「だからって……っ!」


 言い合う族長とリューナ。他の人魚たちも驚いているところを見るに、どうやらこの件はほとんど族長の独断らしい。クソババアめ。


 俺は訊いた。


「ふーん、海神様か。どんな奴なんだ?」

「巨大な双頭の怪物じゃ。遥か昔に海山の麓に封印され、祭られていたのじゃが、つい最近、目を覚ましてしまったようなのじゃ。そして月に一度、里に現れては娘たちをさらっていく……」

「なんか昔話によくありそうな展開だな」


 ヤマタノオロチとかな。


「――って、なぜお主、眠っておらんのじゃ!?」


 と、そこでようやく俺が平然としていることに気づいて、族長が悲鳴じみた声を上げた。


「ん……ちょっとくらっとした」

「ママどうしたのー?」


 俺だけじゃなく、シロとフィリアにも効いていない。

 ドラゴンと魔導人形だからな。


「な、なぜ効いておらぬ……っ? 丸一日は目覚めぬ量だったはず……っ!」


 ババアが垂れた乳をブランコみたいに揺らしながら驚いている。

 ぐおっ……何という精神攻撃だ……っ!


 俺は悍ましいものから目を逸らしつつ、ティラとエレンに回復魔法を使う。

 二人ともすぐに目を覚ました。


「……あ、せっかくだしエッチなことしておけばよかったな」

「聞こえてるんですけど!?」


 ティラが叫んだそのときだった。

 遠くから獣の唸り声のようなものが轟いてきて、広場に集まっていた人魚たちから悲鳴が上がった。


「っ! これは、海神様の声じゃっ! 皆の者、建物の中へと避難せよ!」


 族長が大声で人魚たちに指示を飛ばす。


 夜の帳が落ちつつある暗い海の向こうから、巨大な影がゆっくりと里に近づいてくるのが見えた。


「ドラゴンか」


 それは双頭のドラゴンだった。

 蒼い鱗を持つ水棲の海竜で、見たところ全長は五十メートルを軽く超えているだろう。


〈鑑定・極〉を使って、もう少し詳しく調べてみる。


「千年以上を生きた古竜だな。だとすれば超竜クラスか」


 ドラゴンは一般的に、下位竜、中位竜、上位竜の三種類に分けることができる。

 上位竜が最も強く、例えばレッドドラゴンはこの上位竜に相当する。


 だがその上位竜の上にも伝説級とされるドラゴンがいて、それが超竜だ。

 種族的にこのクラスに位置づけられるドラゴンもいれば、長い年月を生きた古竜が超竜へと進化するケースもある。

 目の前の海竜は後者だった。


「目には目を、歯には歯を、そしてドラゴンにはドラゴンだ。と言う訳で、シロ、任せた」

「ん」


 我が家のペットは、主人の意図を察してすでに全裸待機していた。いや、単にいつものように裸になってただけだが。


 シロの身体が煌々と輝き、そして白きドラゴンが姿を現す。

 彼女は普段は人の姿をしているが、その正体は超竜のさらに上位に位置づけられる神竜の一種、白輝竜なのだ。


「な、な、なっ……」


 突然現れた伝説の竜に、ババアが腰を抜かしている。


「行ってくる」


 それだけ告げると、シロは身を躍らせて水中を爆発的な速度で駆けた。

 海竜はシロの十倍近い大きさだ。

 それでもシロは怖れることなく一気に肉薄すると、口腔から衝撃波を吐き出した。


『ぎゃっ!?』


 いきなり攻撃を喰らい、頭の一つが悲鳴を上げた。


『いったいなーっ! 何すんだよいきなり!』


 古竜のくせに随分子供っぽい口調だ。


『あのドラゴンの仕業だよ!』

『はんっ、まだ幼竜じゃないか!』

『しかも水の中でぼくらに盾突くなんて良い度胸だね!』


 二つの頭はそんなやり取りを交しながら、反撃とばかりにシロに牙を剝いて襲いかかった。

 しかしシロは悠々と水中を泳ぎ、双頭竜の攻撃をあっさり躱していく。


『こいつ、なかなか素早いよ!』

『いったぁっ』


 逆にシロが吐き出す衝撃波は、確実に双頭竜にダメージを与えている。


『くそ、これならどうだ!』


 突如、海中に渦が発生した。あの海竜が引き起こしたのだろう。高速回転する渦がシロを呑み込む。


『あははっ、そこから脱出するのは不可能だ! そのまま撹拌され続けて海の藻屑になればいいよ!』

『ん? これくらい簡単に出られる』

『うわーっ? 簡単に出てきちゃった!?』


 あっさり渦から脱出してきたシロに、双頭竜が悲鳴を上げた。

 それからはほとんど一方的な展開だった。

 幼竜とは言え、さすがは神竜。しかも海中という相手のフィールドにおいて、シロは古き竜をまるで寄せ付けなかった。


 ボロボロになった海竜は力では勝てないと判断したのか、抗議の声を上げた。


『同じドラゴンなのに、何でボクらの邪魔をするのさ!』

『そうだそうだ!』

『飼い主の命令』

『飼い主? 君、ドラゴンのくせに人魚なんかに飼われてんの?』

『違う。飼い主は人族』

『ぷぷぷっ、人族に屈するなんて、情けないドラゴンだね!』

『美味いものには抗えない』


 そう返しつつ、シロは海竜の背中に噛みついた。


『ぎゃあ!』

『いたい!』

『……硬い。けど、料理すればいける?』

『ひいいいっ!』

『お願いだから食べないで!』


 食材にされかねないと知った双頭竜は、情けない声で許しを請う。


『大丈夫。ちゃんと残さず食べる』

『そういう問題じゃないから!』


「そこまでだ、シロ。放してやれ」

「ん」


 俺が声をかけると、シロはあっさり海竜の鱗から牙を抜いた。


 と、そのとき海竜の身体がいきなり縮み始めたかと思うと、気づけば二つの頭を持つ人族の少年の姿へと変身していた。

 人化したのだろう。てか、人化してもやっぱり頭は二つのままなんだな……。


 俺をシロの飼い主と判断したらしく、少年は俺の前で土下座して嘆願してくる。


『許してください!』

『ぼくら食べても美味しくないですから!』


 確かに食っても美味しくなさそうだ。

 まぁ食うか食わないかはとりあえず置いておいて、俺は竜語で二人(?)に命令した。


『お前たちがこれまでさらっていった人魚たちを返してもらおうか』

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